2017年11月08日 10:43 弁護士ドットコム
被害者に重篤な障害が残った殺人未遂事件の公訴時効撤廃を求め、国会への請願など様々な活動をしている犯罪被害者の家族が愛知県にいる。2002年に起きた強盗殺人未遂事件で銃撃され、車椅子生活を送る安田好孝さん(52)と妻のいずみさん(48)だ。
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犯人は15年経った今も捕まらず、公訴時効が間近に迫っている。この間、公訴時効に関する法改正が2度あったが、いずれも好孝さんの事件には適用されなかった。そのために生じた「時効格差」に、夫妻はやり切れない思いでいる。(ルポライター・片岡健)
10月下旬、名古屋市内の喫茶店でいずみさんに会い、話を聞いた。この時に見せてもらった分厚いファイルには、犯罪被害や公訴時効制度に関する様々な資料が綴じられていた。各資料は、あちこちにアンダーラインが引かれたり、付箋が貼られたりしており、独自に相当勉強を重ねていることが察せられた。
「資料を集めるといってもインターネットに出ているものだけなんですけど。弁護士に頼むお金はないので、全部自分たちでやっています」といずみさん。日々の生活は大変なはずだが、何事もつとめて明るく話す人だった。
事件が起きたのは2002年11月18日の正午ころだった。大手警備会社の警備員だった好孝さんは当時37歳。名古屋市中区富士見町のパチンコ店駐車場で店の売上金を輸送車に積み込んでいたところ、同僚とともに2人組の男に襲われ、現金約870万円を奪われた。
この時、犯人ともみあいになった好孝さんは脇腹を刃物で刺されたうえ、銃で足と首を撃たれ、一時意識不明の重体に。いずみさんは「病院に駆けつけて夫の姿を見たときには、『よく生きているな』と思うような状態で。生きていられただけでありがたいと思いました」と当時を振り返る。
ただ、銃弾で首の神経を焼き切られた好孝さんは事件後、胸から下が動かない状態に。手は動くが、物をつかむのは難しいという。食事、入浴、トイレなど日常生活の大半のことは、いずみさんのサポートが必要だ。
「うちはこれからもずっとこういう生活が続きます。それなのに、公訴時効の制度があるせいで、犯人は逃げ得です。誰のための制度なんだろうと思います」
そんな思いから夫妻は今年5月、被害者が重篤な障害を負った殺人未遂事件については、公訴時効を撤廃するように求める請願書を国会に提出。活動を通じて知り合った報道関係者の取材も受け、理不尽な現状を訴えてきた。公訴時効の成立が迫る中、警察にはたらきかけ、8月以降に3度、街中でチラシを配ってもらうなどして情報提供を呼びかけてもらった。
しかし、犯人につながる有力な情報はいまだ得られず、望むような公訴時効の改正もまったくめどが立っていない。
好孝さんが銃撃された2002年以降、公訴時効に関する法改正は2度あった。
まず、2005年の最初の法改正では、最高刑が死刑の犯罪の公訴時効は15年から25年に延長された。だが、この法改正はそれ以前に起きた事件に適用されず、好孝さんの事件の公訴時効は15年のままだった。いずみさんはこの時、「うちだけじゃないんだし」と自分を納得させたという。
だが、2010年の2度目の法改正については、その内容にどうしても納得できないでいる。最高刑が死刑の犯罪のうち、「人を死なせた犯罪」は公訴時効が撤廃され、それ以前に起きた事件にも法改正が適用されたが、一方で「人を死なせた犯罪以外の犯罪」は法改正の対象にされなかったからだ。
好孝さんの事件(強盗殺人未遂罪)も最高刑は死刑だが、「人を死なせた犯罪」にはあたらないため、2010年の法改正でも2005年に続き、再び蚊帳の外に置かれた。いずみさんは、「(公訴時効を撤廃するか否かを)被害者が生きているか否かで線引きするのはなんなんでしょうか」と疑問を投げかける。
「2度の法改正で、ことごとくこぼれ落ち、重篤な障害を負った被害者が法に守ってもらえなかったということです。うちの夫の状態を誰も見てくれないまま、法改正の内容が決まってしまったように思います」
実を言うと、夫妻は2010年の法改正があった際、改正内容がよくわからず、好孝さんの事件について警察に問い合わせていた。この時に警察の担当職員からは「公訴時効はありません」と間違った説明を受けており、いずみさんはそのことにもわだかまりを持ち続けている。
「警察の説明なので、よもや間違っているとは思わず、信じて安心していました。それが昨年11月、警察から『公訴時効まで1年なので、証拠品を返す』と突然言われ、初めて夫の事件では、本当は公訴時効が撤廃されていないとわかったのです」
いずみさんが国会への請願など、被害者が重い障害を負った殺人未遂事件の公訴時効撤廃を求める活動を本格的に始めたのは、公訴時効があと1年に迫ったこの時からだ。「2010年に法改正された時点で警察に正しい説明を受けていたら、公訴時効撤廃のためにも犯人逮捕のためにも、もっと色々なことできたはず」との思いがぬぐえないという。
2度の法改正で一切変わらなかった15年の公訴時効は、11月18日午前0時で成立する。夫妻は今、事件が未解決のまま、その時を迎えることになるのを覚悟している。しかし、そうなっても、いずみさんは被害者に重篤な障害が残った殺人未遂事件の公訴時効撤廃のために国会への請願などを続けていくつもりという。
「生活もありますから、私たちの時間のすべてを公訴時効の撤廃に使うわけにはいきません。でも、このまま終わってしまうのはいやなんです。悔しい思いをする人が少しでも減って欲しいです」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、目から涙があふれた。
【ライタープロフィール】
片岡健(かたおか・けん)1971年生まれ。全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)。広島市在住。
(弁護士ドットコムニュース)