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「松本潤のイメージをぼかしていくことから取り掛かった」 行定勲監督が明かす『ナラタージュ』の役作り

2017年10月11日 14:12  リアルサウンド

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 2006年版「この恋愛小説がすごい」第1位に輝いた島本理生の同名小説を、『世界の中心で、愛をさけぶ』『ピンクとグレー』の行定勲監督が映画化した『ナラタージュ』。高校教師と生徒として出会った2人が、時が経ち再会した後、決して許されはしないが一生に一度しか巡り会えない究極の恋に落ちる模様を描く。リアルサウンド映画部では、行定勲監督にインタビューを行い、製作までにかかった10年間、そして恋愛映画の醍醐味について話を聞いた。


(参考:坂口健太郎、『ナラタージュ』で真に迫った演技 モデル卒業して実力派俳優へ


■「なかなかプロデューサーが首を縦に振らなかった」


ーー『ナラタージュ』原作の発表から映画化に至るまで、10年以上が経過しています。この間にはどんな流れがあったのでしょう。


行定勲監督(以下、行定):一番はじめは、原作が発表された2005年頃に映画会社からやりませんかというお話をいただいて、その際にシナリオ化をしていたのですが、俳優のキャスティングが難航して諦めました。その時、作った脚本に手応えを感じていたので、ずっと撮りたいと思っていて、その後も何度か作ろうと試みましたが、その度にキャスティングが決まらなくて。そうこうしている間に今度は、映画を作る環境、流行りが変わっていきました。少女漫画の原作を映画化した若年層向けの作品がどんどん増えてヒットしていくと、『ナラタージュ』のような作品は、その傾向には全くそぐわないとプロデューサーに判断されてしまって。大人が観る恋愛映画だってもちろんあるはずだし、若者向けの映画が増えてるならば敢えて、大人向けのラブストーリーがあっても面白いはずだとずっと主張していましたが、なかなかプロデューサーが首を縦に振らなかった。そんなことしていたらもう10年以上も経っていました。


ーーでは、映画化が動き出したきっかけは。


行定:その後も映画化への道を探り続けていたところ、別の作品で出会ったプロデューサーの小川さんと意気投合して、キャスティングの候補に「松本潤はどうか」という案が上がりました。僕は有村架純ちゃんに興味を持っていたので、その2人でオファーしてみようということになって、どちらもOKの返事がもらえて、そこでやっと動きましたね。小川プロデューサーとの出会いはもちろんですが、一番大きいのは何よりも彼が提案した“松本潤”というキャスティング。“松本潤”、“有村架純”という2人が、このプロジェクトに乗ってくれたというのが非常に大きかったです。


ーー実際に映画の制作が決まって、どういう心境でしたか。


行定:女優においても俳優においても、とてもリスクが高い映画に見えると思うんです。禁断の関係ではありますが、ただそれはグレーな部分が多くて、非常にリアルなラインでの禁断を描いている。その生々しさを俳優たちが、自分の持っている感情だけではなくて、作り出して表現していかなきゃいけないものなので、役者として求められるものの比重がすごく大きい。なおかつ、若者向けの恋愛映画が多い中、それとは違うものを敢えてやるということに、今日本で一番支持されている嵐のメンバーの松本くんが加わってやるということは、映画としてちゃんと成り立たせなきゃいけないなという覚悟がありました。そして、それを決して世の流行に迎合するような形にはしないという決意がありました。


ーー『ナラタージュ』の原作を映画化するにあたり、どんな点にこだわりましたか。


行定:『ナラタージュ』は説明を少なく作っています。登場人物それぞれの瞬間的な感情を説明しなくても、見ればわかる。その時の工藤泉(有村架純)がどういう気持ちでいるのか、その実感の仕方は観客に委ねられるものだと思うから。僕が若い頃に、劇中で泉が鑑賞している成瀬巳喜男の『浮雲』を観た時は、ずっと低いトーンのまま男女がくっついたり離れたりするような、煮え切らない2人の話を見せられてる映画だなという印象でした。けど、大人になって観たときに、すべてを説明していないだけで、見事な感情の表現がされていることに気づいて。その感情をちゃんと救い取ることができれば、面白く見えるから、極力説明はしないのだなと。かつての日本映画は、このような恋愛劇を得意としてたはずなんですが、それに比べて今の映画は説明が多いものがたくさんある。恋愛映画って観客が、恋愛をどんな風にとらえていて、今までどんな経験をしていて、それぞれ自身の恋愛偏差値によって随分と見え方が違う。そこが実は面白いんですよね。


