2017年11月05日 08:23 弁護士ドットコム
イスラム教の女性が髪の毛を隠すため、頭に巻くスカーフ(アラビア語で「ヒジャーブ」、インドネシア語で「ジルバブ」)。イスラムの聖典でも定められているものだが、東京で暮らすイスラムの女性たちが、ヒジャーブを身につけているために、アルバイトとして雇ってもらえないという。
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女性たちの窮状を訴えたのは、インドネシアの日本語通訳、ムハマド・スルヤさん。10日1日付の朝日新聞投書欄で、「物価の高い東京に大勢のイスラム教徒が暮らしている。生活費を稼ぐために、彼女たちはアルバイトを探すが、どこも雇ってくれない」「私の娘もアルバイト先を探したが、どこも雇ってもらえなかった。その理由はジルバブを被っているから」と投書した。
ヒジャーブを頭に巻いたイスラム教徒の女性の雇用をめぐっては、米国でも裁判が起きている。2008年に洋服ブランドの「アバクロンビー&フィッチ(アバクロ)」の営業職に応募した女性が、同じくイスラム教のヒジャーブを着用していたために、採用を拒否された。女性は差別に当たるとして訴訟を起こし、米連邦最高裁は2015年、女性の訴えを認める判決を下した。
厚労省によると、日本で働く外国人は108万3769人(2016年10月現在)となり、100万人を超えている。4年連続で過去最高を更新。多様な文化を背景に持つ外国人労働者は増えており、イスラム教徒の女性たちの問題は看過できない。ヒジャーブを理由に雇用を拒否することは、国内では差別にならないのだろうか。自身もムスリムである林純子弁護士に聞いた。
宗教的な服装を理由に、雇用を拒否することは可能?
「採用の過程において考慮される要素は多いため、不採用となった場合にその理由が本当にヒジャーブなのかという判断は容易ではない、ということを最初に指摘しておきたいと思います。その上で、仮に不採用の理由がヒジャーブであることが明らかだという前提でお答えします。
米国では人種差別を禁止する法律(公民権法)があり、その中で宗教を理由に雇用を拒否することが明確に禁止されています。ご紹介いただいた事案でも、この法律に違反するという判断がされました。
しかし、日本には採用段階における差別を禁止する法律は存在しません。そのため、不法行為や公序良俗など私法の一般条項の解釈適用を通じて、平等権・信教の自由・職業選択の自由など憲法上の権利(基本的人権)を間接的に適用することになります(最大判昭和48年12月12日三菱樹脂事件判決)。
過去の判例を見ますと、雇用者に契約締結の自由(採用の自由)を認め、どのような者を雇用するかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決定することができるとする1973年の最高裁判例があります(同上)。しかし、雇用者の採用の自由も、応募者の基本的人権を侵してまで認められるわけではありません」
ヒジャーブを理由にした雇用拒否は、基本的人権の侵害に当たる?
「ヒジャーブが理由の採用拒否は、『イスラームという宗教であるからの不採用ではなく、ヒジャーブという日本社会では珍しい服装をしているからの不採用であり、その応募者がヒジャーブを着用しなければ採用するのであるから宗教に基づく差別には当たらない』と考える人もいるかもしれません。
しかし、本人が宗教的行為の実践としてヒジャーブを着用している以上、ヒジャーブ着用は信教の自由で保護された基本的人権であり、ヒジャーブを理由とする採用拒否は宗教に基づく差別に当たると考えるべきです」
差別に当たるとしたら、どのような法的な問題がある?
「1973年の最高裁判判例が出されたのち、日本は1979年に国際人権B規約(自由権規約)を批准しましたが、この規約は宗教も含めたあらゆる理由による差別を禁止するという内容を含んでいます(26条)。
また、これまでの間に、厚生労働省や各自治体は就職差別を含めた様々な差別に対する啓発活動を行なっており、あらゆる差別を行なってはならないという共通認識が一定程度社会に醸成されました。一般的な雇用状況を見ても、上記判例が出された当時は日本人のみの終身雇用が大多数だったのが、44年を経て労働者も働き方も多様化しています。
これらのことからすると、ヒジャーブが理由の採用拒否は、現在においては、憲法・自由権規約の趣旨に照らして社会的に許容しうる限度を超えており、宗教に基づく差別として違法といえると思います(ただし、冒頭で指摘したとおり、実際に不採用の理由がヒジャーブであるということを立証するのは相当困難です)。
なお、すでに雇用関係にある場合には、労働基本法上、雇用者は労働者の信条等を理由に差別的取扱いをすることは許されません(3条)ので、ヒジャーブを理由とする解雇はできません」
もしも、差別による就職拒否に遭ってしまったら?
「宗教に基づく差別ということでここまで回答してきましたが、日本人ムスリムも増加しているとはいえ、現在でも日本に在住するムスリムの圧倒的多数が外国人であることを考えると、実際はヒジャーブによる差別は外国人差別と密接に関連しているということを指摘しておきたいと思います。
一方で、就職差別はヒジャーブに限られたものではなく、部落、アイヌ、琉球・沖縄の人々、障害者、外国人、LGBTQ、女性など、あらゆるマイノリティに対して行われる可能性がある差別です。
公正な採用選考のための採用基準は『職務遂行上必要な適性・能力を持っているか』であり、適性・能力以外の事項を考慮すべきではありません。ヒジャーブによる採用拒否だけでなく、あらゆる差別的理由による採用拒否を許さないという姿勢を、社会で広く共有することが重要だと思います。
もし自分がヒジャーブや他の差別的理由による採用拒否にあった場合には、就職差別は一般的に証拠が残りにくく、争いにくいものですので容易ではないとは思いますが、採用拒否の理由がヒジャーブや差別的理由であったことを示すような証拠をできるだけ集めるようにしてください。その上で、地方自治体やハローワークの相談窓口、あるいは労働組合や支援団体などに連絡をしてください」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
林 純子(はやし・じゅんこ)弁護士
慶應義塾大学経済学部・早稲田大学大学院法務研究科卒。東京弁護士会。一般民事・家事・刑事・企業法務を担当するほか,在留資格など外国人事件に力を入れている。各地で外国人の人権についての講演も担当する。
事務所名:弁護士法人パートナーズ法律事務所
事務所URL:http://p-law.jp/