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阪本奨悟のラブソングにはなぜリアリティがある? 「恋と嘘」歌詞にも表れた“不器用さ”を考察

2017年10月24日 08:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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<無言のまま時間だけ過ぎて 氷が融けて/味の消えたアイスティ飲んで 苦笑いした>


 阪本奨悟の新曲「恋と嘘 ~ぎゅっと君の手を~」の冒頭を飾る二行。たった二行だが、デート中と思われる様子の初々しい雰囲気や、不器用な主人公の姿を想像させる秀逸な描写だ。同曲は映画『恋と嘘』挿入歌で、MVには同作のヒロイン・森川葵が出演。阪本と森川によって歌詞のストーリーが再現されている。愚直でぎこちなくもピュアな愛情を描いた楽曲は、緊張気味に手を握る阪本と照れたような森川によるMVも含めて、“政府通知の相手と結婚しなくてはいけない”“自由恋愛禁止”という世界での恋愛をテーマにした映画『恋と嘘』に寄り添っているかのようだ。「僕の青春時代を思い出しながら作らせて頂きました」とコメントしている通り、阪本は福山雅治の原曲をカバーした主題歌「HELLO」とともに甘く切ない“青春”を澄んだボーカルで歌い、作品の世界観を曲を通じて表現している。


(関連:阪本奨悟、シンガーソングライターとして踏み出した新たな一歩 福山雅治の「恩返しとしての継承」


 ねごと「空も飛べるはず」(スピッツ)、井上苑子「どんなときも。」(槇原敬之)など昨今、若手ミュージシャンによる90年代楽曲のカバーが盛んに行なわれている。今回阪本が「HELLO」をカバーしたのは、こうした潮流を受けてのものであるだけでなく、福山雅治がプロデュースした前作「鼻声」「しょっぱい涙」に引き続き、福山のスタンスを受け継ぐ存在として大きく羽ばたくためではないだろうか。


 5月に『鼻声 / しょっぱい涙』でメジャーデビューを果たした阪本は、ミュージカル『テニスの王子様』の主演や大河ドラマへの出演といった華々しい経歴を持ちながらも、一度は事務所を辞め、地元へ戻って音楽活動を始めた過去がある。当サイトのインタビューで阪本はその頃を振り返り、「心も体もボロボロでした。寮にも帰らず、門限も守らず、帰って来ても、外に出歩いて遊んでました」と語っていた。福山は阪本をプロデュースするにあたり、“周囲への恩返しとしての継承”だと語っていたそうだが、今回阪本は「HELLO」をカバーしたことで福山からの“継承”を体現していると言えるだろう。


 そんな阪本自身の曲にはまっすぐだが、綺麗事ではなく血の通った言葉が並ぶ。今作「恋と嘘」でも阪本は爽やかな歌声とは裏腹に、<ああ 何でこんなに僕は不器用に生まれたのかな>と時にネガティブな一面を見せる。


<髪型も服も格好つけても/ダメだね>(「鼻声」)


<支え合い 分かち合う そんな世界必要ない 一人でいたい>(「しょっぱい涙」)


 デビュー曲を見ても、そんな赤裸々な思いを描いた歌詞は共通している。「鼻声」「しょっぱい涙」は福山雅治と、「恋と嘘」はいしわたり淳治と共同で作詞を手がけているが、端正な顔立ちでありながら恋や人付き合いに臆病で自信がない、という阪本の不器用さをそれぞれが見事に引き出しており、ストレートなラブソングに留まらない印象だ。


 阪本の曲に登場するのは理想の“王子様”ではなく、時に相手の<好きな俳優のことを上から目線で批評>し、時に<用意してきた笑えるはずの失敗話>で相手を困らせ、<手を繋いだけど 次にどうすりゃいいのか分から>ないような、冴えない男。何となく気まずくなって苦笑している相手の顔が浮かぶようだ。好きという気持ちを真っ直ぐに歌うだけではなく、迷いや格好悪い部分もさらけ出す。そこに描かれている行動や思いは、端的に言ってしまえば“ダサい”のだが、実はその“ダサい”部分は多くのリスナーにとっても身に覚えがあるはず。そこに自然と過去の自分や相手の姿を重ね、“ダサさ”もむしろ愛おしく思えてくるから不思議だ。


 阪本はデビュー曲「鼻声」「しょっぱい涙」を制作する際、福山からインタビューを受けたと語っていたように、両曲は実体験を基にしたものだ。(参考:阪本奨悟、シンガーソングライターとして踏み出した新たな一歩 福山雅治の「恩返しとしての継承」)今回の「恋と嘘」も実体験から生まれたという。しかし彼の楽曲にリアリティがある理由はそれだけでない。阪本自身が心身ともにボロボロになるほどに苦い経験をしてきたからこそ、鬱屈とした気持ちを描いた歌詞や、それを歌う力強い声に説得力があるのだ。筆者が以前ライブに足を運んだ際にも、阪本は自身の過去をマイナス、ダークサイドと冗談交じりに表現しながらもしっかりと向き合い、前に進んでいるようだった。


<僕が その手 守っていけるように/強くなるから>


 「恋と嘘」の歌詞は映画に登場する心優しい幼馴染・司馬優翔(北村匠海)と、クールなライバル・高千穂蒼佑(佐藤寛太)、双方の思いを丁寧に描き出している。それと同時に、「恋と嘘」には、シンガーソングライターとしての彼の決意も込められているのではないだろうか。<守っていけるように/強くなるから>という歌詞からはそんなことを感じた。


 <もっと 君を笑顔にできるような/僕になりたい>。ライブパフォーマンスにも共通することだが、不恰好な部分も隠さないからこそ、彼が歌う言葉をリアルに感じられる。今回の「恋と嘘 ~ぎゅっと君の手を~」は、そんな阪本のソングライターとしての魅力とこれからの可能性が存分に詰まった一曲なのだ。(村上夏菜)