■「“この人で良かった”と本当に確定ができるのは、もっと時間が経った後の話」


ーー本作での松本さんの姿はとても印象的でした。


行定:もともと、松本くんにキャスティングをお願いした時は戸惑い気味でした。葉山は、今まで彼が演じてきた役の片鱗がどこにもないキャラで、なおかつ平凡な男でもある。「先生のことは謎でわからない」と言われている男ですから、その“わからなさ”をどうやって作ればいいのか、僕自身もわからなかった。そこは正直に、「僕もどう作っていけばいいかわからないよ」と松本くんに伝えました。葉山を一緒に作り上げるクリエイションが必要で、松本くんにはそのクリエイティブにチャレンジする気持ちが強くある人だと思うから、一緒にやれたらいいなと話したんです。


 まず最初に、葉山自身の輪郭がわからない人間だから、眼鏡をかけて、目力を40%まで意識的に落としていくとか、松本潤というイメージをぼかしていくことから取り掛かりました。服のトーン、髪型、全てを作っていきながら、どんな立ち振る舞いでいるかを最初のうちは細かく相談していて。徐々に撮影が進んでいくと、松本くんが自分の態度で、対峙している有村さんの感情が揺れ動くのを引き出していくようになって、それで徐々に演技を確定していきました。撮影の後半では、何も言わなくても、ふたりの空気感ができている感じはすごくよかったです。


ーー予告でも話題になっているラブシーンは、どのようなイメージで撮られましたか。


行定:葉山先生はものすごく大切なものを扱うような触れ方をするということを極端に松本くんに意識して演じてもらいました。2人の肌と肌が重なってる間に感情がものすごく結びついてるような、もしかすると相手の感情を締め付けすぎて、息苦しくさせているくらいの気持ちとか、そういう感情ベースで作りたいと考えていました。泉はセックスを何度も経験している人間ではないので、感情に余裕が見えないようにする必要がありました。でも、緊張や恥ずかしさといった心の動きは、ラブシーンに慣れていない有村さん自身にそのまま重なってる気がしたので、そのまま活かすことを念頭に撮りました。


ーー葉山先生と小野怜二(坂口健太郎)、それぞれのセックスの印象もまた違いました。


行定:小野とのラブシーンは痛々しい感じを演出していて、泉の中でこれで良かったのかどうか分からないという気持ちで抱かれてる様子ですよね。“この人で良かった”と本当に確定ができるのは、もっと時間が経った後の話で、同じような感情を持ったことがある女性は多いのかなと思って。映画って自分の記憶を思い出させる役割があると思うので、“私はどうだっただろう”とふと思い出してもらえるような表情を目指しました。


■「“壁ドン”の映画とかは、“上手くいく恋”を描いてる」


ーー『ナラタージュ』の恋愛映画としてのポイントを教えてください。


行定:恋愛映画のひとつの醍醐味は、“障害があること”です。最近の“壁ドン”の映画とかは、“上手くいく恋”を描いてる。ボーイ・ミーツ・ガールの話の中にも、もちろん障害はありますが、それを乗り越えてやっと結ばれてハッピーになる結末がほとんどです。しかし、そこから始まるのが本当の恋愛なんだと思います。


 恋愛映画で描くべきものは、ふたりが出会って、想い合った後が面白い。『ナラタージュ』も出会っているところから始まっていて、出会っているのに、なぜ、この話はうまくいかないのか、という展開にしています。


 この映画の中には、誰もがどこかで見たことがある顔があるはずです。上手くいかない恋愛に対してヤキモキしたりとか、好きになってはいけない人とわかってはいても、この人といたい思う気持ちとか、そういう感情があるものが恋愛だから。映画の中では、ほとんどが障害によってそのような恋愛が上手くいかないように描かれています。だからこそ狂おしい気持ちになる。そこには恋愛をやる覚悟が必要で、別に不倫に憧れてるわけではなくて、葉山と泉は、出会ってしまったので仕方ないんです。その男と女のどうしようもなさが描かれるのが、恋愛映画の醍醐味かなと思います。


(大和田茉椰)