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悪質犯罪や少子高齢化で世界遺産や国宝が危機…文化財を守る「秘策」とは?

2017年11月07日 10:43  弁護士ドットコム

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長野市の善光寺で10月、合計100カ所以上の落書きが発見された。被害にあった文化財の中には、国宝や国の重要文化財も含まれており、長野県警は当初、文化財保護法違反でも捜査していると報じられた。


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善光寺の事件に限らず、文化財に対する落書きなどの犯罪は絶えない。最近では、2015年から今年にかけ、世界遺産である二条城や下鴨神社(京都市)など、全国各地で油のようなものが撒かれるという事件が相次いで起きている。


文化庁では、防犯カメラなどの設置を補助するなど対策をしているが、寺社仏閣のように常時、来観者に開かれている文化財の防犯は難しい。特に少子高齢化によって、急激に過疎化する中山間地域では、文化財の守り手も減っている。


文化財をどう守ってゆけばよいのか。来年の世界遺産登録を目指す「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の取り組みからヒントを探る。(弁護士ドットコムニュース編集部 猪谷千香)



●連続油事件の「悪夢」再び…世界遺産の下鴨神社や首里城でまた液体


文化庁によると、文化財への毀損事例は、2014年は27件、2015年は57件、2016年は30件だった。2015年の激増は、2月から5月にかけて京都市の二条城や東寺などの世界遺産をはじめ、全国各地の著名な寺社で油のような液体がまかれ、国宝や重要文化財が毀損されるという事件が約30件、発生したためだ。


今年4月以降も、二条城で粉末のようなものが再びまかれた他、同じく世界遺産の下鴨神社(京都市)や首里城(那覇市)では油のような液体がまかれるなどの被害が出ている。一連の事件を受けて、文化庁では4月、文化財調査官を現地に派遣して現状を確認。各都道府県の教育委員会に対し、防犯対策の徹底や連絡体制の強化依頼を通知した。


相次ぐ事件を受けて、宮田亮平長官は「このような文化財を毀損する行為に強い憤りを覚えます」と緊急メッセージを発表。「地域の宝でもある文化財を被害から守っていくためには、国の努力はもちろんですが、地域における情報共有や見回りなど、国民の皆様にも御協力いただき,防犯体制を充実させることが不可欠です」と訴えた。


文化庁では今年度、防犯カメラやセンサーライトの設置といった防犯や、防火の対策などにかかる予算約11億5000万円を組み、来年度の概算要求も増額しているという。こうした予算は毎年組まれているといい、伝統文化課は「(文化財への防犯は)終わりのない話」とする。


文化財をどう守るかは、古くからの課題だ。終戦まもない1949年1月、奈良県の法隆寺で国宝・金堂が焼失するという事件があった。戦中、文化財は受難の時代だった。空襲があった国内各都市では、貴重な文化財の多くが戦火で灰になっていた。そうした中、国際的にも評価の高かった法隆寺の障壁画がこの火災で消失してしまったのだ。


翌年、京都市の金閣寺も放火で焼失。相次いだ火災をきっかけに1951年、文化財保護法が成立した。以後、文化財保護と活用が進められ、現在ではユネスコによる世界遺産登録も国内で17遺産を数えるまで増えている。


世界遺産に登録されると大勢の観光客が見込まれることから、精緻な保存計画が求められる。総務省が2016年1月に公表した調査によると、国内14遺産のうち6遺産で建物の落書きといった被害が15件、発見された。総務省は環境省と文化庁に適切な保存、管理を勧告している。



●過疎化で「守り手」が減少、動かせる文化財は博物館へ


「島根県の文化財保護が抱える一番の問題は、少子高齢化です」


そう話すのは、島根県教育庁文化財課の丹羽野裕課長。古事記などの神話に多く登場する島根県には、著名な文化財がひしめく。一方で、島根県では中山間地域を中心に過疎化が急激に進んでおり、県内19市町村の全域、もしくは一部が、過疎地域自立促進特別措置法に基づく「過疎地域」に指定されている。人口10万人あたりの100歳以上の高齢者の割合は、97.54人で5年連続全国1位だった。


「街中にある寺社ならまだ人の目もありますが、中山間地域の寺社仏閣は危険に晒されています。高齢のご住職が一人でお寺を守っているような状態。そうした集落の住民の多くは高齢者で、昼間もあまり人がいない。昔であれば、住民以外の不審者が入って来てもすぐにわかりましたが……」と丹羽野課長は話す。


