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櫻井翔『先に生まれただけの僕』モヤモヤ展開に? 「学校改革」の弊害が見え始めた第7話

2017年11月26日 14:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 日本テレビ系土曜ドラマ『先に生まれただけの僕』は、最初の2回こそ生徒たちが抱える問題をサラリーマン出身の鳴海校長(櫻井翔)が至極現実的な視点で解決していく展開だったが、それからは「アクティブラーニング」の導入を中心にした学校改革への物語が描かれ続けた。


参考:櫻井翔、『先に生まれただけの僕』に波乱の予感? 学校説明会の成功の裏に“新たな伏線”が


 そんな中、第7話に来て再び生徒の問題へとフォーカスが移る。それも、大学進学が期待される「特進クラス」の「優秀な生徒」が、バイト先の店長と「結婚」を考えているというもの。そもそもこれは学校が介入する問題なのか、母親がわざわざ学校に相談することの動機、そして何より「大学進学」と「結婚」は天秤にかけなければならないものか。クライマックスの話し合いの場面も含め、こんなにもモヤモヤが残るエピソードは、第1話の奨学金問題に続いて、議論を生むことになるかもしれない。


 あまりにもモヤモヤが残るので、少し今回のあらすじを整理しながら考えてみたい。2年生の特進クラスにいる三田という生徒が、12歳年上のバイト先の店長と真剣に交際し、結婚を考えている。そして、大学に進学しないと宣言したことに狼狽した母親が、学校に相談に来るのであった。


 シングルマザーの母に負担を掛けたくないからと、大学進学を諦め、専業主婦になると言い出す三田。その母は経済産業省に務め、女手一つで娘を育て上げてきたという、とても強く自立した女性であることを感じさせるだけに、設定のアンバランスささえも感じてしまう。そして相手の男性の言い分の説得力の無さも然りだ。


 そこに追い打ちをかけるように、「結婚をすることが将来の選択肢を奪うことになる」と、生徒が覚悟を持って選んだ決断を諭していく。相手を支えるだけのスキルを得ること、成長することは、結婚したらできないと言わんばかりの論調が繰り広げられてしまうのだ。はたして「たくましく自立した生徒を育てる」という理念はどこへ行ってしまったのだろうか。結婚しても大学には行けるし、大学は何歳になったって入れるのだから、ここはもう少し幅広い選択肢を提示するべきではなかったのだろうか。


 一方で、鳴海が語った「情報化社会」という言葉の解釈の相違で、授業中にスマホを使うことがダメなのかと不平を漏らす生徒たちの問題が湧き上がる。つまりは「学校改革」の弊害が見え始めるということが、三田という生徒の結婚の話も含めて今回の主要テーマとなるつもりだったのであれば、少し散らかりすぎている印象だ。


 そこに付随するように、ネット掲示板での誹謗中傷など、デジタルネイティブである生徒たちの周りに渦巻く現代的な課題。そして、生徒の1人が突然口走る「自殺はダメなのか」という、非常に深い問題。さらに、前回から伏線のように張り巡らされていた、鳴海と松原(多部未華子)、真柴(蒼井優)と島津(瀬戸康史)の四角関係の流れや、加賀谷(高嶋政伸)の家族のくだり。


 また、加賀谷が後藤田(平山浩行)を仕向けて鳴海と松原を引き裂こうとする思惑などもそこに重なって行く。前回に引き続き登場した、松原と柏木が駅前でばったり会って甘味処でユーモラスなやり取りをするという流れが、緩急を付ける役割を果たそうとしているだけに、なおさら全体が整理されていて欲しいところだ。


 現行のテレビドラマの放送枠が10話前後になってしまい、否が応でも詰め込まざるを得なくなっているのかもしれないが、この第7話に詰め込んだエピソードは、もう少し時間を掛けてじっくりと描いた方が、よりそのテーマ性を浮かび上げ、このドラマ全体の鍵となるエピソードにできたのではないだろうか。今回のモヤモヤを、上手にまとめあげるような展開を期待したい。


■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。