2017年11月22日 10:22 弁護士ドットコム
食品の賞味期限の表示が変わりつつある。かつては年月日まで記載されていたものが、最近は「○○年●●月」と日付けのない年月表示が多い。これは世界的な課題である食品ロスを削減する目的がある。表示の法的根拠、食品ロス削減への効果、年月表示の「本丸」と呼ばれる部分等について、食品ロスの問題に詳しい愛知工業大学経営学部・小林富雄教授の話を交えレポートする。(ジャーナリスト・松田隆)
そもそも賞味期限、そして消費期限は法律上どう定められているのだろうか。
食品の期限表示は内閣府令の食品表示基準で定義されている。賞味期限は「期待されるすべての品質の保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日」(同条8号)。一方、消費期限は「腐敗、変敗その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがないと認められる期限を示す年月日」(第2条7号)。
つまり賞味期限は「おいしく食べることができる期限です!」、消費期限は「期限を過ぎたら食べない方が良いんです!」(農林水産省HPより)で、賞味期限を過ぎても十分に食べられる。一般に消費期限は弁当、生麺、ケーキなどいたみやすい食品、賞味期限はスナック菓子、カップ麺、ペットボトル飲料などに表示される。
サントリー食品インターナショナルは2013年5月以降のメーカー製造分から一部の商品について年月表示に切り替え、2018年1月には年月表示の商品が9割前後になるとされる。味の素AGFは162品目を2018年度中に順次、年月表示に切り替えると報じられた(日本経済新聞電子版2017年8月17日付)。
食品表示基準では「年月日」とされているのに「年月」表示でも許されるのは食品表示基準3条1項但書で「製造又は加工の日から賞味期限までの三月を超える場合にあっては・・その年月を・・年月日の表示に代えることができる」という規定による。つまり、基本的には「年月」が認められるという前提があるというわけだ。
こうした年月表示の特例は、食品表示基準(2015年4月1日施行)以前の食品衛生法の時代から内閣府令で規定されていたが、なぜ「年月」表示はこれまで利用されていなかったのだろうか。
小林富雄教授は「はっきりと証拠があるわけではありませんが」と前置きしながら「消費者が賞味期限を厳密に守ってくれれば食品ロスは増えます。その分を補填しないといけないから供給も増えます。供給が増えれば売り上げが立ちます。少なくとも供給するメーカー、卸売業者、小売業者の三者は年月表示にするインセンティブはあまりなかったというのが今までの状況だったと思います」と説明する(以下、コメントは同教授)。
そうした状況が変わってきたのは、三者間の微妙な力関係の変化にあるという。
「三者が等しくロスを出していくという構造ならいいのですが、そうではありません。小売は食品ロスがあまり出ていません。大手小売は、欠品防止の名のもとに大量の在庫をメーカーに持たせるだけでなく、売れ残りを返品し、メーカーや卸にロスを負担させるのが普通です。そういう傾向が強くなり、メーカーは怒っているわけです。そこで(商習慣や、それに基づく契約等を)見直せという要望が、メーカーから起きてもおかしくはないでしょう」
小売が強い力関係は供給過剰がベースにあり、それに加え小売大手は大量に製品を仕入れて大量に、しかも安価に販売することで消費者の支持を得たため相対的に地位が上昇したという。このような状況を打開する「メーカーの逆襲」が、”日陰者”扱いだった食品表示基準3条1項但書にスポットライトをあてたというのが同教授の見立てである。
わが国の食品ロスは年間約621万トン(飲食店等における食べ残し対策に取り組むに当たっての留意事項=2017年農水省)。国民1人あたり年間約50kgが廃棄される現状に食品ロスの関心は高まっている。2001年に施行された食品リサイクル法に加え、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」でも食品ロスの削減が目標として設定され、国際的にも食料廃棄の防止へ動き始めた。この流れに行政が動き、「メーカーの逆襲」と思惑が一致したというのが昨今の賞味期限の年月表示の増加と言えそうである。
