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芸能事務所が映画配給を行うメリットとは? LDH picturesの可能性を探る

2017年11月21日 12:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 12月16日、『蟹工船』(09)や『ハピネス』(15)で知られるSABU監督の新作映画『Mr.Long/ミスター・ロン』が公開される。主演に『クーリンチェ少年殺人事件』『レッドクリフ』のチャン・チェンを迎え、日本で逃亡生活を送る台湾マフィアの青年を描く。日本・香港・台湾・ドイツ合作の本作に、今クールの連ドラ2本(関西テレビ『明日の約束』、毎日放送『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』)に出演する注目の俳優・青柳翔(劇団EXILE)が出演することも話題になった。


参考:日本映画界にはもっとヒットシリーズが必要? 『HiGH&LOW』の功績を振り返る


 本作の配給を行なうのは「HIGH BROW CINEMA」だ。「HIGH BROW CINEMA」は、LDH傘下の映画配給会社LDH pictures内の1レーベルである。


 LDH picturesの存在は、まだあまり広く知られていないかもしれない。EXILEや三代目 J Soul Brothersをはじめ多くのアーティストを擁するLDHが、「今までに培ってきたエンタテインメントを活かしつつ、音楽や芸能の枠にとらわれずに映画の新たな可能性に挑戦し、更なるエンタテインメントを発信していきたい」として2016年に設立した配給会社だ。


 アート系作品から海外買い付け作品など、LDH所属の俳優・アーティストの出演に関わらず、様々なジャンルの作品を取り扱う「HIGH BROW CINEMA」のほか、歌やダンス、音楽系のストリート・カルチャーに特化した作品、所属アーティストのドキュメンタリーやライブビューイングを手がける「HI-STREET PICTURES」、そして全国公開規模のブロックバスター的な作品や、LDH全体で、LDHならではのエンタテインメントを表現していくプロジェクトを扱う「LDH PICTURES」の3レーベルから構成されている。


 「HI-STREET PICTURES」ではこれまでに、大学の客員教授をつとめるEXILE TETSUYAを追ったドキュメンタリー『EXILE UNIVERSITY』や、EXILE THE SECONDのライブツアー「WILD WILD WARRIORS」、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEのライブツアー「METROPOLIZ」のライブビューイングなどを配給している。「HIGH BROW CINEMA」では、EXILE MATSUがゼネラルプロデューサーをつとめる劇団EXILE松組の映画プロジェクト『KABUKI DROP』の配給を行い、今回の『Mr.Long/ミスター・ロン』が2作めとなる。来年の1月には、中国国産アニメ映画で、歴代1位の興行収入を樹立した『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』の配給も決定している。そして「LDH PICTURES」では、今年5月、『たたら侍』を配給。同作は、第40回モントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門の最優秀芸術賞に輝いた。LDH picturesとしては、もっとも大規模な作品になったと言っていいだろう。また、2018年1月には、河瀨直美ほか気鋭の監督たちがLDHアーティストの楽曲をショートフィルム化するプロジェクト『CINEMA FIGHTERS』の公開が控えている。


 LDHと映画といえば、昨年から大きく話題になっている『HiGH&LOW』シリーズがある。同作はLDHが一丸となって取り組んでいるプロジェクトで、テレビドラマ版から一貫して脚本に携わる平沼紀久と渡辺啓は、それぞれLDHに所属もしている。また『あずみ』『VERSUS -ヴァーサス-』などで知られる北村龍平監督もLDH所属となり、次回作のアクションスリラー『Doorman(原題)』はハリウッド進出も決定している。LDHが近年、映画畑に接近しているのは明らかだ。


 芸能プロダクションが映画配給に挑戦するのは、けして珍しいケースではない。2009年にスターダストプロモーションの子会社「スターダストピクチャーズ」が初めて配給に乗り出した際には、映画業界においても大きな話題になった。もともと「スターダストピクチャーズ」は、スターダスト所属俳優が出演する映画に製作出資を行ってきた。そして満を持して09年2月、松雪泰子主演で映画『余命』で配給に挑戦。同作のプロデューサーは当時のインタビューで、「目標は年間6本程度を自社配給すること」(『ムビコレ』【映画業界研究】アジアマーケットも視野に、SDPの挑戦!)と語っている。


