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人間の役割をアンドロイドが代行? Huluプレミア『ヒューマンズ』は未来を予言する

2017年10月10日 13:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 いままで人間が果たしてきたあらゆる役割を、人間そっくりの万能アンドロイドが代行しているとしたら、どうだっただろうか…? Huluプレミアの『ヒューマンズ』は、そんなひとつの、あり得た「現在」を描くドラマだ。


参考:『The Handmaid’s Tale』や『ヒューマンズ』など人気作続々 Huluプレミア新作ランナップ発表


 『ヒューマンズ』は、2012年にスウェーデンで放映されていたTVドラマ『Real Humans(原題)』が、『MI-5 英国機密諜報部』、映画版『SPOOKS スプークス/MI-5』の脚本家、サム・ヴィンセントらによって、イギリスでリメイクされた作品である。その内容は、いまのイギリス社会、そして世界を取り巻く未来を予言するようなものになっていた。ここでは、本作『ヒューマンズ』の内容を紹介しながら、その背景になっているものを読み解いていきたい。


■人間の完璧な召使い、その名は「シンス」


 本作の中心となるのが、“Synth(シンス)”と呼ばれるアンドロイド(人間型ロボット)の存在である。シンスは人間にそっくりで、人間にできる様々な仕事を正確にこなすことができ、いまや職場や一定以上の収入のある家庭に広く普及している。


 シンスは感情がなく、たいていの命令を嫌がらずに実行してくれる。農作業、家事、育児、介護…。運転も代行してくれるし、スーパーマーケットにまでついて来て荷物を運んでくれる。そして夜のパートナーにまでなってくれる場合もあるのだ。


 人間とシンスが関わるとき、様々なドラマが生まれる。ある女性は、怒鳴ってばかりいる夫よりも、自分に忠実で細やかな気遣いをしてくれるシンスにときめいてしまう。確かに、自分の好みの容貌で要望をなんでも叶えてくれる存在がいれば、「もう人間のパートナーなんていらないのでは…?」と思えてくる。


 ベテラン俳優ウィリアム・ハートが演じるのが、過去にシンス開発に携わり、いまは隠居生活を送っている老齢のミリカン博士だ。彼の屋敷には、ときおり誤作動を繰り返す青年タイプの古いシンスが働いている。たいして役に立たず足を引っ張ってばかりのシンスだが、年をとって記憶が曖昧になっていく博士に、まだ家族がいた頃の思い出を話してくれるのだ。博士はその話を聞くたびに幸せな気持ちにひたることができる。


 このように、ときには人間以上に愛され、必要とされているシンスもいる。この世界では、シンスは人間にとってなくてはならない存在となっているのである。


■我が家に「シンス」がやって来た


 さて、このドラマの中心となるのは、イギリスの都市に住んでいる中流階級で、両親と子ども3人という構成のホーキンス一家である。この家は忙しい日々のなか家事がおろそかになっており、掃除や洗濯、料理などをこなせるシンスを購入することになる。シンスは高価ではあるが新車よりは安い。ホーキンス家にやって来た、女性型で魅力的な見た目のシンスは「アニータ」と名付けられる。彼女は美味しい料理を作り、部屋や汚れ物をキレイにし、小さい子どもには絵本を読んで寝かしつけてくれる。


 しかし、そんな完璧なアニータにフクザツな感情を抱く母親のローラ。彼女は本能的に、アニータの挙動に何かおかしなものを感じ始める。またコンピューター・プログラムに詳しい学生、長女マティーは技術者としての視点で違和感を抱く。アニータは、感情や意志を持っていないシンスだとは思えない。言動やちょっとした反応から、何かを隠しているような気がするのだ…。


■意志を持った「彼ら」は何者なのか?


 第1話では、その秘密が一部明かされることになる。数ヶ月前、アニータを含めた数人のシンスたちが、会社の管理から逃れ、逃亡生活を送っていた。このシンスたちは他のシンスとは異なり、自分の意志を持っているように見える。だが、あえなく彼らは会社の手の者に捕獲されてしまう。シンスたちは再び管理下におかれ、別々の場所へ送られてしまう。この段階では「ミア」と呼ばれていたアニータもまた、新たにプログラムを更新され、「新品のシンス」として売り出されていたところを、ホーキンス一家に買われたというわけだ。


 しかし、彼らは一体何者なのか。なぜ人間のように意志を持っているのか。そして、彼らは再会することができるのだろうか。この後の展開がどうなるのか、どんな秘密が裏に隠されているのかは、ぜひドラマで確認してもらいたい。


■人間の仕事が奪われた世界


 じつは『ヒューマンズ』で描かれているような状況は、これからイギリスで実際に起きるのではないかと言われている。オックスフォード大学が民間企業と共同で研究した報告書によると、20年以内にイギリスの3人に1人の労働者が、ロボットの社会進出によって仕事を失うおそれがあるのだという。


 もともと農業や工業にロボットが配備されることによって、“ロボットが人間の仕事を奪う”という事態は、確かに以前から進行していた。だが「AI(人工知能)」の技術革新により、これまで人間しかできないと思われてきた、その場その場での状況判断や、思考が要求されるような複雑な仕事が、機械にもこなせるようになっていくという。


 最近では、絵画や小説などを生み出すAIまでが開発され始めている。人間の最後の砦だと思われている芸術分野すら、人工知能の方がうまくやれるような時代が来るかもしれない。映画・ドラマの批評までAIが搭載されたロボットがやり始めたらと考えると、筆者もおそろしくなってくる。この流れは、インターネットが普及している現代社会において、かつての産業革命よりもはるかに早いスピードで世界に飛び火していく可能性が高い。


 そうなってくると人間とロボットの境界は、かなり曖昧なものになってくるはずである。人間と同等、それ以上の能力を持ったシンスのようなものが開発されたとき、人間の役割はどのように変化していくのか。そして、人類の文明はどうなっていくのだろうか。


■かけがえのない存在となっていく他者


 もう一つ、本作のシンスに対する市民の反応を象徴しているのは、イギリスの排他的な意識である。本作が放映されたのは、国民投票によってイギリスがEU(欧州連合)を離脱することが決定される前年であるが、その頃から社会に蔓延していた不安と、移民へと向けられる差別や偏見というものが、本作のなかでもシンスへの市民の憎悪として表現される。そして安全な場所を求めて逃亡する、感情を持ったシンスたちは、迫害や奴隷的な労働など人間扱いをされないような劣悪な環境から、よりよい生活を求めてやって来る移民の境遇に重ねられているように見える。


 イギリス人も移民も、当然人間であるように、意識を持ち人間性を獲得したシンスたちもまた、それぞれに異なる個性を持ち合わせている個人である。確かにシンスは人間の仕事を奪うかもしれない。今までにないトラブルが引き起こされることもあるかもしれない。では、彼らシンスを社会から追い出せば、それでいいのだろうか。


 本作で、ミリカン博士が壊れたシンスをなんとか廃棄処分から助けようと必死になるように、ホーキンス一家にとっても、アニータはなくてはならない、守らなくてはならない家族の一員となっていく。このことが示すように、そこで関係を築いてしまえば、もう彼らは社会の一部であり、守るべき仲間なのだ。本作『ヒューマンズ』がここで描いているのは、他者の心を想像する優しさを持つこと、そして他者をむやみに排除しない理性を持つことの重要性であろう。(小野寺系)