イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラム。マレーシアGPではドビジオーゾがチャンピオン獲得に望みをつなぐ勝利を飾った。ついに最終戦バレンシアで決定する2017年のMotoGPチャンピオン。ポイント差でいえばマルケスが完全に有利だと言えるのだが、ドビジオーゾがチャンピオンとなる可能性は?
ーーーーーーーーーー
■『何でも起こる可能性がある』二輪レース
MotoGP最終戦が行われるバレンシアで、アンドレア・ドビジオーゾがチャンピオンを獲得する可能性は高くはない。しかし、過去30年間、MotoGPのメディアセンターで語られ続けてきた古い格言がある。『オートバイのレースでは何でも起こる可能性がある』
偉大なライダー、ニッキー・ヘイデンもこう語った。「(レースは)何が起こるのかなんてわからない。それが、僕らが日曜の決勝レースでグリッド上に並ぶ理由なんだ」
ヘイデンがこう語ったのには理由がある。2006年11月、ヘイデンが最終戦バレンシアGPを迎えたとき、チャンピオンシップにおいてヘイデンは有利な状況とは言えなかった。その年のタイトルは、すでに決まったものだと誰もが思っていた。ランキングトップで最終戦に臨んだバレンティーノ・ロッシはシーズンで5勝を挙げ、シーズン2勝のヘイデンに対し8ポイント差をつけていた。
しかし、ヘイデンはチャンピオンを獲得した。ロッシは最終戦の決勝レースで気負いがあるように見えた。その一方で、ヘイデンは己のすべてをかけた。自分が持つチップすべてをテーブルに置いたのだ。それが功を奏した。
ヘイデンが自転車事故で亡くなってから、わずか半年。2017年シーズンの最終戦は、そのヘイデンがチャンピオンを獲得した2006年の再現となるかもしれない。
もちろん、2017年のチャンピオンシップの状況は2006年とはかなり違っている。ランキング2位のドビジオーゾと、ランキングトップのマルク・マルケスとの差は8ポイントではなく逆転がほぼ不可能に近い21ポイントだ。
ドビジオーゾは2017年、ほぼ完ぺきに近いシーズンを送ってきたが、ふたつの結果が彼の足を引っ張っている。どちらもドビジオーゾのミスによるものではない。ひとつは第2戦アルゼンチンGPで、アレイシ・エスパルガロの転倒に巻き込まれる形で転倒リタイヤ。これは今季唯一のノーポイントレースだ。もうひとつは第16戦オーストラリアGPで、ドゥカティが苦手とするコーナーに悩まされ、13位でフィニッシュしたこと。
また、ライダーのタイプも違う。ドビジオーゾとヘイデンはまったく違うタイプのレーサーだ。私は、ヘイデンほど温厚な心と感情をもってレースに打ち込んだMotoGPライダーを知らない。一方、ドビジオーゾはすべてが頭脳的だ。ヘイデンはスロットルコントロールによりダートトラックやスーパーバイクで活躍したが、ドビジオーゾは正確さと勢いで125ccクラスから250ccクラスへと上り詰めた。
ドビジオーゾは賢い。多くのことを考えるし、マルケスのように物理学の法則を曲げて勝つようなタイプのライダーではない。バイクの状態がよく、勝つことができる状態であればドビジオーゾは勝利するために戦う。しかし、バイクの状態が4位でフィニッシュできれば十分という状態であれば、4位で終わる可能性が高いのだ。
ドビジオーゾが第11戦オーストリアGPと第15戦日本GPの最終ラップ、最終コーナーでマルケスを打ち負かしたことは衝撃的だった。ドビジオーゾは、どちらのレースも頭を使って勝ったのだ。
また、ドビジオーゾがセパンで挙げた今季6度目の勝利は、なかでも最高のパフォーマンスだった。ドビジオーゾは着実にポジションを上げ、外科医のような精密さでレースを戦い、危険な状況のなかで常にバイクの性能を最大限に活かした。
それからチームメイトであるホルヘ・ロレンソの後ろで情報を得て状況を考え、攻めるべきところでプッシュした。
バレンシアでドビジオーゾのこの頭脳的な部分が、どのようにレースに影響してくるか、興味深いところだ。最終戦では、これまでにないようなドビジオーゾのパフォーマンスが見られるだろうか。
おそらく、そうはならないだろう。しばらく前にドビジオーゾは私にこう語った。「僕はクレイジーなことをせずに勝つことが可能だと確信したんだ」と。「勝つために必要なことは、たくさんある。あらゆるところに多くのやるべきことがある。そして、健全な精神を持つことだね」
■セパンでのロレンソ2位はチームオーダーだったのか?
