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20連勤もざら、代休なく、給料変わらず…記者たちの「裁量労働制」どこが問題か検証

2017年11月15日 10:52  弁護士ドットコム

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長時間労働による過労死で亡くなったNHK記者の佐戸未和さん(当時31)。佐戸さんの死をきっかけに、NHKでは働き方改革を進めている。その一環として、2017年4月から記者を対象に「専門業務型裁量労働制」が導入されたという。


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「専門業務型裁量労働制」というのは、労働基準法第38条の3に基づき、対象となる業務を労使で定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなす制度だ。


19業務に限って導入することができ、その内訳はプログラマーや弁護士、公認会計士など様々。この中に、「新聞もしくは出版の事業における記事の取材もしくは編集の業務又は放送法に規定する放送番組の取材もしくは編集の業務」として、新聞・雑誌・テレビなどの記者も含まれている。


一方、現場のマスコミ記者に労働環境について話を聞いてみると、「裁量労働制だからといって労働環境は無茶苦茶だ」「20連勤もざらだが、違法ではないのか」といった声も聞こえてくる。


実際の労働時間にかかわりなく、一定の時間だけ労働したものと「みなす」制度ではあるが、どこまで働かせてもOKなのだろうか。どこからが法律違反になるのか。最近の働き方について10月、複数の若手記者にヒアリングし、労働問題に詳しい武田健太郎弁護士に聞いてみた。


●ケース1:一切労働時間の報告を求められず、深夜早朝勤務しても給料変わらず

忙しい時期によっては、早朝から出勤したり日をまたいで仕事することも大いにある。ただその場合でも、どれだけ働いたか上司は一切把握していないのではないかと訴えている。


ある全国紙の記者は、「自分が実際にどのくらい働いたかといった勤務報告はこれまでしたことがない。タイムカードもないし、紙で提出するシステムもない。だから休みの日に働いていても、上司は知らないままだと思う。勤務実態についてはおそらく上司が毎月の勤務表(シフト)を元に作って、まとめて上に報告しているのではないか」という。


さらに、「事件が発生して早朝や深夜勤務が相次いでいた時期もあるが、これまで給料は一切変化したことがない」といった声も聞かれた。


●武田弁護士「裁量労働でも割増賃金は発生する」

「一切労働時間を把握されていないこと、また、深夜早朝勤務しても給料が変わらないとの運用は適切ではありません。


注意が必要な点は、専門業務型裁量労働制を採用した場合も、時間外労働や深夜労働などの割増賃金が発生するということです。例えば、午後10時から午前5時までの深夜に労働すれば、使用者は実際に深夜に労働した時間に応じて25%以上の割増賃金を支払う必要があります。(労働基準法第37条第3項)


専門業務型裁量労働制は、各日の労働時間に捉われずに労働協定で定める時間(みなし労働時間)勤務したものとしてみなすため、時間外労働等の割増賃金が発生しないとの誤解が生じやすいと思われます。


ですから、上司(使用者)は、割増賃金を計算するためはもちろん、記者の勤務状況によっては、働きすぎを避けるために代休や特別休暇、有給の連続取得など『健康、福祉確保措置』をどのようにするか判断しなければなりませんから、個々の記者がどれだけ働いているか、きちんと労働時間の把握をする必要があります」


●ケース2:休みが潰れる。潰れても代休がない

突発的な事案が発生して、休みが潰れることも大いにあるのが記者の仕事。ただ潰れた休みがそのままのことも多いという。


「休みの日にスポーツ観戦をしていたら、殺人事件が発生して呼び出されました。当時は私が事件事故などの警察担当だったので、大きな事件が発生したらある程度休みが潰れるのは仕方ないと思っています。でも後日、潰れた分の休みを代休としてもらえないのには納得がいきません。上司も代休を取っている雰囲気はなく、自分も休みが欲しいと言い出せない状況です」(全国紙記者)


