2017年10月21日 10:13 弁護士ドットコム
ストーカーによる殺人、殺人未遂事件の被害が止まない。2016年、全国の警察が把握したストーカー事案の相談件数は2万2737件。摘発件数は2605件にのぼり、過去最多を更新した。芸能活動を行っていた女子大生をファンが刺傷した「小金井ストーカー事件(2016年)」など凶悪事件も発生し、最悪の事態に発展する前に、警察へ相談をする意識が高まっていることも件数の増加の背景にはありそうだ。
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ストーカー被害を繰り返さないために、何が必要なのか。ストーカーやDV問題に悩む女性たちを支援するとともに、加害者の更生プログラムにも取り組む「NPO法人 女性・人権支援センター ステップ」の栗原加代美理事長に話を聞いた。(ライター・貳方勝太)
ーーNPO法人「ステップ」はDVやストーカーの被害者となった女性の支援を行っていますが、加害者の更生支援に乗り出したのはなぜでしょうか。
「ステップはもともと民間のDVシェルターの運営を行っていました。15年にわたって被害者の逃げ場を提供してきましたが、次第に、『加害者を変えない限り、被害者はいつまでも怯えて逃げ続けるしかない』と気がつきました。被害者は名前を変え、仕事や引っ越しをしてまで、素性を隠しながら怯えて過ごさざるを得ません。一方で、加害者は自由に生活している。この状況に違和感を覚えました。
また、加害者が更生しない限り、別の被害者が生まれてしまう可能性もあります。そこで、被害者支援とともに、加害者の更生支援に乗り出しました」
ーー具体的には、どのようなプログラムを行っているのでしょうか。
「週に1度(約2時間)、いわゆるカウンセリングや治療ではなく、DVやストーカーなど、自分と同じようなことをした人たちがグループとなって話し合いをしていきます。
『選択理論』心理学(人間には5大欲求があるとする心理学。5大欲求とは、生存、愛・所属、力、自由、楽しみ)に基づき、自分自身の欲求充足の方法を知ってもらう。その中で、価値観や考え方の間違いに気づいてもらい、考え方と行動を変えることを目的とします。全52回のプログラムで、終わるまで毎週通ったとしても約1年かかります」
ーー元交際相手によって女子高生が刺殺された「三鷹ストーカー殺人事件(2013年)」の加害者は、子どもの頃に壮絶な虐待を受けていたという報道もありました。生育歴も影響するのでしょうか。
「加害者には成育歴に問題があるような場合が多いです。虐待もそうですが、両親の離婚問題に巻き込まれるなど、家庭の問題は様々です。親からきちんと愛されずに育ってきたために、被害者に対して成育過程で満たされなかった愛情を求めてしまい、ストーカー行為に発展してしまうことがあるのです。
欠落した愛情を相手に求めて、相手が離れて行こうとすると、唯一の理解者をなくしたようになってしまうのでしょうね。両親の間にあったDVなど歪んだ人間関係しか知らず、上手な人間関係の築き方がわからないまま育ってしまったという事情もあります」
ーー歪んだ人間関係をモデルにして、同じことを反復してしまうわけですね。
「学校で体罰を受けたり、会社で上司からいじめられたりした経験がモデルになって、同じようなことを身の回りの人間にやってしまうというような例もあります。ある種、社会の犠牲者とも言えます。これはDVの場合でもそうです。社会問題の犠牲者が、社会問題を再生産してしまうのです」
ーー本人に「悪いことをしている」という自覚はあるのでしょうか。
「ほとんどの加害者は、自分が悪いことをしているという自覚はないです。むしろ被害者だと思っている場合もあります。相手に求めた愛情が満たされず、傷つけられたように感じたり、あるいは歪んだ関係をモデルにしてしまったりしているせいで、それが『当たり前』のことだと勘違いしていることもあります」
ーー成育歴に問題を抱えながらも、特に問題なく生活している人もいると思います。ストーカー行為に走ってしまうような人とは、どのような差があるのでしょうか。
「友人との関係がうまくいっていたり、仕事で達成感が得られたりしていたら、承認欲求が満たされます。そうすれば、恋愛感情を抱いて相手から愛されたい、認められたいという欲求が抑えられ、ストーカーにはならないでしょう。ストーカーの中には、仕事もなければ友人もいないような、あらゆる欲求が満たされずに孤立している人は珍しくありません」
ーー元交際相手の女性を刺殺、自身も犯行後には自殺をした「逗子ストーカー事件(2012年)」では、加害者が高校の非常勤講師をしていました。仕事がある人であっても、孤立していることもあるのでしょうか。
