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木村拓哉はなぜプレーヤーであり続ける? 社会学者 太田省一氏が解説する“本質的な魅力”

2017年11月08日 15:02  リアルサウンド

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 『中居正広という生き方』の著者であり、リアルサウンドで『ジャニーズとテレビ史』を連載している社会学者の太田省一氏が、9月29日に『木村拓哉という生き方』を上梓した。同書は、CDデビューする以前に出演した舞台に始まり、ブームを作ったドラマ、そしてバラエティやラジオ、音楽……約30年にも及ぶキャリアを紐とき、木村拓哉の生き様に迫った一冊。今回、太田氏にインタビューを行ない、改めて木村拓哉という人が私たちにとって、どんな存在なのかを語ってもらった。(佐藤結衣)


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■木村拓哉という“存在”


太田省一『木村拓哉という生き方』(青弓社)
ーー今、木村さんについての本を書かれた理由から聞かせてください。


太田:芸能界の歴史、ひいては私たちが生きている平成という時代を振り返る上でも、木村さんは決して欠かすことのできないひとりです。しかし、あまりにもその存在が当たり前になりすぎて、あるいは偏った見方によって木村さんがどんな人なのかを顧みることは、これまでほとんどなかったように思います。2016年の年末に惜しまれながらもSMAPが解散しました。そのタイミングで、改めてSMAPの魅力に気づいた人も多くいたことでしょう。今こそ、木村さんがどんな方なのかをじっくり考えたい、そう思ったのがきっかけです。


ーー実際に多くの作品を振り返ってみて、最初に感じたことは?


太田:書き始めてまず“なるほど”と思ったのは、木村さんがプレーヤーというポジションにこだわり続けている点です。キャリアを重ねていく中で、演出やプロデュースといった、ひとつ上の視点で作品に携わる形もある中で、演じたり、歌ったり、自分の言葉で話したり……そうしたプレーヤーであり続けようとしている。その姿は、木村さんの独特なスタイルだと思います。


ーー『プロフェッショナル 仕事の流儀 SMAPスペシャル完全版』で木村さんが「(プロフェッショナルとは)前線から逃げない人。最前線から……」と語っていたのを思い出しました。


太田:木村さんは、どの場面においても“素”の部分を練り込ませているんですよね。この本では、木村さんのことを「素の多面体」という言葉で表現させていただきました。普段、私たちは「キムタクってスターだよね」とか「木村拓哉はアイドル中のアイドルだ」などと、“スター”と“アイドル”の使い分けを意識せずに話しています。そこをあえてこだわってみると、スターが到底真似できないような存在なのに対して、アイドルはファンに寄り添う存在なのではないかと思うんです。なかでも、SMAPは歌って踊るだけではなく、コントやフリートークをすることで、より身近なアイドル像を切り拓いたグループでした。遠いスターと近いアイドル。厳密に言えば、矛盾するものを、木村拓哉という人は両立させてしまった。既存の概念を超えて、場面によってどちらにでもなりうる存在。そこに私たちはある意味で幻惑されるというか、木村拓哉という唯一無二の魅力を感じているのでしょう。


■木村拓哉を求めた平成という“時代”


ーー木村さんがスターになる背景には、昭和から平成へと大きな時代の変化があったと書かれていました。時代が木村さんに求めたものとは何だったのでしょうか。


太田:「みんなで頑張ろう」というのが昭和という時代だったとすれば、平成は「一人ひとりが、もう一度自分の生き方を見つめ直そう」とした時代。そのモデルとなったのが、木村さんだと思います。昭和の日本は、戦後から高度経済成長、そしてバブルにかけて平均的な豊かさを、みんなで作りあげていきました。テレビでは“お笑いビッグ3”のタモリさん、ビートたけしさん、明石家さんまさんが登場した頃。当時は、みんながある程度贅沢をしていた時代です。さんまさんの高級車を惜しげもなく破壊するなんていう企画も放送され、世の中全体にお祭りムードが漂っていたように記憶しています。しかし、バブルの崩壊とともにその日々が突然終わりを告げたんです。幸せになるためには一生懸命勉強して、いい大学に入って、大きな企業に就職して、終身雇用で一生安泰……それまで誰もが疑わなかったレールは壊れ、どうしたらいいのかわからなくなってしまった、というのが平成の幕開けでした。


――人々が生きる方向性を見失った時に出てきたのがSMAPであり、木村拓哉だった、と。


太田:木村さんは1972年生まれの団塊ジュニア世代。就職の際に不況の波をまともに受けた最初の世代でもあります。この本の中でドラマ『若者のすべて』(フジテレビ系/1994年)の話を最後の章にしたのは、まさに当時の日本の若者たちをテーマにしたドラマだったからです。ドラマで演じるキャラクターではありますが、木村さんを見て多くの若者が憧れを抱きました。自分たちと同じように情けない部分もありながら、それでも頑張って理想を貫こうとしている。そんなキャラクターに、自身を投影して共感したのでしょう。


