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MotoGPコラム:最終戦バレンシアでマルケスが見せた驚異の転倒回避能力

2017年11月28日 17:02  AUTOSPORT web

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弱冠24歳にして通算6度目、最高峰クラス4度目のタイトルを獲得したマルケス
イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラム。最終戦バレンシアGPではマルケス3位、ドビジオーゾ転倒と言う形で決着し、マルケスのチャンピオン獲得で2017年シーズンは幕を下ろした。決勝レース中にあわや転倒というシーンがあったマルケス。彼はいったいどのようにしてレースを続行できたのだろう。

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 まず初めに、記録を整理してみよう。11月12日、マルク・マルケスは世界選手権に参戦する8年間で6度目となるチャンピオンを獲得した。さらに重要なことは、マルケスが史上最高ライダーであるバレンティーノ・ロッシとマイク・ヘイルウッドが打ち立てた、偉大なふたつの記録を塗り替えたことだろう。

 マルケスは2017年、24歳でMotoGPの最高峰クラス4度目のタイトルを獲得し、1965年に25歳で4度目の最高峰クラスチャンピオンとなったヘイルウッドの最年少チャンピオン記録を破った。マルケスは同時に2004年に6度目のタイトル獲得を25歳で達成したロッシの記録を更新し、6度の世界タイトルを獲得した最年少ライダーとなった。

 さらに信じられないことに、マルケスは125cc、Moto2、MotoGPクラスに参戦した8シーズンで各シーズン5勝以上を挙げた。69年におよぶグランプリレースの歴史のなかで、この記録を打ち立てたのはマルケスが最初だ。

■最終戦バレンシアでの仰天すべき転倒回避

 マルケスは最終戦バレンシアで、驚くべき形でMotoGPクラスのタイトルを獲得した。決勝レースで、マルケスは1コーナーでマシンをスライドさせてほとんど転倒している状態から立て直したのだ。あの瞬間を、トップライダーたちは信じられない気持ちで分析しているだろう。

「マルケスは転倒しかけていた…フロントタイヤがスライドして…。タイヤから煙が上がっていたじゃないか。彼の左足は浮いていて、転倒しかけていた。だが、どうやって持ちこたえたんだ? どうしたらあのやり方を学べるだろう?」

 私が一番お気に入りのコメディアンはすでに故人だが、彼のある言葉がマルケスのとんでもない才能を完ぺきに説明している。ローリング・ストーンズのキース・リチャードの、限界を超える能力について語った言葉だ。

「キースは崖を飛び降りた。みんなが見下ろすと、彼は岩棚に着地していたんだ。崖の先に岩棚があるなんて、だれにそれがわかるだろう? キースは岩棚を見つけたんだ。なんという冒険者、なんという勇気だろう!」

 最終戦バレンシアの1コーナーで見せたマルケスの転倒回避は、マルケスが見せたパフォーマンスのなかでも最も驚愕のシーンだった。時速40マイル(時速約64キロ)のヘアピンではなく、時速90マイル(時速約145キロ)の高速コーナーだったのだ。

 レースではフロントタイヤのグリップが十分ではなく、それが原因で9人のライダーがクラッシュした。これは2017年のドライコンディションのレースとしては、一番多い転倒数だ。マルケスはレース周回数30周のうちの大半を、比較的保守的に走行していた。

 アンドレア・ドビジオーゾがタイトルを獲得する可能性がなくなったとわかってからはマルケスは優勝を目指してプッシュし始めたが、そのせいで10人目の転倒者になるところだった。

「最初、ストレートの終わりに差しかかったとき、ほかのバイクが僕に接近しすぎていると感じたんだ。そこでブレーキングしたけれど、遅かった」とマルケス。

「これが最初のミスだ。そうしてコーナーに速すぎる速度で進入したら、突然ガタガタし始めた。その週末の間ずっと手こずっていた現象だ。そうしたらフロントを失った。でもフロントを失ったけど、最後までバイクと一心同体だと自分に言い聞かせた」

「グラベルで止まるのか、ウォールにぶつかるのかわからないけど、バイクを離さないようにしようとした。フロントは失ったけれどリヤは大丈夫だったから、肘で支えて転倒を回避することができた。肘と膝で100パーセント押し返し始めた」

