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MotoGP:中上、2017年とMoto2の6年間を振り返る。MotoGPへの挑戦は「楽しみ」

2017年11月20日 19:12  AUTOSPORT web

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MotoGPクラスの公式テストに挑む中上
2014年の青山博一以来の空白だった、MotoGPクラスにおけるフル参戦日本人ライダーの座に就いた中上貴晶。中上が2017年とMoto2クラスを戦った6年間を振り返った。

 中上は2017年シーズン、イギリスGPでの1勝を含む4度の表彰台を獲得。ランキング7位でMoto2クラス最後のシーズンを締めくくった。しかし、本人としてはとても納得のできる結果ではなかった。

「簡単に言えば思っていたような結果を全然残せないシーズンになりました」と中上は言う。

「(今年の全18戦でのベストレースは)今季初優勝したシルバーストンです。タイミング的にもMotoGP昇格の発表をした直後のレースだったので、自分に大きな注目が集まっていることは分かっていました」

「メディアからも、また、ルーチョさん(ルーチョ・チェッキネロ:LCRホンダの代表であり元GPライダー)やLCRホンダチームからも見られているという、いつもと違った緊張感がありました。そのプレッシャーのなかで後続を引き離して優勝できたのは、今シーズンベストの一戦だったと言えると思います。みんなの期待に応えることができて、自信にもなりました」

「ただ、シーズン中にできればもう1、2回は勝ちたかったし、勝ち星を上げられる自信もありました。なのに、そこから先は表彰台獲得数も優勝数もゼロで、獲得ポイントも少なかったのが残念です。こんなに苦戦してポイントを稼げないシーズンになるとは思いませんでした」

 中上は8月のイギリスGPで勝利を収めた後、低迷が続いた。母国グランプリであるもてぎではポールポジションを獲得したが、レースではウエットコンディションに苦しんだ、先頭を走ったものの終盤に交わされ、最終的には6位フィニッシュ。

 以降のレースでも表彰台に上ることができず、最終戦バレンシアGPでは7位に終わった。日本GPの決勝レース後、「Moto2クラスは今年でラストなので、悔いのないようにしたい。Moto2でやってきたことを形にしたい」と語っていただけに、満足のいくシーズンではなかったのだろう。

■2016年のアッセンでの優勝は「生涯忘れることがない」
 では、6シーズンもの間Moto2を戦ってきた中上が、最も印象に残っている出来事、悔しかったことはなんだろうか。

「2016年のアッセンでの優勝は、世界グランプリでの初勝利でした。ライダー人生において重みのある大きな一勝で、生涯忘れることのない勝利です」

「一方、母国の日本GPで優勝できなかったことが、なによりも心残りです。特に今年は予選でいい走りができて、優勝にとても近い状態だったのに、そこでポール・トゥ・ウインを達成できなかったのは本当に残念です。日本GPは、やはり自分にとって特別なレースなので、結果的に6回のチャンスのなかで一度も勝てなかったのは、今考えるとものすごく悔しいです」

 中上がMoto2クラスで戦ってきた6年間のうち、最初の2年間はイタルトランス・レーシング・チームから参戦し、その後イデミツ・ホンダ・チーム・アジアに移籍した。6年間で2勝を挙げ、ランキングは2016年の6位が最高位となった。

「今から振り返ると長い6年でしたし、一言で言うのは難しいのですが、イタリアのチームで2年過ごしてからチーム・アジアに移籍し、その長い期間でいろんな経験を重ね、ライダーとして技術面やメンタル面で、そして人間としても大きく成長できた実感があります。もっと成績を残さなければならない立場だったことは分かっていますが、将来に向けてたくさん勉強させてもらった6年間でした」

 中上はチーム・アジアに在籍した4シーズンの間に、監督の岡田忠之から多くの影響を受けたという。

「チーム・アジア移籍後の4年間は、監督の岡田忠之さんから技術面やメンタル面、チームやバイクのことなどを、ときに厳しく、ときに優しく、いろんなことを教えてもらいました」

「岡田さんは最高峰クラスの日本人最多優勝記録を持っており、ランキングでも2位までいった人物です。その人からチーム監督としていろいろ教わることができたので、このチームに移籍して本当によかったと思っています」

 同じく影響を受けた人物として、中上はハルク・プロの本田重樹監督の名を挙げた。中上は2017年鈴鹿8耐でもMuSASHi RTハルク・プロから参戦している。

「もっと長い時間で考えると、全日本時代にHARC-PRO.の本田重樹さんにはロードレースの基本からライダーとしての心構えまで、有形無形の本当にたくさんのことを教えていただきました。恩人といっていい存在です」

■MotoGP昇格へのプレッシャーはない
 アジアのなかで世界のトップレベルで戦い、活躍できるアジア人ライダーを発掘・育成するために立ち上げられたチーム・アジアで戦った4年間。アジアという地域を意識することはあったのだろうか。

「いつも念頭に置いていたわけではありませんが、『チーム・アジアのライダーとして結果を残せば残すほどアジアの活性化にもつながっていく』ということは頭の隅にありました。自分がチーム・アジアのエースの立場であることは実感していました」

「そして、アジア・タレント・カップでアジア人が世界に進出する道ができてからは、その子たちが僕たちを観てくれているということを、特に去年あたりから強く肌に感じるようになりました。特に、日本とセパンの大会ではそれを強く感じますね。今まではそんなことを考える余裕もなかったので、それも自分が成長できた部分なのかなと思います」

 中上がMoto2クラスで過ごした6年間は最終戦バレンシアGPをもって終了。11月15日からは早くも二日間にわたるオフィシャルテストが行われ、2018年のMotoGPが始動した。

 LCRホンダ・イデミツからカル・クラッチローのチームメイトとしてMotoGPクラスに参戦する中上は、最高峰クラスのマシンを駆って初日76周、二日目には62周を周回。二日目の最後の週には転倒を喫したが、初日ルーキー勢トップ、二日目ルーキー勢2番手でテストを終えている。ついにつかんだ最高峰クラス参戦。プレッシャーはないのだろうか。

「それはないですね。小さいころから夢を見てきた目標に到達できたうれしさのほうが優っています。緊張も不安もなく、とにかく今は楽しみで、早く走りたい気持ちが強いです」

「2018年シーズンはまったく新しいチャレンジで、バイク、タイヤ、電子制御など、なにもかもが未知のことばかりです。だから、まずはバイクに慣れて理解をすることが第一目標です。そして、世界最高のトップライダーたちと一緒に走れることが、今はなによりも楽しみです」

 久しぶりに最高峰クラスにフル参戦する日本人ライダーの活躍、中上貴晶の活躍を、ファンも『なによりも楽しみ』にしている。