2017年11月19日 09:53 弁護士ドットコム
2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のまとめサイト「保守速報」の記事で名誉を傷つけられたとして、在日朝鮮人のフリーライター李信恵さんが、サイトを運営する男性に2200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は11月16日、男性に200万円の支払いを命じた。
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判決によると、男性は2013年7月から1年間にわたって、2ちゃんねるの「東アジアニュースプラス+@ニュースプラス」というスレッドに投稿されていた李さんに関連する投稿を引用し、編集した上で記事を作成していた。
判決では男性の行った記事掲載について、「2ちゃんねるのスレッドまたはツイッター上の投稿の掲載行為とは独立して、新たに憲法13条に由来する原告の人格権を侵害したものと認められる」と認めた。
判決を受けて男性は11月16日、サイト上で「多分、控訴すると思います」と発言している。今回の判決のポイントはどういった点だろうか。また、今後、他のまとめサイトにどのような影響を与えるのか。深澤諭史弁護士に聞いた。
今回の判決のポイントは、どのような点にあるのか。
「以下は、あくまで判決文本文を読んだだけで、証拠に触れていない、ある意味、現状での感想ということになりますが、今回の判決のポイントとして、私が注目しているのは5つあります。
1つ目は、自分は転載をしていただけであるという反論が排斥されたという点です。多くのまとめサイト等で『流行』している反論ですが、それが否定されたことはポイントでしょう。
2つ目は、まとめサイトの『まとめる』行為は、むしろ、単純な転載行為より被害が大きい、つまり違法性が高いと判断されたという点です。
3つ目は、いわゆるヘイトスピーチ、人種差別、民族差別の言動が、高い違法性を持つということについて、具体的に根拠を示して判断をしているという点です。
4つ目は、一方当事者が強い表現を用いて反論しているからといって、それに対する誹謗中傷は簡単には正当化されないと判断している点です。
そして、5つ目は、これが『まとめサイト』への賠償が判決で認められた初めての例であること、それで画期的な判決といわれる一方で、前提となる法律論は、あまり争いがないか、従前から解釈されてきたものがベースである、という点です。
それぞれについて以下で詳しく解説します」
転載しただけでは責任を問われない、という話をよく聞くが、この判決では否定されたということか。
「ネット上の表現に限りませんが、『自分は転載をしただけ』という弁解は、通常は通用しません。
転載であっても、結局は、情報元と同じ表現を新たに自分の手で行っているに過ぎず、特に責任を軽減する理由はないからです。
『転載をしただけ、まとめただけの行為に違法性を問えるか』ということが、大論点の様に一部では考えられていたようですけれども、基本的に、結論は既に見えていたと思っています。
まとめサイトそのもののケースではないですが、あくまで噂話を噂話として話しただけである、という弁解も認められなかった古い裁判例もあるところです。
なお、2つめのポイントで、裁判所は被告の編集等により、独立して、新たに人格権の侵害があったと判断していますが、仮に編集がない場合であっても、転載によりさらに閲覧者が増え、被害が拡大することに変わりはないので、損害の大小はともかく、責任があるという点についての結論は変わらないと思います」
「まとめサイト」は、単純に転載をするだけではなくて、編集等の工夫を凝らしているが、これと法的責任には、どのような関係があるのか。
「この判決で、大阪地裁は、被告が行った行為、つまり投稿について並び替えや文字の強調などの編集により、引用元の投稿より容易かつ効果的に内容を把握出来るようになったと指摘しています。また、被告の運営するまとめサイトには相当数のアクセスがあることも指摘して、これにより、引用元の投稿とは独立して、新たに人格権の侵害があったと判断しています。
すなわち、他人の権利を侵害する投稿を、『まとめる』行為は、『まとめ』であることを理由に責任を免れないばかりか、その際の『工夫』により、損害は質的にも量的にも大きくなる、つまり、まとめサイト運営者の責任は重くなると判断しています。
まとめサイトは、様々な投稿を読みやすく、わかりやすく編集することに意義があるわけですが、選んだ素材によっては、転載元の投稿者より、より重い責任を負う原因になることもあるということになります」
人種差別にあたる投稿があったと、この判決は認定しているが、法的責任の軽重にはどのような影響があるのか。
「本判決では、被告の名誉権(社会的評価)が侵害されたことのみならず、名誉感情(名誉について本人が持っている感情)や生活の平穏、尊厳を害したということも指摘しています。この事情は、賠償額の算定においても、考慮されたようです。
通常、この種の事案においては、名誉権侵害こそが重視され、一方で名誉感情の侵害は、さほど重視されない、責任が重く評価されない傾向があります。また、誹謗中傷の表現について、『生活の平穏』までが害されたと評価されるケースも多くはないと思います。
しかし、本判決においては、人種差別や女性差別、日本の地域社会からの排除を扇動したこと、すなわちヘイトスピーチであることを理由として、『名誉感情、生活の平穏及び女性としての尊厳を害した程度は甚だしい』と判断しています。
通常の誹謗中傷による名誉毀損は、被害者の特定の活動を中傷するものが多いのですが、人種差別等のヘイトスピーチは、特定の活動に限定されず、被害者の出自等、まさに存在そのもの、全人格を中傷するものです。裁判所は、こういう特徴に着目して、生活の平穏と尊厳を害したと評価したものと思われます」
