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CHAIがみせる、まったく新しい価値観 ニュー・エキサイト・オンナバンドが表す“かわいい”の概念

2017年10月31日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 アンテナの鋭い人なら、すでにチェック済み、そして絶賛しているはずだ。CHAI。ガールズバンド=ヘタウマ、“かわいい”の概念をぶっ壊すために、あえて「オンナバンド」、しかも「ニュー・エキサイト・オンナバンド」と自分たちにキャッチコピーをつけてしまった名古屋出身の4人組。最初は半分遊びだったそうだが、本気でやるなら、と東京に出てきたのが昨年夏のことで、当初から「グラミー賞を獲る!」と公言しているバンドである。


 こう書くとずいぶん強気で男勝り、いささか腰の引けるフィメール軍団を思い描くところだが、否、CHAIはしっかり可愛い。おかめチックな容姿でにっこり笑う姿はゆるキャラの集まりみたいだし、音楽はカラフルで柔らかで超絶ポップ。どんなルーツなのか、どうしてこのアレンジが出てきたのか、あらゆる発想がぶっ飛びまくっている。ファンクをやるなら◯◯と◯◯を聴いてから、ヒップホップに触れるなら◯◯◯はマストである、などの決まり事から完全に解放されているのだろう。物事を体系的にまとめてから動こうとする男性脳には絶対できない音、という意味ではすこぶる女性的だと思う。


 その「女性的感性」を駆使しながら、世の中の「女性的役割」をぶっ壊すのがCHAIのやり方だ。バンドの世界にある、オンナはヘタウマで顔が可愛いくらいが丁度いいという常識。一般社会にはびこる、オンナは黙ってろ、バリバリ仕事しないでくれという不文律。さらには何もしてなくても忍び寄ってくる、オンナなら化粧しろ、痩せろ、可愛く身綺麗でいろの同調圧力。これに打ち勝とうと理論武装すればフェミニズムになるが、彼女たちは戦いを好まない。既成概念を気持ちよくスルーして、超平凡な容姿で超非凡な音楽を奏で、そんな自分たちのことを「NEOかわいい!」と言ってのけるのだ。まったく新しい価値観。「ありのまま」なんて手垢の付いた言葉を、こんなにも格好良く実践できる同性がいるのかと驚くのは、たぶん初めてのことだ。


 そんなCHAIのライブを見た。10月14日、渋谷O-EAST。POLYSICSの企画イベント『POLYMPIC 2017 FINAL!!!!』で、CHAIはグループ魂と共にゲストとして招かれていた。知名度でいえば2バンドには到底及ばないし、CHAIの名前をまだ知らない人がいても別に不思議はない。そういう状況の中、4人は笑顔でステージに出てきた。バンド名を連呼する自作のSEがやけにハッピー。まずは登場するだけで好意的な拍手。全員が上下ピンクという揃いの衣装は、なるほど、POLYSICSファンの好みであろう。


 ステージ下手にベースのユウキ、中央にキーボード&ボーカルのマナ、上手にギター&ボーカルのカナ。奥にはドラムのユナ。編成は普通のロックバンドだが、ジャーンとギターから始まるステレオタイプとは曲の構造が違う。一曲目は「Sound & Stomach」。まずはベースが一定のリフを奏で、そこにパワフルなユナのドラムが乗っかってくるのだが、あぁあのベースは表ではなく裏のリズムだったのかと気づく頃にはすでに体が揺れている。リズム隊だけで強烈なグルーヴが完成しているし、これだけで十分ダンサブル。BPMはさほど高くない。高速回転でアドレナリンを引き出すダンスロックではなく、腰にクることを意識したファンクのBPMだ。かといってファンクバンドですとは言えないところが、前述した「体系無視」の面白さなのだが。


