2017年10月28日 10:13 弁護士ドットコム
主に都政取材を担当していた佐戸未和さん(当時31)の過労死を公表したNHK。亡くなったのは、参院選の投開票の3日後で、労基署が認めただけでも、直前1か月の残業時間は159時間37分だったという。
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こうした悲劇も受けて、NHKでは、休日労働の管理徹底など「働き方改革」が進んでいるようだ。今年4月からは、「事業場外みなし労働時間制」に代えて、「裁量労働制(専門業務型)」を導入した。
NHK内部資料には、導入の理由として「健康確保の一層の徹底」「長時間労働の改善」などと記載されている。
資料によると、実はこの制度変更はNHKだけでなく、既に多くのメディアで実行されているという。ただし、「事業場外制」も実際の労働時間に限らず、一定の時間を働いたと「みなす」制度で、裁量労働制と一致する部分も多い。
この2つにはどのような違いがあり、労働者にとって、どんなメリットがあるのか。山田長正弁護士に聞いた。
ーーマスコミの記者は「事業場外制」と「裁量労働制」のどちらも対象になる?
事業場外みなし労働時間制(以下、「事業場外制」)は、外勤の人を広く対象にしたものです。たとえば、自宅からクライアント先へ直行直帰を常態としている営業職などです。また、マスコミの記者が終日社外で取材に当たっている場合もこれに該当します。
これに対し、裁量労働制では、「専門業務型」(以下、「専門型」)と「企画業務型」(以下、「企画型」)があります。対象業務はいずれも法律で決まっていて、マスコミの記者は専門型になります。
ーー制度的にはどういう共通点や相違点があるの?
両者の共通点は、実際の労働時間にかかわらず、一定の労働時間勤務したとみなせる点です。また、休憩、休日、休日労働、深夜労働、時間外労働にかかる協定(36協定)に関する規定が原則通り適用される点も一緒です。
それぞれを見ていくと、事業場外制とは、(1)労働者が事業場外で業務に従事しており、(2)使用者がその労働時間につき算定困難な場合、実労働時間とは切り離して、一定時間労働したものとみなし、この「みなした」時間を労働時間として計算する制度です。注意点として、法律上は、業務を遂行するに当たり、裁量が認められるわけではないということです。
一方、裁量労働制とは、大きな裁量を持った一定の労働者について、労働時間の計算を実労働時間ではなく、みなし時間によって行うことを認める制度ですので、業務遂行に関して裁量が認められます。
また、裁量労働制における労働時間の「みなし」は、事業場内外関係ありませんが、事業場外制は外の場合に限られます。
ーー事業場の外に限られるとは?
事業場内での業務は別途カウントしなくてはならないということです。所定労働時間を8時間と仮定して、事業場内での残業がどうなるかについて、以下の3パターンに分けて大まかに説明します。
(1)事業場外のみなし時間が7時間の場合、オフィス労働1時間(合計8時間)までの分は特に残業代の支払いは不要です。ただし、所定労働時間を超えた事業場内での業務時間分の残業代は支払わなくてはなりません。
(2)みなし時間が8時間の場合は、事業場内での業務時間分の残業代を支払う必要があります。
(3)みなし時間が9時間の場合は、事業場内での業務時間分の残業代と、みなし時間の内、所定労働時間を超えた1時間分について割増賃金を支払う必要があります。
よって、使用者は、事業場内で業務を行った労働時間を別途把握して、上記のように一定の残業代を支払う必要があります。
ーー事業場外制にどんな課題がある?
