結婚や子どもの有無といった選択は、本来とても私的なものだ。どちらを選んでも尊重されて然るべきだし、人様から何か言われる所以もない。しかし、結婚しない人を「負け組」と揶揄し、既婚後も子どもを持たない人を珍しがる風潮はまだ強い。
ライターの吉田潮さん(45)、ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリンさん(41)、ネットニュース編集者の中川淳一郎さん(44)らは全員既婚で、子どもを持たないと決めて生きている。吉田さんの著書『産まないことは「逃げ」ですか?』の刊行を記念し、9月下旬、下北沢の「本屋 B&B」で三人によるトークイベントが開かれた。子供を持たないそれぞれの理由や社会での違和感などを、ざっくばらんに語り合った。
ドイツには「出産はグロテスクだから自分では産めない」と言い切る女性も多い
吉田さんは39歳で始めた不妊治療を通し「本当は欲しくなかった」との自身の思いに気づき、40歳で治療を止めている。サンドラさんは「子供を何人ももってバリバリ稼いで、家の中もぴかぴか、そんなバイタリティは私にはない」と分析し、30代で「子ども無しで頑張ってみる」との結論に至った。
中川さんは、子どもがいることで発生する煩わしい人間関係が嫌という理由で子供を持たない。PTAや地域など、自分で選べない人間関係は余計なものとしか思えないのだそうだ。子供を持たない理由は三者三様だ。
日本では、子どものいない既婚者は、特別な事情を抱えているのではと見られがちだが、国が変われば受け止められ方も大きく異なる。サンドラさん次のように語る。
「ドイツには『出産はグロテスクだから自分では産めない』と言い切る人も多く、それを聞く男性も驚きません。妊娠している10か月の間、山登りやスキーができないのが嫌、と公言する女性もいます。日本でこんなこと言ったら叩かれそうですが」
子供を持つことや産むことへのスタンスは、日本とだいぶ違うようだ。
女性が子供を持ったことの後悔が語られにくい日本
また、イスラエルの社会学者が書いた「Regretting Motherhood(母になって後悔する)」という本にも言及した。これは、既婚で子供を持つ女性に「今、子供を持つ前の自分に戻れたら、子どもを持ちたいか?」と質問し、「No」と答えた23人の声を集めた研究論文を書籍化したものだ。ヨーロッパやイスラエルで大きな反響があり、ドイツでは、刺激を受けたライターや作家が、子どもを持ったことによる後悔や自身の思いを本にする流れが生まれたという。
サンドラさんはその中の一冊『母親であることがハッピーだという嘘 私は母親ではなく父親になりたかった』を読んで、「悲しい意味で納得する部分があった」と語る。
「出産・子育てってなんだかんだ、仕事をセーブしたりホルモンバランスが崩れてしんどくなったり、女性の負担が大きいんですよね。こういう思いをせずに済むなら、子どもを持ってもいいかなって気持ちはあります」
子どもを持ったことで発生する後悔もあるはずなのに、日本では「(不妊治療もそうだけど)だめだった、失敗した、こう思うっていう本はない」(吉田さん)。前述の論文や本も、一冊も翻訳されていないことを踏まえ、三人は「そういう本があれば、世の中ももっと楽になる気がするんだけどね」との見解で一致していた。
「産めなかった人の怨嗟が、自らの意志で産まないと決めた人のところに向かうのはどうか」
イベントの最後には、「『産めない・産めなかった人』の怨嗟が、『自らの意志で産まないと決めた人』に向かうのはいかがなものか」」という命題について考えた。吉田さん自身、「産めなかった人」であり「産まないと決めた人」でもあるが、産まないと決めた後の思いをこう語る。
「産めなかった人の思いも、産んだ人の恨みも、色々なものが向かってくる感じはある。欲しかったけどできなかったっていうのは非常につらいだろうなって思うけど、『私は子供いらないです』って人に怒りがぶつかるっていうのは、またちょっと違う話じゃないかなって思う」
本人は、産めなかったことに忸怩たる思いも多少はあるという。しかし、「治療を通して見つけた『考えたら子ども欲しくなかったよね』ってところを人生の着地点として、歩みを進めていますから」と前向きだ。
産めなかった人の心のやり場はどうしたらいいと思うか聞くと、「自分で着地点を見つけていくのが救いになるんだと思う。誰かの言葉とかじゃないかもしれません」との回答だった。
イベント中、中川さんが二人に「わしら三人後悔してないよね、今の状況。お客さんの中にも子ども欲しい、いらん、って人いると思うけど、それはそれでいいと思うんだよね」と話しかける一幕があった。子供を持つことで得られる恩恵も、持たないことで得られる恩恵もある。イベントは最後、「いる人もいない人も幸せになれたら」との思いを共有し、締めくくられた。