「県指定文化財を対象に、県では防犯カメラや自動火災報知器の設置に補助を出していますが、悪意を持って傷つけたり、盗んだりしようと思えば、完全に防ぐことは難しいです。昔はコミュニティの力で守られていましたが、社会的な状況の変化でそれも維持できなくなっています」。寺社仏閣で管理しきれなくなった文化財は、島根県立古代出雲博物館に可能な限り受け入れているという。



●教会の聖水皿を灰皿に、聖域に立ち入り…信者につのる不信感


教会の聖水皿を灰皿代わりに使い、調度品や聖書を勝手に触る。神父と侍者以外は立ち入りが許されない聖なる空間である内陣にも勝手に立ち入るーー。


禁教期から連綿と受け継がれてきた長崎県の教会では、長らく無作法な観光客に悩まされてきた。観光サイドと教会サイドの十分な意見交換が行われていなかったため、朝のミサや葬儀の際に団体ツアー客がドカドカと教会に入ってきてしまうなどのトラブルもあったという。


そうした中、教会やその周辺の集落を「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として2007年、世界遺産登録を目指すことが正式決定した。自治体が開いた説明会では、信者たちから堰を切ったように不満が噴出した。


「観光客にトイレを使われ、管理費が負担になってきている。信者は高齢者ばかりで、教会そのものの維持管理もおぼつかないのに」「観光客の拝観マナーがなっていない! 教会を理解していない」。登録されれば、さらに物見遊山的な観光客がさらに増えるのではと、強い不安を覚えていたのだ。もちろん、文化財への毀損も懸念された。


「信者の皆様の中には、観光に対する不満が鬱積していた状況でした。信者の皆様にとって教会とは、祖先が命をかけて守り通してきた信仰を具現化した建物であり、日々神への祈りを捧げる場所でもあり、決して物見遊山的に見る観光施設ではない、という思いがありました。それはカトリック信徒でない部外者からみても否定のしようがないことです」


そう話すのは、世界遺産を担当する長崎県五島市政策企画課の松崎義治係長だ。しかし、根気よく意見交換会を繰り返し、課題を共有していった。例えば、五島市の奈留島にある江上天主堂(国の重要文化財)は、島の中央部にある奈留教会が連絡先になっていたため、観光客や旅行業者からの問い合わせが増えると、教会では対応しきれないという問題が浮上した。特に一般の観光客の電話が昼夜問わず入り、信者からの緊急電話と区別できないため、教会では苦慮していたのだ。


「江上天主堂は、江上集落の信者が漁などで得た財産を建設資金に充てたというエピソードがあります。生活資金の大半を教会建設に捧げることにより、貧しい生活を余儀なくされることがわかっていても、自分たち集落の信仰の証を建てたいという思いがあったのでしょうね。ですから、観光客が増えることに対して大きな抵抗があったことと思います」と松崎係長は説明する。



●教会見学の窓口であるセンターを設置し、文化財を守る


そこで、長崎県と五島市など関係市町は、教会や信者の人たちと対話を重ねて解決策を模索。来訪者とのトラブル回避のために、構成資産である教会堂を対象に教会守を配置し、来訪者の人数などを把握できるよう、事前予約制度を導入することにした。


そうして、2014年に立ち上げられたのが、「長崎の教会群インフォメーションセンター」だ。教会に関する問い合わせや、9つの教会に対する見学の事前受付を担う。これ以外にも、教会で戸締りの管理をしたり、観光客に見学マナーの説明をする業務を「教会守」として委託することにした。


現在では、世界遺産登録を目指す構成資産が熊本県天草地方にも拡大されたことから、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」として、活動は続いている。インフォメーションセンターは、長崎県の「カトリック長崎大司教区」とNPO「世界遺産 長崎チャーチトラスト」、NPO「長崎巡礼センター」が共同で設立した団体が運営、長崎県が営費の財政支援を行なっている。ここを窓口に、多い年は年間80万人近い人が教会を訪れている。松崎さんは話す。


「取り組みが始まった10年前と比べて、来訪者の方達のマナーも良くなりました。今では、建物への損傷などもあまり聞きません。善光寺や奈良・京都の寺社と比べると、建物の規模も小さく敷地も広くないため、教会守やガイドの目が行き届きやすいと思います」


長崎県から始まったこの取り組みは全国でも稀な例だが、公民が連携して文化財を守る仕組みは、同じような課題を抱えている他の地域のヒントになるかもしれない。折しも、11月1日から7日までの1週間は毎年恒例の「文化財保護強調週間」。


少子高齢化という厳しい現状の中、地域で文化財を守るために何ができるのか。改めて、考えてみたい。


(弁護士ドットコムニュース)