「国籍は一応スイスとフランスだけど、あの文句が止まらない性格は絶対にフランスですよ」と、ハースの小松礼雄チーフエンジニアがいうのは、同チームのロマン・グロージャンである。
すでに10年近い付き合いで、公私共に仲のいい二人だが、コース上での言いたい放題に対しては、かなり強い言葉でたしなめてきたという。それもあって最近は比較的収まってきていたのが、前戦アメリカGP終盤で久々にやらかしてしまった。
終盤、タイヤを使い切ってずるずると順位を落として行く状況の中、「もうリタイアしたいよ~」と泣きが入ったのだ。すると担当エンジニアを飛び越して、ギュンター・シュタイナー代表が「黙れ!」と一喝。
しかしそんなことでメゲるグロージャンではない。
「あんたは命かけてないから、そんなことが言えるんだよ。もうタイヤが全然残ってないんだぜ」と反論。
あまりにかわいそうだと思ったのか、担当エンジニアが「OK、リタイアしよう。ボックス、ボックス」と指示を出した。
ところがそんなやり取りの間に、レースは最終周を迎えていた。そこでエンジニアは、「実はもう最終周なんだ。そのまま走り続けようよ」と、あやすような口調で指示を出した。
するとグロージャンは、「そうなんだ。わかった。そんなに言うんなら、チェッカー受けることにする」と機嫌を直し、完走を果たしたのだった。
わがままな子供と怒るだけの父親、それをとりなす母親のような、呆れるような無線交信。しかし彼らにとっては幸いなことに、マックス・フェルスタッペンの表彰台取り消しペナルティのおかげで、この件はほとんど話題に上らずに済んでいた。
ところがレース明けにFIA公式サイトが、このやり取りをビデオで全部公開してしまったのだ。
メキシコGPのパドックでそれについて訊かれたグロージャンは、「ギュンターとはあのあとしっかり話し合って、もう二度とあんなことは言わないということでお互いに納得した」と言う。
しかしこのビデオには、ひどくショックを受けたという。
「その前の30周、いろんなことが起きていた。それを全部端折って、あの部分だけ強調するのはちょっとひどいよ」
今年から特にエンターテイメント性を重視するようになったF1。グロージャンはその格好の餌食にされてしまった、ということかもしれない。