 よしもとクリエイティブ・エージェンシーも、配給業に進出している。EXILE AKIRA主演の映画『ワーキング・ホリデー』(12)や、お笑い芸人・鉄拳の感動系パラパラマンガを原作とする『振り子』(14)などがそうだ。また、16年にはマイケル・ファスベンダー主演のシェイクスピア映画『マクベス』で、初の洋画配給にも挑戦した。


 さらに、ジャニーズも子会社で配給を行っている。嵐の全員が出演し、堤幸彦が監督をつとめた人気シリーズ『ピカ☆ンチ』の配給はジェイ・ストーム。同社はジャニーズアーティストの音楽レーベルとして知られているが、そのほかにもV6の主演映画『COSMIC RESCUE』(03)や、TOKIO国分太一とKinKi Kids堂本剛のダブル主演作『ファンタスティポ』(05)などを配給してきた。


 現在、邦画の多くが製作委員会方式でつくられている。興業リスクを分散するためにつくられたシステムだが、同時に映画の内容に意見を出す権限を持つ関係者が増え、本来つくろうとしていた作品から離れていってしまう不安定さも含まれている。また、映画業界の常として、途中まで進んでいた企画、あるいはある程度撮影も進んでいた作品が、配給・製作側の事情でお蔵入りするのも珍しいケースではない。芸能事務所にとっては、抱えている俳優やアーティストを稼働させた分だけ機会損失につながってしまう。


 芸能事務所が自社で配給までを手がければ、そうしたリスクは減り、製作委員会に参加するよりも自由度が高い作品をつくることができる。スターダスト所属俳優が多く出演する「スターダストピクチャーズ」作品やジェイ・ストーム作品、そしてLDH Pictures作品にも顕著なように、自社のリソースを最大限に活かした映画製作が行えるのだ。


 ビジネスとしても、製作出資での参加よりも配給のほうがうまみは大きい。映画ビジネスの慣例として、興行収入の約半分程度が配給収入となり、残りから宣伝費等をのぞいたものが製作会社には分配される。むろんリターンが大きくなるぶんリスクも上がるが、配給としてかかわるほうが、いち製作会社にとどまるよりも一定の収益が期待できる。


 ただし、もちろんメリットばかりではない。映画会社に比べれば、当然コンスタントな本数の配給は難しく、規模は大きいものにはなりにくい。実際、「スターダストピクチャーズ」も、今年の配給作品は『南瓜とマヨネーズ』の1作品のみとなっている。


 しかし、俳優やアーティストという資産を抱え、それを活かした制作を行えるコンテンツホルダーとなることは、芸能事務所にとって大きな強みとなる。テレビの凋落が散々叫ばれ、NetflixやAmazonといった新たな映像媒体が勢力を拡大している真っ只中で、テレビの決まった枠の中に所属俳優たちを提供し続けるだけでは、先細りする一方だ。自社で映像作品の制作・配給を行えれば、映画館のみならずNetflixやAmazonとも渡り合っていけるようになる。あるいは、そうしたサービスを通じて世界各国に配信を行い、事業を拡大することも不可能ではないだろう。


 LDHによる映画への取り組みは、こうした流れのなかにあるものと捉えられる。そして同社には音楽やパフォーマンスを中心としたアーティストが多く所属している点が、この分野においても強みになるだろう。劇映画のみならず、ライブビューイングのようなODS作品(other digital source/非映画デジタルコンテンツ)や、人気アーティストたちの密着ドキュメンタリーを配給できるからだ。また、『HiGH&LOW』シリーズを実現できたように、同社は「会社で一丸となって取り組む」プロジェクトを得意としている。人気の自社アーティストが大挙出演する”お祭り映画”をつくれることは、芸能プロによる映画製作・配給でもっとも期待されるところだ。LDHが今年から本格的に取り組んでいる海外展開においても、映像作品は大きな役割を果たすだろう。芸能事務所の役割が問われる今、LDHの挑戦は今後の日本のエンタメ業界のあり方に一石を投じる可能性をはらんでいる。(斎藤岬)