ロレンソがセパンでチームオーダーに従ったかどうか、本当のところはまだわからない。ロレンソはバイクのダッシュボードに表示された、ドビジオーゾに1番手を譲るようにという『マッピング8』のメッセージを見ていなかったと主張している。
私はときによってライダーの話す内容を信じないことにしている。ライダーたちは秘密を隠そうとするものだからだ。今回については、私はロレンソを信じている。というのも、第13戦サンマリノGPでトップ走行中にクラッシュした原因が、マッピングの変更操作をしていたことだったからだ。
ロレンソはこのクラッシュで、集中をコースからダッシュボードにそらしてはいけないと学んだのだろう。それに、ロレンソは私たちに何度も教えてくれた。うまくチームメイトの助けになればいいね、と。
チームオーダーのコードメッセージはともかくとして、ドビジオーゾがチャンピオンを獲得するためにはレースに勝つしかなく、そして同時にマルケスがミスを犯したりクラッシュしたり、バイクに問題が起こるなどのトラブルが起こらなければならない。
ドビジオーゾがレースに勝ったとしても、マルケスは11位以内でフィニッシュしさえすればいい。ドビジオーゾができることは、いつもどおり自分のベストを尽くすことしかないのだ。
「僕らはリラックスしているよ」と、ドビジオーゾはセパンでのレース後に語った。「今週、僕らはリラックスしていた。バレンシアでも同じように力を入れすぎないでいくよ」
マルケスがタイトルを獲得すれば、ドビジオーゾは失望するだろう。しかし、ドビジオーゾは失望しすぎることはないと私は思う。ドビジオーゾは、今季6勝を挙げている。これは、これまでドビジオーゾが最高峰クラスに参戦してきた2016年までの9年間で挙げた2勝という勝利数を上回るものなのだから。
■最終戦までチャンピオン争いがもつれたのはわずか18回
最終戦の地、バレンシアでは何が起こっても興味深い日となるだろう。69シーズンにわたるロードレース世界選手権最高峰クラスの歴史のなかで、最終戦までタイトル争いがもつれこんだのは、わずかに18回しかない。
その最初は1950年で、ウンベルト・マセッティがジェフ・デュークと争った時だった。マセッティは速いが扱いの難しいジレラの4気筒バイクを駆り、デュークは速さはさほどないものの扱いやすいノートンの単気筒バイクで戦った。結果的に、マセッティが1ポイント差でチャンピオンを獲得している。
最終戦までチャンピオン決定がもつれた18回のうち、1978年から1983年と連続したときがある。そのうちの3回(1978~1980年)でチャンピオンに輝いたのがケニー・ロバーツだ。しかし、フレディ・スペンサーと争った1983年、ロバーツはスペンサーにタイトルを奪われる。
この年、イタリアのイモラで、奇妙なことがあった。“キング・ケニー”のゆがんだファンにより、スペンサーが脅迫を受けたのだ。手紙はスペンサーのガレージの裏に書かれていた。
スペンサーは週末のほとんどをモーターホームで過ごし、グリッド上では警備員が彼を守った。最終戦でロバーツはレースに勝ったが、スペンサーは2ポイント差でタイトルを獲得。スペンサーはこの年、最高峰クラスの最年少チャンピオン記録を打ち立てた。
近年では2年前の2015年に繰り広げられた、ロレンソとロッシによるチャンピオン争いだろう。最終戦バレンシアで決着したチャンピオンシップは、5点差でロレンソがタイトルを獲得した。
マルケスは2013年、スペンサーの最年少チャンピオン記録を更新した。マルケスがバレンシアでタイトルを獲得すれば、5年間で4度の最高峰クラスのタイトル獲得となり、さらにいくつかの記録を更新することになる。マルケスがチャンピオンになる可能性は高い。しかし、それはまだ『if』なのだ……。