また別の全国紙の記者も、「今のデスク(次長)の口癖は、『若手にワークライフバランスはない』。休みであっても普通に取材を振ってくるので、『休みです』と伝えると『何か用事あるの?』と言ってくる。『どうしても譲れない用事?』『パッと(取材に)行って(原稿)出すだけでいいからさ』といった具合で、こちらの休みを全く気にしていない」と訴える。


●武田弁護士「休日出勤の場合、代休や休日出勤手当を請求すべき」

「この運用が適切かどうかについては、勤務する会社の就業規則において、休日出勤の規程がどうなっているかによって違いますが、専門業務型裁量労働制を採用している場合にも、当然、休日を設けなくてはなりません。


これは労働基準法第35条の休日の規定で、毎週1日または4週間を通じて4日の休日を与えなければならないとされています。週休2日をイメージする人が多いかもしれませんが、法定休日は毎週1日または4週間を通じて4日ということなので、注意してください。土日のうち、どちらかが潰れた、というだけだと休日出勤の扱いにはならない可能性があります。


そして、休日出勤について、法的には、使用者が労使協定を結べば、仕事をさせることが可能とされています。(労働基準法第36条第1項)。法定休日に労働をした場合は、休日出勤の代償として、その日の労働に応じた35%以上の割増賃金を支払う必要があります(労働基準法第37条第1項)。


実際は、専門業務型裁量労働制を採用している場合に、休日を返上して仕事をしている人も多々いるのが現状です。会社の就業規則を確認した上で、代休または休日出勤手当を会社に請求すべきです。


午前中のみなど数時間の場合と、結局丸一日潰れた場合とでは、代休を請求できるか、休日出勤手当の額等に違いは出てきますが、前記のとおり、根本的な対処等に違いはありません」


●ケース3:宿直勤務明けも、普通の勤務が丸一日続く

事件や事故、災害など、いつ何が起こるかわからない。そのため部署によっては、誰か一人が宿直勤務をして、深夜でも何か起これば対応することになっている。


「例えば深夜に大きな火事が起きると、消防や警察からの一報を受けて、すぐ現場に向かって取材する。行方がわからない人がいた場合や延焼するなど被害が大きい場合には、周囲への聞き込みや警察発表を待つため、そのまま現場にいることも多い。でもその明けた日であっても、夜まで通常勤務が普通。月に数回は宿直勤務が回ってくるが、あまりよく眠れないことも多い」(放送局記者)


●武田弁護士「人事部や労働組合などの苦情処理窓口に相談して」

「専門業務型裁量労働制は、一見、労働者が自由に勤務時間等を決めることができ、労働者にメリットしかないようにも思えます。しかし、実際は、実労働時間とみなし労働時間が掛け離れていたり、長時間労働に陥っていたり、実際は出退勤時間が決められてしまっている場合などの問題が生じています。


適切な専門業務型裁量労働制の運用をするためには、労働者側が何らかのアクションを取らなくてはならない場合があります。例えば、実労働時間とみなし労働時間が掛け離れている場合については、通常、裁量労働制を導入している会社は、人事部や労働組合などに苦情処理窓口が設けてあるはずですので、これを利用するといいでしょう。


また、出退勤時間が決められてしまっている場合にも、裁量労働制では会社が労働者の労働時間を強制的に決めることはできませんので、苦情処理手続を利用しましょう。


いずれのケースでも、改善がされない場合は、早期の段階に労働基準監督署または弁護士にご相談されることをお勧めします」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
武田 健太郎(たけだ・けんたろう)弁護士
大学時代にサッカーで全国大会を二連覇し、その後、日本フットボールリーグ(JFL)でサッカー選手として活動しました。また、教員免許も取得しています。
現在は、労働問題の他、離婚・男女問題、交通事故、学校問題などの民事事件から、成人・少年等の刑事事件まで幅広く扱っております。
事務所名:武田健太郎法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13102/o_25762/