――木村さんが出演されたドラマを鑑賞すると、“この職業を選んだ木村拓哉”というパラレルワールドを見ているような気分になります。


太田:検事の木村拓哉、美容師の木村拓哉、ピアニストの木村拓哉、武士の木村拓哉……その人生を選択した木村拓哉ならどう生きたか、を示しているのが彼のドラマや映画での姿。役になりきるのではなく、演技をするときに必ずそこに自分を入れる。木村さんのドラマを楽しむ重要なポイントです。


■木村拓哉が目指す“道”


――個人的に興味深く感じたのが、木村さんがエッセイ『開放区』で綴っていた「自分は、ほんとは何になりたいんだろうって思ったとき、頭に浮かんだのが道だった」という言葉でした。昭和で築かれた“幸せのレール”が、平成に入って一度壊れたというお話を踏まえると、木村さん自身が、新しい“幸せの道”を示そうとしていたのでしょうか。


太田:そうですね。木村さんがなりたい道は、高速道路のように目的地まで流されるように走るのではなく、ロードサイドにいろんな風景が広がっている国道246号線のような道だとも言っていました。その風景の一つひとつに彼の作品があり、彼が演じるキャラクターたちが行き交っているのかもしれません。自由に生きることだったり、常識にとらわれずに正義を貫く姿だったり、私たちにとっての理想が見える。こんな風に生きられたら幸せだと思える、そんな生きる道を示してくれているのです。


――「生きる」とは他人を理解しようとすることだ、とも語られていますが、多くの役を生きることで、木村さん自身の年輪ができていくように思えたのですが。


太田:それはあると思います。一般的に「人生経験」というと、実際に経験したことを指すことが多いですが、小説を読んだりドラマや映画を見たりして、疑似体験をすることもできますよね。そのなかで、何かを掴んでいる。何を掴んだか、すぐにはわからなくても、蓄積されていくものがあるんです。木村さんは意図的に、綿密に、その体験を重ねているのではないでしょうか。


――フィクションとリアルを行き来する“道”にも、なっているわけですね。


太田:実は私たちが思っている以上に、その境界線は曖昧なものなのかもしれません。木村さんにも少年時代、好きなアニメのキャラクターになりきっていたというエピソードがあるように、木村さんにとって、演じるということは日常の延長線上なのでしょう。考えてみれば、私たちも普段の生活のなかで、それぞれが何かの役を演じている部分があるわけです。そういう意味では、私たちもプレーヤーです。彼の演技を見て、多くの人が自分もそうでありたいと理想を見出すのも、自然な流れといえるでしょう。


■木村拓哉が求める“自由”


――太田さんは『中居正広という生き方』も書かれていますが(参考:SMAP・中居正広はなぜテレビ界で「前例のないアイドル」となったか? 話題の研究本著者が解説)、中居さんと木村さんの関係性をどのようにご覧になっていますか?


太田:私は、SMAPとは単なるアイドルグループではなく、ファンあるいは世の中の多くの人が参加する、ある種のプロジェクトだと思っているんです。先ほどの“道”の例えでいえば、SMAPという名のバスに多くの人が乗り込んで、幸福な生き方を一緒に考えたり、感じたりしながら進んでいくようなイメージです。木村さんと中居さんは、それぞれのやり方を貫いたからこそ、ツートップと呼ばれる存在になったのだと思います。一人ひとりが人として個性を発揮していくこと、それが木村さんをはじめとするSMAPメンバー共通の思いだったのでは。


――平成の時代に入って、家族や地域のコミュニティ意識が薄れていきましたが、繋がる幸せというものはなくなりませんね。


太田:個人が自立しながらも、集まることにも意味がある。多様性を認め合う社会になってきていますが、SMAPはまさにその先取りだったのかもしれません。木村さんが言うように、SMAPが進んだ道は、高速道路ではなくいい景色が見える道。だからこそ、自由に乗り降りもできる。それはファンも、そしてメンバー自身も……。そういう意味では、プロジェクトとしてのSMAPは終わっていないんだと、私は思います。


――木村さんのいう“道”と、香取慎吾さん、草なぎ剛さん、稲垣吾郎さんが立ち上げたプロジェクト“新しい地図”という言葉にも、どこか通じるものがありますね。


太田:それぞれが自由に生きること、つまり幸せに生きることを求めて旅を続けているのでしょう。自分の思う道を進み、離れ離れになっても、決して消えない精神的な繋がりがある。それが、絆と呼ばれるものです。木村さんの作品を振り返ると、武士の精神、つまり個人として志を持って鍛錬を続ける“強さ”と、侍のようにコミュニティの中にいる自分というのも忘れない“優しさ”を感じることができると思います。そして、いつもちょっと先の理想を見せてくれるのです。メディアで取り上げられる“木村拓哉”というイメージよりも、ずっと繊細でピュアな木村さんを発見することもできるでしょう。この本が、そのきっかけになれば嬉しいですね。(佐藤結衣)