2017年10月27日 12:23 弁護士ドットコム
「今日はユニクロなんですよ」。自身を指差して、横田増生さんは接客で鍛えた「ユニクロスマイル」を浮かべた。ポイントは口角の上げ方なんだとか。
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「プライベートでは、ユニクロは着ないですね。洋服とか気にしないから、何年も同じ服。見るに見かねて妻が服を買って来るぐらいなんです。でも、今回は取材を受ける度に違うユニクロの衣装を着ようと思って。おんなじだと悪いから衣替えしようと。1インタビュー、1コーディネート」
週刊文春で発表され、大きな反響を呼んだユニクロ潜入レポートからおよそ1年。横田さんは10月27日、連載をベースに内部の労働実態などをまとめた新刊『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)を発表した。多くのメディアから取材申し込みがあったというから、各媒体の写真にもご注目いただきたい。
横田さんは、ユニクロだけでなく、アマゾンやヤマト運輸などにも潜入したことがあるエキスパートだ。新刊では1章を割いて、柳井正社長に対し、会社を良くするため、「アルバイトとして働いてみてはどうだろう」と挑戦的なメッセージを送っている。
はたして、どうやったら身分を隠して、1年間もユニクロで働けるのだろうか。潜入取材のコツを聞いた。
――横田さん、実は「横田」じゃないんですよね?
合法的に名字を変えました(注:書籍では「田中さん」)。いったん妻と離婚して、再婚したんですよ。
うちの妻は面白い人だから、相談したら、大ファンの高野秀行の本(「名前変更物語」)にこんな話があったよって教えてくれた。彼女のご両親にも連絡したんだけど、「ああ、ああ、いいですよ。頑張ってください」という感じだった。
バイトの面接は人手が不足しているので、すんなり受かりました。姓は今も戻していません。潜入中は、書類に「横田」って書きそうになったり、名前を呼ばれたのに反応しなかったりして、バレそうになったこともありました。
――バイト中の呼び名は「マスオさん」になったそうですね。でも、名字まで変える必要があったんですか?
『ユニクロ帝国の光と影』(2011年)で、ユニクロから名誉棄損だって訴えられて、2億2000万円を請求されました。訴えられたのは初めて。ビックリしましたね。(注:厳密には訴えられたのは出版社の文藝春秋。ユニクロが敗訴した)
僕が取材して調べたことなんて、ユニクロは十分知っているはずだもん。それを証明しろと言ってくる。SLAPP(スラップ)訴訟って、仮にこっちが勝っても、他のメディアが書かなくなるんです。だって面倒臭いでしょ、いちいち難癖つけられたら。たちが悪いですよ。
だから、今回も訴えられる可能性は十分あると思っていたんです。ただ、SACOM(注:香港のNGO。中国のユニクロ下請け工場に潜入し、劣悪な労働環境を告発した)のやり方を見たら、潜入して証拠を取って来たら「訴えられんとちゃう」という気もして来た。それで弁護士に相談したんです。
――どういうアドバイスだったんですか?
履歴書に嘘は書かない。本当のことは全部言わないにしても、嘘はつかない。たとえば、現在の仕事には「自営業」と書いた。聞かれたら、「ネットで注文を受けて、その注文をこなして、ネットで送り返す」とか答える。証明できるよう、面接も全部録音してますね。
それから、「紙のノートを取ってください」と言われた。ハードコピーが一番強いから。捨てちゃダメと。
助かったのが、ユニクロって、人の話を聞くときはメモを取らないと怒られるんですよ。メモ取ったら仕事していると見られる。ラッキー、メモ取りたい放題って感じ。
――メモのコツはあるんでしょうか?