 何より強烈なのは、ラップと歌唱をごちゃまぜにしながら歌い、ゆるゆる踊っているマナ&カナの天真爛漫な姿だ。双子だから声もそっくり。だけども決して同一ではないから、二人が同じメロディを追うと不思議な揺らぎが生まれる。矢野顕子の系統に入りそうな、ふわふわした高音域がやけに心地いい。地声を張り上げてもキンキンした棘を感じないのは、そもそもネガティブな思いみたいなものを叫んでいないからだろう。〈いい音足りてる?〉〈足りない足りない足りなーい〉という「Sound & Stomach」の歌詞は、音楽サイトOTOTOYのハイレゾ配信のために書いたものだが、同時にこれはCHAIの貪欲さを直接言い表した言葉でもある。いい音ないの? 楽しいものないの? もっともっと! そういうポジティブな欲だけで突き進んでいる表情を、4人はしていた。


 そして、ボーカルに専念する時間のほうが多いカナが、ふっとギターを弾きだす瞬間がたまらなかった。ファンキーなカッティング、柔らかなストローク。時にはオールドスクールなハードロック風のフレーズも飛び出す。何を聴いてきたのだろう。どんなギタリストに憧れてきたのだろう。そういうものがまったく見えない。見えないけれど、ちょっと天才的な、人を惹き付けずにはいられないギター弾きであることはわかる。もともとダンサブルなリズムに彼女のギターが加わり、曲がぐわっと爆発する瞬間は「アガる」みたいな言葉がまったくハマらなかった。演奏はめちゃくちゃ上手いが「感動」というわけでもない。ただ、ひたすら新鮮だった。新発明のディスコパンクと言える新曲の「N.E.O.」でギターが自由奔放に暴れだした瞬間に、ダメだ、もうなんか全部持っていかれてしまった。


 なぜか全員がサングラスをかけて始まったのは、UK Spotifyチャートでも話題になった、ユーモアたっぷりの「ぎゃらんぶー」。客に挙手とコールを求めるところから始まるのだが、POLYSICSのファン相手に「はいっ、手ぇ上げるっ」とマナ。「ちゃんとやれよお前ら」とユウキも煽る。これがオイオイ・コールの催促であればドン引きだが、強制されるのはブーイング・サインと「ぶー、ぶー」という間抜けなコールである。天然なのか確信犯か。楽曲はGang of Fourみたいに尖ったニューウェーブ風なのに、振り付けの脱力感、歌詞のしょうもなさなど、プラスにマイナスをぶつけていくセンスもすごい。そして、BPM130以下のリズムで客をしっかり踊らせ続けていたことが一番凄かった。これはCHAI目当ての客が集まったライブでは全然ないのだから。


 ラストの「sayonara complex」も柔らかくとろけるような80’s風のドリーム・ポップ。ほんの30分で終わったステージだが、「CHAIでした、ありがとう!」とマナが笑うと、フロアからは割れんばかりの大喝采が巻き起こっていた。本当にアウェイもホームも関係ないパフォーマンス。もしかすると、対バン、対オーディエンスという考え方もないのかもしれない。戦わなくていいの。対決しなくていいの。だってこれ絶対楽しいでしょ? 絶対かわいいでしょ? そんな説得のさせ方も、やはりまったく新しかった。


 CHAIのメンバーは10年前に登場したCSSが好きらしいが、私が思い出すのはCSSの20年前に登場したBeastie Boysだ。もともとハードコア・パンクをやっていた若者たちが、サンプリングという遊びを覚え、白人のくせにと白い目で見られながらもヒップホップのクラブに通い、マイノリティである自分の立場を笑うような強さをもって名曲「(You Gotta)Fight For Your Right(To Party)」を世に放った。そういう感覚に近いものをCHAIは持っていると思う。CHAI以降、なんて言葉も近い将来出てきそうだ。ニュー・エキサイト・オンナバンドのキャッチコピーはまったく正しい。今は4人とも、本当にこの音が好きで、この音に興奮しているのだろう。同時に今は、その興奮に初見の客がみるみる巻き込まれている段階だ。いや、本当にすごい。まじでNEOかわいい!(文=石井恵梨子)