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Hi-STANDARD、『The Gift』は人とのつながり重視した“ギフト” チャート1位までの軌跡を追う

2017年10月21日 10:03  リアルサウンド

リアルサウンド

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 10月4日にリリースされたHi-STANDARDのニューアルバム『The Gift』は、バンドにとって18年ぶりのフルアルバムだったにもかかわらず10月16日付オリコン週間アルバムランキングで堂々の初登場1位を記録した。国内外トータルで100万枚以上を売り上げた名作『MAKING THE ROAD』(1999年)でさえ最高3位だったことを考えると、この記録は快挙と言える。また、アルバム『The Gift』と同日に“無告知で”リリースされたライブDVD『Live at AIR JAM 2000』も同日付オリコン週間DVDランキングで総合1位。さらに翌週の10月23日付同ランキングでも総合1位に輝き、インディーズレーベルのアーティスト作品による2週連続DVD総合1位という初の快挙を成し遂げた。


 Hi-STANDARDは昨年10月、実に16年ぶりの新作となるシングル『ANOTHER STARTING LINE』を“無告知で”発表した際にも1位を獲得しており(これが彼らにとって、初のオリコン週間ランキング1位だった)、これにより(インディーズレーベルのアーティストが)「シングル/アルバム/DVDすべてのチャートで1位」という大記録を、精力的に活動していた90年代ではなく活動再開後に達成したことになる。もちろん、数字がすべてではないのは承知の上だが、これだけCDが売れなくなったと騒がれる時代にこういった結果をしっかり出したのは評価に値するのではないだろうか。「10数年ぶりの新作」という限定されたシチュエーションだったとはいえ、「事前の情報告知を一切せず」に「店頭で購入すること」を念頭に置き、「店頭で商品を手に取った人が情報を拡散する」というこの一連の流れは、音楽業界に身を置く者ならいろいろ感じることがあったはずだ。


 シングル『ANOTHER STARTING LINE』リリース時の様子およびそこまでの経緯については昨年、本サイトにてまとめさせてもらったのでここでは割愛するが(参照:Hi-STANDARD、突如リリースの新作はどう広まった? “フラゲ日”以降の盛り上がりを追う)、今回は18年ぶりのアルバムと、そのアルバムと一緒に事前告知なしで突如店頭に並んだライブDVDについて書いていきたい。


 まず、今年の7月13日午前中、都内数カ所のアドボードにHi-STANDARDのニューアルバム発売を告知する看板が掲出されていることが、SNSを通じてファンから報告された。看板にはバンドのライブ写真とバンドロゴ、そして「New Album」「THE GIFT」「2017.10.04 In Stores」という文字が掲載されており、ご丁寧にCD品番と価格まで記されていた。この情報がファンの撮影による写真とともにSNS上でどんどん拡散されていくも、バンドおよび所属レーベル〈PIZZA OF DEATH RECORDS〉からは一切コメントなし。まさかバンドとまったく関係ない人間がこんなに手の込んだドッキリを仕掛けることも考えられず、正式発表こそないものの「Hi-STANDARD 18年ぶりのアルバム発売」は間違いない事実だと、往年のファンや再始動後に彼らを知った若年層は大いに喜んだ。


 それから1週間後の7月20日、バンドおよびレーベルはついに沈黙を破りアルバム発売、そして秋からの全国ツアーをアナウンス。それ以前は「どうやら発売されるらしい」と推定で情報を取り上げた各WEBメディアにも、ここで晴れて「正式決定」と断定することができた。意地悪な見方をすれば、今回のやり方は現在の情報過多なWEBメディアに対して一石を投じたと受け取ることもできるが、実はそうとも言い切れない部分もある。例えば今回のアルバムに関して、レーベルは8月下旬にアルバムジャケットや収録曲名を早々に公開しており、そこについては昨年のシングル時とはやり方が異なっている。


 実は今回の場合は『The Gift』というアルバムタイトルにすべての理由が隠されているのではないか、と感じている。情報解禁日時を指定し、横並びで各媒体で告知をするやり方も確かに効果がある。しかし、Hi-STANDARDやレーベルは「情報を掲載してくれるメディア」ではなく、その先にいる受け取り手……実際にCDを購入して聴いてくれるファンに真っ先に知らせたかった。しかも、スペシャルなやり方で。そうすることが、情報を見つけたファンにとってそれが大切な“ギフト”になるとわかっていたから。もちろんこの方法が毎回通用するわけではないし、すべてのアーティストがこうするべきとも思わない。ただ、90年代からファンやリスナーと同じ目線で活動してきたHi-STANDARDというバンドにとって、『The Gift』と題した“18年ぶりのアルバム”に対してはこの方法が有効だった。それだけのことなのだ。


 Hi-STANDARDからの“ギフト”はこれだけにとどまらなかった。9月5日、アルバム発売に1カ月先駆けて特設サイトにメンバー3人のオフィシャルインタビューが公開された。すでにアルバム発売から半月以上経ったが、現在までに『The Gift』に関するインタビューはここで読めるものだけで、特設サイトではメンバー3人によるものに加え、それぞれの個別インタビューも楽しむことができる。特定の情報サイトではなくバンドの特設サイトのみでメンバー3人の声を読むことができるというのは、ファンならずとも納得するところだろう。だが、これ以降に連発された“ギフト”にはファンのみならず、多くの関係者や同業者が目を疑ったのではないだろうか。


