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BOMIの『スイス・アーミー・マン』評:自由な発想で作られた、ファンタスティックな映画

2017年10月07日 10:03  リアルサウンド

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 BOMIが新作映画を語る連載「えいがのじかん」。第10回となる今回は、『ハリー・ポーター』シリーズのダニエル・ラドクリフが死体役で主演を務めた『スイス・アーミー・マン』をピックアップ。(編集部)


参考:“死体のオナラでジェットスキー”はどう生まれた? 『スイス・アーミー・マン』監督インタビュー


 『スイス・アーミー・マン』はすごくファンタスティックな映画だったのですが、とても人に説明しづらい作品で……(笑)。監督は「最初のオナラで笑わせて、最後のオナラで泣かせるような映画を作りたい」と言って役者を口説いたようなのですが、それがもっともわかりやすい説明だと思います。何か3つピックアップするなら、「オナラ」、「孤独」、「友情」でしょうか。そもそも、死体が主役なんて、ゾンビものの映画でもない限りとっても奇特な物語だと思いませんか?(笑)


 まず冒頭のシーン。海水に潜ったり浮いたりする画面、漂う海に書き散らかされた「Help!」の文字、浮いたメッセージボトル……すごく奇妙な世界観なのですが、この冒頭の3分で、主人公がどんな状況に置かれているのか、物語のアウトラインが簡潔に、とてもわかりやすく説明されています。理由は説明されていませんが、どういうわけか無人島に辿り着いてしまった青年ハンク。助けてくれる人も現れず、誰も気づいてくれない。もう自殺してしまおうか……と首を吊る寸前、ちょうど波打ち際に人を発見します。


 あまりにひとりでいる時間が長すぎたためか、流れてきた人が生きているのか死んでいるのか、そもそも本当に人なのか、もしくは幻覚なのか……それもわからずに慌てふためくハンクでしたが、急にその死体(メニー)がオナラをし始めたことで、生きているのだ!と確信し、走り寄る。そもそも、口から水を吹き返すとかではなく、オナラということが、一瞬「えっ、嘘でしょ?」となるのですが、死体から音が出ることもあるとよく言われるので、そういうものなのかなと思って観進めていたのです。ここからです大変なのは……。そこから今までに観たことのないような、ものすごい物語が展開されていくのです。


 オナラをエンジンに、死体に乗って、ハンクはとにかくこの島から出ようとします。予告編にも使われている“死体のオナラでジェットスキー”のこのシーンのインパクトがとにかく必見。馬鹿らしいなと思いながらも、今振り返ってみたら、オナラで世界を飛べないかみたいなことって、子どもの頃に考えたことがありました。『行け!稲中卓球部』なんかにもそういうシーンがあったような……そんな子どもの頃の発想を失わずに、そのまま大人になった人が作った映画って、それだけでわくわくする。


 監督は、ミュージックビデオのディレクター出身のダニエルズという2人組なんですね。そういう意味でも、自由な発想で作られているのがすごく理解できる作品になっています。とにかく新しい。最近はAIやロボットなどをテーマに、“人間とは?”という問いかけを描いた作品も増えてきている印象ですが、死体との触れ合いを通して人間というものを浮き彫りにしていく手法はアイデアとして面白いし、ものすごく斬新でした。


 あとは、やはりミュージックビデオ出身ということで、ミシェル・ゴンドリーやスパイク・ジョーンズの作品にも通じるところがありました。特に中盤に登場する何もない森の中に手作りで思い出の中にあったバスを捜索していくシーンなんかは、近いものを感じましたね。だけど、そこにも彼らなりのオリジナリティが溢れていて、美しくも奇妙なシーンになっていました。


 そしてミュージックビデオ出身の監督ということもあってか、音楽のセンスも素晴らしい。音楽はマンチェスター・オーケストラというバンドのメンバーが手がけていますが、身体から発せられる音(声やら何やら)と、自然環境に存在する音だけを使って作曲されているそう。その音楽も作品全体の奇妙な雰囲気を彩っていて、うまく作用していました。


 作品を観る前は「ふざけて作ったB級映画かな…下手したらC級?」なんて思っていたのですが(タイトルも地味だし)、とにかく話がありもしない方向にどんどん進んでいくので、この映画のラストなんて全く予想がつかないものになっています。


 しかも死体役を演じているのが、あの『ハリー・ポッター』シリーズの主人公ダニエル・ラドクリフですよ。正直言って、よくこの役を引き受けたなと思いました。でも、よくよく考えてみると、『ハリー・ポッター』シリーズが終わってから、彼はちょっと変わった役ばかりやっているんですよね。演技の幅が広くて役者としても本当にすごいなと思いますが、やっぱりそういう変わった役に挑戦したいという気持ちが強いんでしょうか。それとも迷走中なんでしょうか。スイス・アーミー・ナイフのごとく、彼の演じる死体が、死後硬直を生かしてカッターになったり銃になったりシャワーになったりするところで、この映画のタイトルの意味がやっとわかりました。彼はそういうことを楽しみながらノリノリで撮影に臨んでいたんでしょうね。もう、思い切りがいいこといいこと。


 コメディでありながら、青春映画でもあるし、恋愛映画の要素もあるし、ファンタジーでもあるし、人間ドラマでもある。常識では考えられないことがバンバン展開されていきますが、そこに「なぜ?」と疑問を投げかけるのではなく、素直に受け入れていくことで、面白さや楽しさ、美しさの理解につながっていく作品だと思いました。B級かもって二の足踏んでるあなた、新しいものが観たいあなた、に是非お勧めの映画です。いろんなことがバカらしくなって、肩の力が抜けるかもしれません。オナラなのに……(笑)爽快でした。(BOMI)