「転倒を免れた主な理由は、レースの緊張感にあったと思う。バイクの上で堅くなりすぎてはいたけど、常に敏感でいたんだ。バイクを引き上げて、また傾けてアスファルト上に行くこともできたかもしれないけど、グラベルに行くことを選んだ」

 マルケスはコース上に5番手で戻ったが、その後ホルヘ・ロレンソさらにドビジオーゾも転倒したため、最終的には3位まで順位を上げた。

 マルケスは今季27回の転倒を喫している。ドビジオーゾの6回と比べても、世界チャンピオンとしてはこれは史上最多記録だ。事実、バレンシアでのレース後にマルケスは今季27回半転倒したと冗談を言ったが、おそらくは50回程度の転倒未遂があった。

「転びすぎだね」とマルケスは言って笑った。「ケガをしなかったのは幸運だった。でもそれが今季のチャンピオンシップでの戦い方なんだ。フリー走行1回目からプッシュしていくというのがね」

「コースに出て、2周か3周目にはすでにコースレコードを出している。常に限界でプッシュしていれば、バイクの感触をしっかり掴めるし、メカニックに役に立つ情報を伝えられる。そしてレースでは、フリー走行で知ったそれぞれのコーナーでの注意点があるから、落ち着くようにする。僕はたくさんのリスクを冒すけど、それが僕のやり方なんだ」

 これがマルケスの狂気を操る方法だ。人はライダーがよくわかっていないから転倒するのだと論じるが、マルケスの場合、転倒するときも彼は自分がしていることを正確にわかっている。

 マルケスはまさに限界の位置を間違いなく確認しており、その間もずっと情報を吸収し処理しているのだ。多くのライダーは、限界だから、危険だからこれ以上速く走れないと言う。しかしあともう少しプッシュすることなしに、本当にそれがわかるのだろうか?

 崖の向こうには岩棚があり、十分に勇敢であれば生き残ることができる。崖の向こうの岩棚。そこがマルケスの存在するところだ。そしてこれまでのところ、その岩棚はマルケスのほかは誰も見つけられていない。

■マルケスはトップライダーにあってさらに先をいっている

 偉大なオートバイレーサーというものは、速くて強靭な手首だけでなく、回転の早い頭脳も持ち合わせている。私がインタビューをしたことがあるなかで頭脳明晰なふたりといえば、マルケスとロッシだ。

 マルケスとロッシは彼らにとっての第二言語である英語で話すが、非常に雄弁だ。そして話している間も、彼らはほかのもっと重要なことについて考えていることがわかるだろう。それが彼らのレーストラックでのやり方なのだ。

(レーサーのスラングで言えば)状況をよく考える一方で、同時にライディングテクニック、レース戦略、バイクのセットアップやその他のことを考える精神的な幅がマルケスとロッシにはある。

 それから、マルケスが新エンジンの開発中に4度目のMotoGPタイトルを獲得したことも忘れてはならない。ホンダのビッグバンエンジンは、RC213Vでレース距離を走るのを多少楽にしたかもしれないが、トルクとパワーの性質は、ギヤ比やサスペンションのセットアップ、電気系統のセッティングなど、バイクのすべてを変えてしまった。

 今季、マルケスが挙げた6勝のうち、5勝を後半10戦で挙げた理由はそこにある。

 また、3度のリタイアがあったにもかかわらず最高峰クラスでタイトルを獲得したのは、1998年のマイケル・ドゥーハン以来、マルケスが初めてだ。彼は最初の5戦のうち2戦でクラッシュしたが、まさに最終戦バレンシアでの決勝レースのように、フロントタイヤをもっと賢く扱わなければならないことを学んだ。

 史上最高のオートバーレーサーがは誰か、わかる人がいるだろうか。どのトップライダーも、マルケスのようなライダーはこれまでいなかったと話すだろう。断崖絶壁の上で楽しげにダンスをし、足を踏み外し、奈落の底に足をばたつかせながらも、指先で崖の向こうの岩棚を掴み、難を逃れるようなライダーが。