全部で30冊くらいあるかな。その日のスケジュールとか、朝礼で店長が何を喋ったかとか。退勤しているはずの店長が店長室に残って、仕事しているとか。そんなこともみんな書いてある。サービス残業してるやんって。
でも、所詮一番下のバイトが触れられる情報だから、産業スパイなんてなれるはずがない。それってデザインを盗むとか、発注量を盗んで他社に知らせるとかでしょ。社内の噂話とか、シフトをどれだけ減らされたなんて話をしても、ZARAやH&Mが得するわけじゃないもん。
メモを取ったら、その日のうちにちゃんとした形に残していないと、自分でも何があったか分からなくなる。だから、愚直な作業をするということ。愚直に作業を淡々としていく。1週間もすると、全部情報じゃなくなるから。
半年ほど働いた店舗だと、PCで整理したら、全部が全部文字ではないですけど、A4用紙300枚くらいの量になりました。そこから捨てていく作業。どう料理していくかですね。
それからあんまり使わなかったんですが、仕事に着て行ったユニクロのシャツには全部穴をあけていました。レコーダーを仕込むんです。
――潜入取材には、どんな心構えが必要?
どんな状況でもカメレオンみたいに入れる自信はありますね。人付き合いは悪くない方だと思う。どんな人にも一応合わせられます。
アマゾンやヤマトは作業系だから、荒っぽい人も多い。そういう人にも合わせるし、接客系のユニクロに多い、主婦や学生にも合わせられます。
――実際に働いてみると、『ユニクロ帝国の光と影』のときと比べて、労働環境はどうでしたか?
良くなったんじゃないかと思います。ただ、サービス残業などはまだ残っていましたし、現場は忙しい。
新宿のビックロは、ツッコミどころ満載でした。総店長が朝礼で「売り上げ目標を達成しないといけない。結果次第で、みなさんも努力が報われたという喜びや、自分が成長したという達成感を手にできる」とか言っている。
ふざけんなよと、お前の成績が上がるだけじゃん。「あ、やりがい搾取だ」と思って。世界で一番きつい店舗なのに、時給は1000円からでした。
――本の中で、柳井社長に潜入をすすめられていましたが…
柳井社長の発言をまとめた、毎週の「部長会議ニュース」(議事録)には、いつも「〇〇していただきたい」って書いてあるわけですよ。実際に働いてみてから、自分の言葉を読んでみたらどうかと。企業って、上から見るのと下から見るのでは全然違って見えるんですよ。
作業効率を上げるヒントは現場にいっぱいある。でも、「柳井社長、ごらいてーん」みたいな感じで行ったら、何にも見えない。目隠しされて行っているようなもんですよね。変装して行ってみればと。実際に働いてみたら、この作業を時給1000円でやっているのかと思うんじゃない。
実際、海外では社長が現場に潜入するという番組がうけている。日本でも、NHKが「覆面リサーチ ボス潜入」という名前で放送していたけど、ユニクロもやってみたらいいんじゃないの。絶対みんな見るよね。柳井社長と知らずに面接みたいな。会社が全然違って見えると思うよ。
――ところで、どういう経緯で潜入取材を取り入れるようになったんですか?
僕は大学時代、本多勝一とか、鎌田慧(代表作に潜入ルポの名著『自動車絶望工場』)とか、筑紫哲也とかを読んで、かっこいいなって。今になると、だいぶ偏っていたのもわかるけどね。それで、本が書きたいなって。
マスコミを志望していたんですが、大手新聞は入れなくて。それで、2年ぐらい予備校で英語を教えた(横田さんは関西学院大学の英文学科卒)。80年代の終わりぐらい。当時は生徒もめちゃくちゃ多くて、時給が1万円。月100万とか、年1000万ぐらい稼いだかな。それで、奨学金ももらって、アメリカのジャーナリズムスクールに行ったんです。
帰国後は流通の業界紙に入ったんだけど、業界紙は面白くないんだな、タブーが多すぎて。スポンサー様だからね。
編集長だったときは、新人記者に宅配の同乗ルポみたいなのもさせたのね。現場を見なきゃ分からないと考えていたから。でも、取材で行くと「お客さん」だから、良いところしか見せてくれない。そのもどかしさが常にあった。それでフリーになったんです。
――月100万円という話がありましたが、ユニクロで1年働いたバイト代はいくらでした?