「仕事や友人関係が、必ずしも本人の居場所を確保しているとは限りません。友人関係が表層的だったり、仕事にも自信ややりがいを感じられていなければ、心は満たされないままになってしまいます」
ーー予防するため厳罰化が必要との声もあるようです。ストーカーを抑止するため、厳罰化は有効なのでしょうか。
「厳罰化が有効だとは思いません。むしろ、加害者を犯罪者として強く扱うことで、事態が悪化してしまうような場合があります。例えば、ストーカー被害者が警察に訴え出た時、警察は加害者を強い言葉で戒めるのですが、加害者は自覚が無いので『犯罪者扱いされて、話をまともに聞いてくれなかった』と怒るわけです。
仮に捕まって拘置所に入っても、そこで恨みを募らせるだけで、出てきたら何をするかわからない。結局、加害者が求めているのは他者からの理解であって、圧力ではないのです」
ーーそもそも、ストーカー加害者は更生することができるのでしょうか。
「ステップに相談に来る方のほとんど、8割方は更生できています。カウンセリングを通し、自分はなんて酷いことをしていたのかと泣く人もいます。きちんと話を聞いて、自分がストーカーなのだということを気づかせてあげられれば、大概の方が更生できます。
一方で、更生できなかった方は、どうしても他人の意見を聞き入れられないみたいです。自分に絶対的な自信があるなど、自分が完全に正しいと思いこんでいるんです。多くの方も最初はそんな感じなのですが、大半はそれでも更生していきます」
ーーそうした更生の余地がある中で、望まれる更生制度とはどのようなものなのでしょうか
「アメリカのカリフォルニア州では、警察と民間の更生支援団体が連携してストーカーの更生支援にあたるというシステムがあります。現状の日本ではこのようなシステムがないので、事態が深刻化する前に一般の支援団体が動き辛い状態にあると言えます。
今の日本の制度については、加害者にとって資金力的な面で難しいものがあるのかと思います。ステップの更生プログラムも自己負担です。加害者の中にはきちんとした仕事を持っていないような場合もあるので、費用的な面から更生支援を受けられなくなってしまうこともあるのだと思います。
小学校などの早い段階から、更正プログラムで扱うような心理学的なことを学んで、自分の感情を把握してコントロールできるようにするべきなのではないかと思います」
10月はじめ、筆者は「ステップ」が主催するDVとストーカーの更生プログラムの見学に足を運んだ。その日は、30代から50代くらいまでの約10人が集まって「執着」を題材に意見を交わしていた。男女比は9:1で、職業は様々だ。自分の過去を振り返り、その原因を分析したり、これからの課題を話したりもする。
進行を務める栗原さん(「ステップ」理事長)から時折筆者にも話題が振られ、プログラム参加者と共に考えるような場面も何度かあったが、話し合いの様子は、「普通の人」同士が行うものとなんら変わりはなかった。時に、参加者の凄惨な幼少時代の経験が語られることもあったが、場の空気は和やかだったことは意外であった。
ただ、プログラムの受講後、被害者との関係を再構築する時に、大きな壁に直面することもある。被害者にとっては、受けた傷は癒えないものだ。その被害感情とどう向き合っていけばいいのかという課題も浮き上がっていた。妻との壊れた関係に苦悩する参加者の姿がやるせなく映った。加害者が手を止めたからといって、すぐに全てが元通りになるわけでもないのだ。関係修復の難しさが痛切に感ぜられた。
プログラム終了の際、過去にストーカー行為を行ってしまったという参加者の一人(20代男性)から、自分が更生できたという理由をまとめたプリントをもらったので、以下にその概要を記したい。
〈ストーキング行為は、特定の願望や理想に執着することや、極端なマイナス思考など思考の偏りが原因となる。重要なのは、その願望や理想のレベルを引き下げて満たしやすくしたり、物事をゼロか百かといったように二極化して考えずに、できるだけ良い面を探したりして、考え方から感情を変えていくこと〉
プリントを片手に、丁寧に説明もしてくれたこの人が、過去にストーカー犯罪を犯したという事実はなかなか想像しづらかった。また「昔は生き辛かったが、今は幸せだ」という別の参加者の言葉も印象に残った。
【取材協力】NPO法人「女性・人権支援センター ステップ」栗原加代美理事長。主に、DV・ストーカー加害者更正プログラム、電話相談、面接相談、DV・ストーカー防止セミナーへの講師派遣等、DV・ストーカーに関する活動を行っている。事務所URL:http://step7787.exblog.jp/
(弁護士ドットコムニュース)