期待して読みだした本がつまらなかったとき、途中でやめるのはちょっとくやしい。テレビがつまらなかったら簡単に電源を消せる。ネット動画も同じだ。でも本は、なんだかほんの少しだけ、負けた気がする。何にって、自分に。
読書の秋。2ちゃんねるでは読書家とみられる人物が「読み始めた本がつまんなかったらどうする?」というスレッドを立てていた。つまらないことは止めればいい。でも、こんな問いかけをするからには、やはりどこかに葛藤があるのだろう。(文:okei)
「若い頃は最後まで読んでた、最近は途中で止めるようになった」
スレッドの答えは「売る」「違う本を読む」など、やめる派が多かった。
「つまんなくてもそれなりに自分にとって役に立ちそうなら高速で読み通す。論旨が破綻してるみたいに読むだけ時間の無駄なら読むのをやめて売り払うか捨てる」
という人も。役に立つというのは「自分の教養とか肥やしになるという意味」だという。読書は楽しむためだけでなく、知識や教養を身につける目的もある。
それだけに、もちろん途中でやめたくない人もいる。
「途中でやめる奴ばっかだな、それじゃ新しい世界の扉は開けないぞ」「よほど酷くない限りは最後まで我慢するな」
という声もある。複数冊同時に読むなど、何としても読み通す手法を書き出す人もいた。
途中でやめたくない理由を考えると、読書が好きな人でも細かい文字の文章を読むのはそれなりに根気がいるし頭も使う。その本を手にするまでには、ある程度お金や労力を割く。途中でやめるとそれらがすべてムダになってしまう気がして惜しい。
もちろん読むだけ時間のムダという本もあるが、名作や評判のいい本がつまらないとき、自分の理解力や感受性の乏しさのせいなのかなとも考える。その逆で稚拙すぎて読み応えがないなどの理由もあり、本というのは自分のレベルが測れてしまう面がある。だから、読みだしたらなるべく最後まで読みたいものだ。
「自分の水準に合わないものは、無理して読むな。読むだけ時間のムダである」
しかし、筆者が一番共感したのはこんなコメントだった。
「若い頃は最後まで読んでたな 最近は途中で止めるようになった」
この人は年齢を書いていないが、40代筆者は確かにこの通り。図書館で借りることが多いため、読了せずに返却する本がかなりある。
唐突だが、ジャーナリストの立花隆氏の著書に、こんな読書指南がある。
「自分の水準に合わないものは、無理して読むな。水準が低すぎるものも、水準が高すぎるものも、読むだけ時間のムダである。時は金なりと考えて、高価な本であっても読みさしでやめるべし」(『ぼくはこんな本を読んできた』文春文庫)
あくまで仕事と一般教養のための読書についてであり、「趣味のための読書」ではないとしているが、妙に当てはまる気がしてしまう。
個人的には、20代や30代ならまだ根気や体力があるので、つまらない本も頑張って読んでみるといいとは思う。40代は体力視力記憶力が減退する上に、仕事でも家庭生活でも自分のことだけに集中できる時間が少なくなる。そんな中つまらない本を我慢して読むのは、どうにももったいない。世の中には面白そうな本がたくさんあって、生きているうちに何冊読めるか分からないのに……などと考えてしまう。
なので、筆者はかなり自分都合で"つまらない本は、40代から気兼ねなくやめていい"説を唱えたい。コメントには、「もう途中まで読んでつまらないと最後もつまらないと幾らなんでも経験でわかったからな」という声もあった。