2014年の最高裁にて阪急トラベルサポート事件の判決が出たことにより、今後一般的に事業場外制の適用は大きな制約を受ける可能性が高くなると考えられます。
先ほど述べたように、事業場外制は、使用者がその労働時間につき「算定困難」な場合についてのみ適用されます。一方、当該最高裁の事案では、旅行会社の添乗員に対して会社の具体的な指揮監督が及んでおり、事業場外みなし労働制は適用できないと判断されました。これにより今後、添乗員は個別に時間外割増賃金の支給が求められるようになります。
ポイントになったのは、(1)ツアー開始前、指示書等により旅行主催会社から添乗員に対し、具体的な業務指示がなされていること(2)ツアー実施中、携帯電話の所持とトラブル発生時は会社から指示を受けることが求められていること、(3)ツアー終了後、添乗日報により、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めていることでした。
特に近時、労働者は自分自身で携帯電話等を所持し、会社からも携帯電話やタブレットを支給され、場所・時間関係なく連絡や報告ができる時代になっています。このことを踏まえると、「労働時間の算定が困難」という要件を充たす可能性が低くなり、事業場外制を適用できる場面がかなり狭くなることが懸念されます。安易に事業場外制を採用することは注意が必要ということです。
ーー確かに、NHKの資料にも、制度変更の理由の1つとして「通信機器の発達により労働時間把握の可能性大」との表現があった。
ーーでは、事業場外制から裁量労働制に変わることで、労働者にどんなメリットがあるのだろうか?
裁量労働制のメリットとして、ある仕事をやり遂げる上で、それにかける時間や進め方を、自分の裁量でコントロールできることが挙げられます。主体性を持って仕事に向き合うことができます。
また、定時の考え方も原則としてありませんので、きちんと求められる成果を上げていれば、出退勤は自由で、労働者のライフスタイルに合わせた時間の使い方が可能です。
ただし、労働者の立場からすると、現実的にはあるいは実感として、「働き方」という面では、あまり変わらない可能性もあります。
ーー逆に事業場外制から裁量労働制になることで生じるデメリットは?
裁量労働制でもっとも多い問題は、実労働時間とみなし労働時間がかけ離れていることです。本来、それまでの労働環境を参考に労使協定でみなし労働時間について協議をしますが、どんなに創意工夫をしてもその時間内では終われない仕事を与えられた場合、法的には一応合法ではあるものの、実質的には「未払い残業」となってしまいます。このように対象労働者が長時間労働に従事し、健康を損なう懸念も生じます。
また、労働者本人は朝型で上司は夜型というように、働き方が異なっていたパターンで、相談や決裁を仰ぐ必要がある仕事の場合は、双方のコミュニケーションが薄くなり、結果的に上司のライフスタイルに合わせる形になってしまうこと等もあり得ますので、個々の自由な働き方とチームワークの問題も軽視することはできないと言えるでしょう。
なお、裁量労働制のもとでも、使用者が安全配慮義務を負うことは変わりないため、使用者としては、労働者が心身の健康を害するような働き方をしていないかを注意し、必要に応じて適切な措置を取ることが求められます。
ーー具体的には、どのような配慮が必要になるか?
裁量労働制の場合、実情を踏まえ、労使協定締結時に労使間でしっかりと協議して内容を定めることが第一です。
次に、使用者は、対象労働者に対して業務の遂行手段、時間配分の決定につき具体的な指示をしないとしても、対象労働者の労働時間等の勤務状況を把握し、その健康状態に応じた配慮が必要になります。
対象労働者本人に裁量性の大きい専門的業務は、業務遂行において本人の自由選択の余地が大きいといえるものの、包括的な指揮命令のかぎりでは、使用者は業務量の調整等により過重労働を避ける健康配慮が必要になるといえます。よって、使用者としては、労働時間の把握、管理義務を適正に果たし、社員の健康把握に努め、適正な健康・福祉確保措置を講じる必要があります。
NHKに限らず、裁量労働制を取り入れても、現場の意識が変わらなければ、長時間労働の改善等がなされない可能性もありますので、トップの意思表明と、現場でその表明をどこまで徹底できるかにかかる面が大きいでしょう。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
山田 長正(やまだ・ながまさ)弁護士
企業法務を中心に、使用者側労働事件(労働審判を含む)を特に専門として取り扱っており、労働トラブルに関する講演・執筆も多数行っている。
事務所名:山田総合法律事務所
事務所URL:http://www.yamadasogo.jp/