「行政としては小売とメーカーの関係は自由競争の中での話ですから、そこに介入していくのは困難です。ただ、食品リサイクル法や国際的潮流に基づく行政の一環としてなら話は別です」
もっとも年月表示にした場合、どの月で表示するのかという問題がある。例えば、本来の賞味期限が「2017年12月15日」の場合を考えてみたい。
この場合、消費者庁では、表示の変更(2017年12月に変更)で、事実上12月31日まで延長することは避け、2017年11月と前倒しするのが適切としている(消費者庁HP、Q&A)。しかし、現実には、2017年12月とすることで、事実上の1か月延長をするメーカーと、消費者庁の説明通り、2017年11月に前倒しするメーカーとが混在している状況ではないかとみる小売現場の声もあると小林教授は指摘する。
しかし、消費者庁の考えに従うと、賞味期限が短縮され逆に食品ロスが増えることにはならないだろうか。
その点、小林教授は「年月表示の本丸は賞味期限の長短ではなく『日付後退』です」と断言する。小売の原則は「先入れ先出し」。例えば12月1日の日付がある商品の後に、たまたま輸送事情、倉庫の管理事情等で前日11月30日の日付の商品が入荷されたら小売の在庫管理は面倒になる。
そうなると小売は「12月2日以降の商品を持ってきて」と言うのが普通で、結果、それ以前の期限の商品が食品ロスとなる。全国に物流拠点があるメーカー在庫の調整もかなり煩雑にならざるを得ない。年月表示にすればそのような問題は日付単位から月単位に大幅に改善される(月の上旬=10日・中旬=20日・下旬=末日と旬単位採用の企業もあり)。
こうした年月表示に加え、食品ロス対策として「3分の1ルール」という商習慣の改善を目指す動きもある。このルールは製造日から賞味期限までを3分割し、小売への納入期限を前半3分の1、販売期限を3分の2とするもの。賞味期限6か月の商品は製造から2か月過ぎれば納入できず、4か月経てば返品、事実上廃棄される。
小林教授は行政の検討会等に委員として招聘され、この商習慣の改革を唱えており、まずは納入期限を前半2分の1とする2分の1ルールの定着を提唱している(販売期限は検討中)。農水省の試算では2分の1ルールにすることで約4万トン(約87億円)、事業系食品ロスの1.0%~1.4%の削減が可能。「衛生管理などを徹底すれば期限延長もできるので、これらを年月表示と組み合わせると、メーカーはかなり楽になります」と、大きな期待をかけている。
最後に小林教授が強調したのは、こうした食品ロスの削減、食品流通の改革について大事なのは消費者行動であるという点だ。消費者は賞味期限と消費期限の違いもよく理解しないまま、賞味期限が過ぎたらもう食べられないと判断して廃棄してしまうのは問題だとする。
「賞味期限は英語ならbest-before、bestを過ぎてもbetterは残っているわけです(消費期限はuse-by date)。日本語で『期限』とすると、越えてはいけないと感じてしまうのかもしれませんが、消費者も自分で判断しないのは問題です。完璧な期限設定などできるわけがないので、自分の舌を信じる、その判断に責任を持つという姿勢が大事です」。
賞味期限の年月表示は食品ロスの削減という大きな目的の下、BtoBにとどまらない消費者の「責任を伴う大人の行動」を求めているというのが小林教授の主張である。
【取材協力】
小林富雄(こばやし・とみお)愛知工業大学経営学部教授
1973年、富山県生まれ。農学博士(名古屋大学)、経済学博士(名古屋市立大学)。主な著書に「食品ロスの経済学」(2015年農林統計出版)。食品ロス関係で「クローズアップ現代」(NHK総合)等、メディアでの出演機会も多い。ドギーバッグ普及委員会の理事長も務める。
【プロフィール】
松田隆(まつだ・たかし)
1961年、埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。新聞社に29年余勤務した後、フリーランスに転身。主な作品に「奪われた旭日旗」(月刊Voice 2017年7月号)。
ジャーナリスト松田隆 公式サイト:http://t-matsuda14.com/
(弁護士ドットコムニュース)