被告は、原告も反論をしていることを理由に、今回の件は適法化されるという趣旨の反論をしているようだが、これについてはどう考えるのか。
「判決では、原告が、『やや挑発的な表現』『やや侮蔑的な表現』を用いたことを認定しつつも、反論の表明にとどまること、特定人を攻撃するものではないということから、原告の言動を理由に、被告が運営するまとめサイトの記事が適法化されるものではないとしています。また、原告の反論により被害が否定される事実もないとも判断しています。
インターネット上では、安易に、『この人もいろいろ発信しているのだから、これくらい書いても大丈夫だろう』というような考えもあるでしょうが、そう簡単に認められるものではないと、警鐘を鳴らすものであるといえるでしょう」
まとめサイトの責任が認められたことは画期的であると報道されているが、どのような点で画期的なのか。
「これまでに指摘した4点のポイントは、いずれも、判決の理由の中のポイントでした。ただ、私は、この判決が『画期的である』と評価されていることこそが、一番のポイントで画期的な点であると思います。
転載であるからといって責任は免れない、転載の際に加工をすれば責任は重くなる、ヘイトスピーチによる被害は大きなものがある、反論があったからといって誹謗中傷してもよいということではない、以上は、裁判例があるか、すくなくとも法律論としては、おおむね争いはさほどなかった論点です。
それにもかかわらず、それまでまとめサイト運営者に賠償を命じる判決がなかったのは、多くの場合は任意の記事の削除に応じてきたこと、被害者が大きな話題になることを避ける、『炎上等』の二次被害を避けるために、責任追及を避けてきた(いわば『泣き寝入り』してきた)ということが要因であると思います。
今回、改めて、裁判所が判決という形式で『まとめサイトだからといって責任は免れない。むしろ、より重くなることもある』ということを明らかにした、これが本判決で一番大きなポイントであると思います」
今回の判決は、まとめサイトにどのような影響を与えるのか。
「影響は相当にあると思います。ただ、判決の認定を前提にすれば、本件は投稿の質・量ともにかなり被害の程度が大きいと認定されたケースであり、これでただちにまとめサイトへの提訴が日本中に広がるとまではいえません。
もっとも、本判決により、インターネット上に流通する『転載だから大丈夫』『まとめただけだから悪くない』『相手だって反論しているから問題ない』というような法律知識に関するデマに対して警鐘が鳴らされたことの意義は大きいでしょう。そして今後、後に続くような訴訟があれば、更に影響は大きくなっていくと思います」
まとめサイトというジャンルそのものに問題があるのか。
「今回、まとめサイトの運営者について責任追及がなされたわけですが、当然のことながら、まとめサイトというジャンルそのものが違法であると判断されたものではありません。
まとめサイトは、インターネットに存在する玉石混淆の情報を、その重要度、読者の興味関心に応じて、わかりやすく『まとめて』紹介するという社会的に有益な機能を担っています。
もちろん、その性質上、著作権侵害や、今回のような人格権の侵害が生じるケースがありますが、それは、まとめサイトだけの問題ではありません」
法的にはどういったことに気をつければいいのか。
「まとめサイトそれ自体は有益であること、また、原則はあくまで表現の自由にあることに鑑み、法律を守って適正に運営することが何よりも重要でしょう。違法な表現は許されませんが、一方で、ルールを遵守した表現の自由は最大限尊重されるべきですし、萎縮するようなことがあってもいけません。
情報の送り手も受け手も安心してインターネットを利用するためには、法律を守ることが大事です。特に、まとめサイト等の大勢が利用するウェブサイトの管理者は、事前に弁護士に相談をするとか、少なくともちゃんと本を読むなどして勉強しておくべきでしょう。
インターネットの一部で言われている誤解ですが、『なにか言われたら、訴えられたら消せばいい』というわけではありません。投稿の瞬間に被害は発生し、あとで削除しても、違法な投稿をした過去の事実を無くすことは出来ないからです。削除は、あくまで将来の被害を防ぐことしか出来ません。『裁判所の判断を待つ』だけの無責任な振る舞いは許されず、自分の責任で判断することが求められます」
まとめサイトに限らず、多くの利用者のいるサイトで被害を受けた場合、あるいは責任を追及された場合はどうすればいいのか。
「実際に、投稿により被害を受けたり、あるいは、自分の投稿が違法であると責任追及を受けた場合は、インターネットに散らばる自分に都合のよい情報をつまみ食いするのではなくて、早めに弁護士に相談をするべきです。
私は、ネット上の表現トラブルについて、投稿された側のみならず、投稿『した』側の弁護を担当することも多いのですが、相談前に、インターネット上の『気休め』にしかならない自分に都合の良い、誤った法律情報を軽信し、取り返しの付かない事態になってしまうことも珍しくありません。
そうならないためにも、この種の事件に限らないのですが、法律問題には、早めの相談が重要であると思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
深澤 諭史(ふかざわ・さとし)弁護士
ネットやコンピューターにまつわる法律事件を中心に取り扱う。ネット選挙の法務では関係者向けの講演などを実施。著書に「その『つぶやき』は犯罪です(共著、新潮新書)」がある。
特設ウェブサイト: http://IT法務.jp
事務所名:服部啓法律事務所
事務所URL:http://hklaw.jp/