ユニクロのバイト代は100万5653円。だからさ、潜入取材ってギャンブルに似ているのね。何が出てくるかわからないからハイリスク。今回も1年間、いろんな依頼を断っていたんだけど、書籍化どころか、文春で何回掲載になるかも決まっていなかった。
ただ、文春が取材経費は出してくれた。海外の工場もだし、学者や情報提供者に会いにも行きました。そういう取材費を出してくれるところは数えるほどしかないね。
――潜入がバレたときって、何かプランは?
(即座に)ないっ。バレたらバレたとき。囲まれてるから、走って逃げるしかないんじゃない。バレたら書けないよね、カッコ悪くて。
ただ、これまでバレたことはない。名前を書き間違えそうになった話をしたけど、ほかにも接客のとき、つい英語が出ちゃったことがあって。50代でユニクロでも珍しいのに、英語も喋れるなんて。噂社会だから、あっという間に「英語喋れるらしいよ」と広まった。でも、バレなかったですね。
あとは、2015年12月、文化放送のラジオ番組に2週連続で出たんですよ。次の日が出勤だったんだけど、行ったら「マスオさんおめでとうございます」って言って、拍手するんですよ。
「え、ラジオ? ラジオ?」って思ったら、「マスオさんにお客さんからお褒めの手紙が来ました」とかって。「はあ…」みたいな感じ。そっちか、びっくりさすなよって思いました。
――そんなに割が悪いのに、どうしてやるんですか?
『潜入ルポ アマゾン・ドットコム』(2005年)のときは、大して仕事がなかった。現場が家から近かったし、半年ぐらい、どうせ暇だしと思ってやったんですよ。
『仁義なき宅配』(2015年)のヤマト運輸は、僕の取材を受けないから。広報が「取材は受けられない」と言ったのに、翌日の日経新聞に社長のインタビューが出るんですよ。ざけんな、出てるじゃん。俺の取材、受けへん気かと。都合の良いメディアの取材しか受けない。
ユニクロは、ヤマトのときに近い。裁判でこっちが正しかったと決着がついたのに、取材をシャットアウトされた。「あなたたちが間違ってたって、裁判所言ってへんかった?」みたいな感じなわけですよ。
今日(注:取材した10月12日のこと)だって、ユニクロの決算があるんですよ。入れてくれって言ったけど、やっぱダメだった。「会社の規則です」って。ざけんなと。規則集に書いてあるんかいな。
――原動力は「怒り」だったと
締め出すことで、相手を思い通りにしたり、口を封じられたりすると思っているところにムカつく。それやったら、書いたろかちゅうこと。
柳井さんも「(悪口を言っている人は)うちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」(「プレジデント」2015年3月2日号)と言っているし。自分たちが安全な媒体で、言いたい放題じゃないですか。
実は今回、新刊の刊行に当たって、週刊文春で柳井さんにインタビューを申し込んだんです。「本もできますんで、インタビューさせてもらえませんかって」。ノー。出たらよっぽど面白いのに。広報にも「太っ腹なところが見えていいんじゃないですか」みたいな感じで言ったけど、ノー。
――最後に。今さらなんですが横田さん、顔出しでインタビュー受けて大丈夫だったんですか?
毎日テレビに出ているわけじゃないから。それに、今後は多分、あんまり潜入取材はやらないからね。だって体力勝負じゃない。今回の本は(潜入開始から出版まで)2年かかったわけでしょ。1年とかそういう期間の取材はもうないと思いますね。
僕は若い人に潜入取材をやって欲しいんですよ。まだ駆け出しで、仕事があんまりない人がいるじゃない。フリーで。でも、なんか書きたい。そんな人にやってもらいたいね。
――本当に今回が最後?
多分、長期間働くやつは。企業に嫌われると、だんだん方法がなくなってくるけど、それでもやり方はあるからね。
(弁護士ドットコムニュース)