2017年10月18日 10:13 弁護士ドットコム
国内の主要企業が10月2日(月)、一斉に内定式を開き、2018年卒の学生たちが出席した。就職活動を終え、多くの学生が引き締まった表情で式に臨んでいる一方で、大学の講義を欠席せざるをえないため、苦渋の決断を強いられた内定者もいる。
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ツイッターでは、大学関係者などから、企業が学生に対し、内定式への出席を求めた結果、学業がないがしろにされてしまっていると憤りの声があがっている。
内定者は、内定式に参加する義務があるのだろうか。神内伸浩弁護士に聞いた。
採用企業が求めた場合、内定者は、内定式に出席する義務があるのか。
「内定者が出席義務を負うかどうかは、そもそも『内定』を法的にどう捉えるかという問題に帰着します。『内定』の法的解釈には様々な学説があるのですが、現在は『始期付解約権留保付労働契約』と捉える考え方が定着しています(大日本印刷事件 最高裁二小 昭54.7.20判決、電電公社近畿電通局事件 最高裁二小 昭55.5.30判決など)。
つまり、企業による募集が、労働契約申し込みの誘引であり、これに対する応募(受験申込書・必要書類の提出)または採用試験の受験が労働者による契約の申込みである、と考えます。
そして、内定通知の発信が使用者(企業)による契約の承諾であり、これによって労働契約が成立すると考えるわけです。
ただし、この契約は、入社日を迎えるまでは互いに労働力提供義務、賃金支払義務を生じない、という意味で、『始期付』であり、学生が予定通り卒業できないというような一定の場合には解約可能という意味において『解約権留保付』と解釈されているのです。
そうすると、内定式の段階ではまだ『始期』を迎えていないため、内定者は労働力提供義務を負っておらず、労働契約に基づいた出席義務はないということになります。
実際、裁判例(宣伝会議事件 東京地裁 平17.1.28判決)でも、『新卒採用に係る内定者の内定段階における生活の本拠は、学生生活にある』とされ、使用者は、『一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っている』と判示しています。
もし、内定式を欠席したことにより内定(内々定)が取り消された場合、取消し無効の裁判や、損害賠償を求めることは可能なのか。
「一般に、学業を優先させるためにやむを得ず内定式を欠席した場合で、しかも欠席したことのみで内定を取消されるのであれば、客観的合理性や社会的相当性が認められず、その取消しは無効といえるでしょう。
ただし、企業が内定取消しを行ったことに無理からぬ事情があると認められれば、取消しが有効だと判断される場合もあり得ます」
それはどのような場合なのか。
「例えば、内定者が自らの怠慢で単位を落とす寸前まで講義をサボる等して、もはや1日たりとも欠席できないといった状況に追い込まれ、その結果、内定式に出席すると単位を落としてしまい、卒業もできなくなってしまうので、内定式に出席することができない、といった特殊事情がある場合には、企業としてもそのような理由で内定式を欠席するという自堕落な学生を『ぜひ迎え入れたい』とは思わないでしょう。
一概には言えませんが、このようなケースであれば、他の事情も合わせ考慮して、内定取消しの客観的合理性、社会的相当性が認められる可能性もあり得ます。
また、そもそも内々定しか受けておらず、内定式に参加してはじめて内定となる場合には、『始期付解約権留保付労働契約』自体が成立していないので、自らの都合で内定式を欠席してしまうと、後から内定の存在を主張することは難しくなります」
講義を欠席したことで単位が取得できなかった場合、学生は大学に何らかの措置を取らせることは可能なのか。
「それは難しいでしょう。そもそも、大学における単位授与行為は、それにより大学卒業の可否に直結する等、特段の事情のないかぎり、司法審査の対象にならないとするのが裁判例です(富山大学単位不認定事件 最高裁三小 昭52.3.15判決)。
内定式に出席する場合は公欠にする等、学生に配慮をしている大学もあるようですが、それはあくまでも大学独自の配慮ですので、そのような配慮を得られず講義の欠席回数が1増えたことで、大学にクレームを言うのは筋違いです。
学生にとって大学で講義を受けるのは『権利』であって『義務』ではありません。講義に『出席する』か『出席しない』かを決めるのは、本来学生の自由なのです。もちろん、学生や大学の都合を考慮せずに平日に内定式を開催する企業側に根源的な問題がある、との批判は理解できます。しかし、良し悪しは別にして、これまで慣例的に行われてきた行事について企業側の認識が大きく変動しない限り、現状は、『学事日程』と『就職先のセレモニー』、どちらを優先させるのか内定者自身が決断しなければならないのです。もっとも、内定式を欠席する学生が今後増えてきて、内定式に対する社会一般の考え方や捉え方に変化が生じてくれば、自ずと企業側の認識も変わってくるかもしれません」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
神内 伸浩(かみうち・のぶひろ)弁護士
事業会社の人事部勤務を8年間弱経て、2007年弁護士登録。社会保険労務士の実績も併せ持つ。2014年7月神内法律事務所開設。第一東京弁護士会労働法制員会委員。著書として、『課長は労働法をこう使え!―――問題部下を管理し、理不尽な上司から身を守る 60の事例と対応法』(ダイヤモンド社)、『管理職トラブル対策の実務と法【労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ】』(民事法研究会 共著)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』(労務行政研究所 共著)ほか多数。
事務所名:神内法律事務所
事務所URL:http://kamiuchi-law.com/