 9月18日、東京・渋谷駅と大阪・梅田駅のアドボードに「Hi-STANDARD NEW SONG!!」「これは君へのギフト。」「#playthegift」というメッセージとともにアルバムからの新曲「The Gift」のバンドスコアがサプライズ掲出された。数メートルにもおよぶ横長の掲出は街中でよく目にするが、それがバンドスコアだったというのは前代未聞だ。当然この情報も事前告知は一切なしで、祝日の街中でたまたま見つけたファンがSNS上に写真を掲載したことで一気に広まった。筆者も18日、19日と時間を見つけて渋谷駅に掲出されたスコアを見に行ったが、ファンらしき若者たちがスマホ片手に、Hi-STANDARDからの新たな“ギフト”を写真に収めようとしている姿を何度も目撃した。


 この時点で、バンドはアルバムからの新曲音源を1曲も解禁しておらず、この「The Gift」が18年ぶりのアルバムからの初解禁曲だった。しかも、バンドスコアという形で……そう、いざスコアどおりにコピーしようと思っても、あえてBPMを記載していない、まだ誰も聴いたことがない曲をコピーすることになるのだから、そこにはいろんなイマジネーションが必要となる。こういうひねりの利かせ方はいかにもこのバンドらしいと思ったし、いろんなファンが撮影したさまざまな写真を目にして、実際に現場に足を運んでその目で確認するほか、実際にギターやベース、ドラムを単独で演奏してみた動画、バンドで演奏した動画、初音ミクをはじめとするボーカロイドやMIDIを使用してPC上で再現した動画など、YouTubeやSoundCloud上にアップロードされた音源を耳にして、改めてアルバムが発売間近であることを実感できたのではないだろうか。


 なお、このバンドスコアは9月22日から全国のセブン-イレブン、ファミリーマート、サークルK・サンクスなどのコンビニにて、ネットプリント機能を使って入手可能に(プリント代のみ有料で、スコア自体は無料)。これにしても、意地悪な言い方をすればPDFという形でWEBを通じて公開・配布・販売することもできただろう。しかし先のアドボードしかり、自分の足を使って“ギフト”を受け取りに行くことに……至れり尽くせりで待っていれば情報が届く状態ではなく、バンドがある場所に用意した“ギフト”を自ら掴み取ることに大きな意味が含まれているのだ。


 そんな数々のスペシャルギフトを経た10月3日、ついに店頭にHi-STANDARDのニューアルバム『The Gift』が並ぶ。実は、バンドはここでも2つの“ギフト”を用意していた。ひとつは、CDショップ店頭でのアルバム購入者に先着配布された、アルバム収録曲「The Gift」1曲入りのスペシャルサンプラーCD。このCDの裏ジャケットには「あなたの大切な人にこのCDを渡して下さい。家族や恋人、学校の友人、会社の同僚、あのころ一緒にHi-STANDARDのライブに行っていた仲間、そしてHi-STANDARDの事を知らない人、大切な人とあなたの気持ちをシェアする為のギフトとしてこのCDを活用してください。」と記載されており、まだアルバム発売を知らない人やアルバムの魅力を共有したい周りの人との橋渡しとなる“ギフト”だ。ちなみに、このサンプラーCD配布については事前に情報告知されていたので、同サンプラー欲しさにWEB通販ではなく店頭で購入したという人も多かったのではないだろうか。


 そして、もうひとつの“ギフト”は昨年の『ANOTHER STARTING LINE』同様に事前告知なしでアルバム『The Gift』と一緒に店頭に並んだ、ライブDVD『Live at AIR JAM 2000』だった。こちらは発売開始から3週間は店頭限定販売アイテムとなっており、アルバムを求めてCDショップに足を運んだ多くのファンを驚かせ、喜ばせた。かつて販売されていた『AIR JAM 2000』のVHSソフトにはHi-STANDARDのライブ映像も含まれていたし、のちにCS放送にてオンエアされたことがあったが、こうしてノーカット版が正式に初DVD化されることになったのも、Hi-STANDARDというバンドが2017年に現在進行形で活動できているからこそ。筆者も10月3日午前中、都内のCDショップ数店舗に足を運んだが、アルバム『The Gift』を求めて入店したのに見たことのないパッケージのDVDも一緒に陳列されているのに気づき、驚きの声を上げるファンの姿に遭遇している。


 “ギフト”という大きなテーマに沿って用意された数々のサプライズ。一つひとつを受け取ってきたリスナーにとって、この一連の“ギフト”は忘れられないくらい大切なものになったことだろう。まるで、その人のためだけに用意された特別なプレゼントのように。Hi-STANDARDが心を込めて作り上げた大切な作品を、いかに愛してもらうか……日々これだけ情報が溢れ、音楽がデータで手軽に楽しめる時代だからこそ、人と人のつながりを重視したこの一連の流れが生まれたのではないだろうか。10月3日に購入してからもう何十回とリピートしているアルバム『The Gift』を前にして、そう思わずにはいられない。(文=西廣智一)