2017年11月21日 10:42 弁護士ドットコム
急激な高齢化が進む日本。認知症患者も急増し、2025年には65歳以上の認知症患者は約700万人で、5人に1人の割合と言われている。増える認知症の高齢者を見守る仕組みづくりが地域の課題となりつつある。
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地域で最も使われる公共施設である図書館でも、高齢の利用者にどう対応すべきか、全国で模索が始まっている。例えば、神奈川県の川崎市立宮前図書館では、職員30人のうちほぼ全員が「認知症サポーター」だ。地元の地域包括支援センターなどと連携、認知症やその家族を支える活動をしている。
超高齢社会と図書館に関する調査研究を実施した国立国会図書館では11月9日、横浜市で開かれた図書館総合展でフォーラムを開催、「利用者から学ぶ超高齢社会の図書館」として、宮前図書館などの事例を紹介、研究者や実際に利用している人たちが登壇し、「認知症にやさしい図書館」などについて話し合った。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
登壇した宮前図書館の舟田彰さんはこの日、腕にオレンジ色のリストバンドをつけていた。「認知症サポーター」であることの目印だ。舟田さんが宮前図書館に異動し2年目を迎えた2015年当時、「利用者にどういう方がいらっしゃるのか、だんだんと地域性が見えてきた」という。
宮前区は高度成長期からの新興住宅地で、現在人口22万9000人。男性の平均寿命は82.1歳と全国2位、県内でも1位で、認知症患者は4500人を超えると推計されている。そうした中、宮前図書館には、何度も同じ質問を聞いてきたり、図書館の本を自分の本だと思い込んで、持ち帰りそうになったりする高齢の利用者がいた。
舟田さんは市の福祉担当者へ連絡する機会があり、認知症の人たちが訪れやすい場所として、図書館を利用するという話を聞いた。「そうした方たちに図書館員として、それなりの気配りや対応が必要であることを感じました。また、図書館サービスとして高齢者や認知症と思われる方やその家族に対して何ができるか考え始めました」
予算に余裕はないので、まず倉庫の奥底に眠っていた小さな本棚を引っ張り出して設置。「認知症の人にやさしい小さな本棚」というコーナーを作り、館内にそれぞれ配置されていた認知症や介護関係の本60冊を一カ所に集めて並べてみた。川崎市の認知症施策を紹介するチラシも置いた。あっという間に本は借りられ、チラシはなくなった。
潜在的なニーズを感じた舟田さんは、この本棚を常設。移動図書館車にも認知症コーナーを設置して市内をまわるようになった。一方、宮前図書館で「認知症サポーター養成講座」を開き、図書館員や委託スタッフ30人が受講した。さらに、2016年からはデイケア施設からの要請に応えて、読み聞かせや本の貸出ために出張もするようになった。
「でも、継続は難しかった。マンパワーと時間的余裕がありませんでした。そこで、市民の方に支えていただこうと、ボランティア講座を開き、アクティブなボランティアの方達が自主的に地域で活動できるよう、図書館がバックアップするようになりました。認知症と思われる方が図書館へいらした時は、地域包括支援センターやご家族と相談しながら、どうやったら図書館を利用していただけるか、相談しながら対応しています」
では、認知症患者やその家族にとって、図書館はどのような存在なのか。70代の夫が認知症患者という女性が登壇、「主人は本を読むのが大好きで、唯一本人が出かけたいと希望する場所が図書館なんです」と語った。
「先月、主人は手持ちの雑誌を読み終えたので、続きを読みたいと言いだしました。本屋さんに電話してみましたが、在庫がありませんでした。でも本屋さんが宮前図書館にあることを調べてくれました。これは行かなくては、と出かけていったら、たくさんの職員の方が3時間もかけて調べてくださいました。たった一人の認知症の男性に対して、ここまでしてくださるなんて、涙が出るほどうれしかったです」
これを受けて舟田さんは、「ご主人に対する尊厳は、認知症であろうとなかろうと関係なく、一般利用者の方と同じように接しています。ご主人と最初にお見えになった時に、奥様にお話を伺いました。私の母親も介護してつらい思いをしてきたので、ご家族に対するケアも必要なのかなと思いました。図書館が少しでもお役に立てれば」と話した。
女性は、「主人に限ったことではありませんが、機械(検索する端末)が苦手なので、カウンターに行って職員の方に声をかけてしまう。でも、だんだん言葉が出なくなってもごもご言ってしまいます。だから、オレンジ色のリングをしている人のところに行って相談するんだよ、とよく言っています。オレンジリングをもっとハワイのレイぐらい目立つようにしていただきたいです」と笑いながら要望を出していた。
宮前図書館から始まった「認知症にやさしい図書館」。川崎市立図書館は宮前図書館を含めて7館あるが、舟田さんは「川崎市立図書館すべての図書館員がオレンジリングをつけられるよう、広めていきたいです」と話していた。
図書館の高齢者サービスは歴史が浅い。国立国会図書館では昨年度、高齢化と切り離して考えることのできない認知症に焦点を当て調査研究を行っている。今年3月に出された報告「超高齢社会と図書館~生きがいづくりから認知症支援まで~」(国立国会デジタルコレクションで無料公開中)によると、日本の図書館は、障害者に対するサービスの中で、加齢によって視聴覚や身体が衰えている高齢者を扱ってきた。
1970年代から図書館では、児童サービスの充実がはかられる一方、高齢者サービスは注目されてこなかった。しかし、人口の多い団塊世代が一斉に定年退職を迎えた2007年ごろから、地域の図書館を利用する高齢者が増え、現在では独立したサービス対象としてとらえられるようになっている。
ただし、日本では各地の図書館が独自の努力をしている状況で、高齢者サービスのガイドラインが存在しないという。海外では、アメリカやカナダでそれぞれの図書館協会が高齢者を対象とした図書館情報サービスガイドラインがあり、国際図書館連盟で2007年に認知症の人のための図書館サービスガイドラインを発表した。
日本では、図書館情報学の研究者や各地の図書館司書らが運営する「超高齢社会と図書館研究会」(会長=筑波大学図書館情報メディア系・呑海沙織教授)が10月、「認知症にやさしい図書館ガイドライン 第1版」(研究会のサイトで無料公開中)をまとめており、フォーラムでも紹介された。このガイドラインでは、国が進める認知症対策「新オレンジプラン」の7つの柱のひとつとして、「認知症を含む高齢者にやさしい地域づくり」が掲げられていることを指摘。認知症の人やその家族などに対し、図書館としてできる取り組みを示して、注目を集めている。
全国に3200館以上ある図書館は、誰でも無料に利用できる地域の拠点ともいえる。国立国会図書館の報告では、「図書館が超高齢社会で果たす役割は大きい」としているが、別の調査では、高齢者ニーズの認識不足、および職員・予算の不足があったことも挙げられている。国立国会図書館では、今後は先行事例を参考にしながら、「リソースを見直すことによって、高齢者サービスを展開することは可能」とし、あらためて図書館の役割に期待を寄せた。
(弁護士ドットコムニュース)