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吉澤嘉代子は、日本のポップス史の先端を行くーー『残ってる』での豊かな表現力

2017年10月03日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 シンガーソングライターの吉澤嘉代子が2ndシングル『残ってる』を発表した。表題曲の「残ってる」は、夏から秋へと移ろう季節に取り残された主人公のせつない心情を温かみのある管楽器の音色とともに描いた、この季節にぴったりの珠玉のバラード。彼女が日本の歌謡曲/ポップスの歴史に連なり、その先端に位置することを改めて印象づける作品だ。


 これは以前2ndアルバム『東京絶景』についてのコラムでも触れたことだが、吉澤は「妄想系シンガーソングライター」というキャッチコピーがゆえに、しばしば「個性派」として語られがちである。もちろん、その部分は彼女の大きな魅力のひとつであり、バカリズム原作・脚本・主演のドラマ『架空OL日記』の主題歌に起用され、今年5月にリリースされた1stシングル『月曜日戦争』の妄想全開の作風は、ドラマの内容ともリンクし、彼女の存在をより多くの人に知らしめたことは間違いない。


 しかし、その歌詞世界は松本隆からの影響も色濃く、これまでの作品には細野晴臣のバックバンドや、曽我部恵一らが参加するなど、彼女ははっぴいえんどからの流れを汲んだ、この国における王道のシンガーソングライターだという言い方もできる。松本隆が17年ぶりにアルバム全収録曲の作詞を担当したことが話題を呼び、9月に発表されたクミコ with 風街レビューの『デラシネ deracine』では、つんく♂、亀田誠治、秦基博といった錚々たる名前に混ざって「消しゴム」の作曲を手掛け、「ひとつの大きすぎる夢が叶いました」とコメントしていたことも記憶に新しい。


 「残ってる」でプロデュースとアレンジを担当したのは、吉澤とは初顔合わせのゴンドウトモヒコ。YMOファミリーの一員であり、近年は高橋幸宏の右腕として、pupaからMETAFIVEに至るプロジェクトに参加している他、プロデューサーとして、プレイヤーとして、数多くのアーティストの作品に参加し、日本のポップスに大きく貢献し続けている人物である。アレンジのポイントはアコギとピアノ、そして前述の通り管楽器だが、サックスやトランペットではなく、ゴンドウが得意とするのはユーフォニウムとフリューゲルホルンによる2管のアレンジで、その太くまろやかな音色が楽曲のイメージを決定づけている。


 季節感を大事にした歌詞はまさに松本隆的であり、特に〈かき氷いろのネイルがはげていた〉という表現が何ともらしい。また、〈いかないで〉のリフレインにクレッシェンドする感情を乗せた歌唱も特筆すべき。そのフォーキーな曲調からは「東京絶景」とのリンクも感じられ、春に東京に出てきた主人公を描いたのが「東京絶景」だとすれば、夏から秋への移ろいを描いた「残ってる」は、その続編のようにも聴こえるのだが、どうだろうか?


 2曲目には弾き語りのスタイルによる「残ってる -ピアノと歌-」を収録。ピアノを担当するのはコラボアルバム『吉澤嘉代子とうつくしい人たち』収録の「アボカド」にも参加していた伊澤一葉で、クラシカルな美しい旋律を奏でている。吉澤の歌唱は吐息すら感じられる生々しい臨場感のあるもので、彼女の歌の表情がよりダイレクトに伝わる仕上がり。もともと曲の主人公のキャラクターが憑依したかのように、多彩な声色を使い分けるタイプだが、その豊かな表現力にますます磨きがかかっていることも、ふたつのアレンジを聴き比べることでより明確に伝わってくる。


 “妄想系”の面目躍如たる『月曜日戦争』と、シンガーソングライターとしての“王道”を提示した『残ってる』。2枚のシングルに自身の両極端な側面を刻んだ上で、次のアルバムへとどのように繋げていくのか。そのヒントはこの秋に行われる『お茶会ツアー2017』で垣間見えるのかもしれない。(文=金子厚武)