トップへ

松任谷由実はさらに先へと進む 自己最長ツアーで見せた濃密なエンターテインメント

2017年09月29日 10:42  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 60’s風のドレス姿で「何もきかないで」(1975年アルバム『COBALT HOUR』収録)を歌い、「ルージュの伝言」のアナログシングルのジャケット写真の話をしているとき、彼女は明るいトーンで何気なくこう言った。


「意識してないんですけど、私はユーミンの奴隷なの」


 その後「……ちょっとシュールですか?」と続き、客席からは笑い声が起きたのだが、この言葉からは現在の彼女が手にしている強いモチベーションが伝わってきた。1972年のデビュー以来、40年以上に渡って誰もが認める日本のトップアーティストに君臨している松任谷由実。「卒業写真」「守ってあげたい」「春よ、来い」といった数々のヒット曲、そこから生み出されるポップアイコンとしてのイメージをすべて受け入れ、時空を超えた“ユーミン”として存在し続けなければいけないーーその覚悟が「私はユーミンの奴隷なの」という発言につながったのだと思う。


(関連:松任谷由実とJUJUの共通点は「毒」にあり? 松任谷「私の毒は粉、JUJUの毒は液体」


 9月22日、東京・東京国際フォーラム ホールAで行われた全国ツアー『三菱UFJニコス Presents 松任谷由実コンサートツアー 宇宙図書館 2016-2017』の最終公演。オリコンランキングで初登場1位を獲得した38thアルバム『宇宙図書館』(2016年11月)を携えた今回のツアーは、昨年11月に神奈川・よこすか芸術劇場からスタート。約10カ月で42都市80公演を回ったツアーは、彼女のキャリアのなかでも自己最長かつ最多本数となる。ツアースタート時に「1ステージ、1ステージ、魂をこめて、何があってもくじけない、強い希望の光をみんなに送りたい。これが最後のロングツアーになったとしても悔いのない、最高のツアーにしたいと思っています」とコメントしたユーミン。ファイナルとなるこの日のライブで彼女は、時間と空間を超越した「宇宙空間」の世界を大スケールで描き出す、極上かつ濃密なエンターテインメントを見せてくれた。


 今回のツアーは「“宇宙図書館”という異次元への旅に誘う」とのコンセプトで制作された。ユーミン自身が旅の案内人となり、最新アルバム『宇宙図書館』の収録曲と「ひこうき雲」「リフレインが叫んでる」などの代表曲を交えながら、時代、空間を超えた音楽の旅を体感できるというわけだ。ライブはアルバムのタイトルチューン「宇宙図書館」で始まった。高さ9メートル、幅18メートルの図書館のセット、ピエロに扮したパフォーマーなど、シアトリカルな雰囲気とともに会場全体が「宇宙図書館」の世界観に包み込まれる。シックな千鳥格子柄のスーツを身にまとったユーミンは「こんばんは! 最後の“宇宙図書館”にようこそ!  みなさんは宇宙図書館と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?  私は図書館こそが宇宙の入り口だと思います。そろそろ列車の時間のようですね。図書館発、宇宙行きの最終便。お忘れ物はないですか? では出発です!」とアナウンスし、観客を「宇宙図書館」の旅へと導いた。


 まず印象的だったのは、新旧の楽曲のつながりの良さだった。80’sテイストのシンセを軸にした壮大なナンバー「AVALON」(『宇宙図書館』収録)からエキゾチックな神秘性を放つ「BABYLON」(1985年アルバム『DA・DI・DA』収録)へ。ビッグバンド風のサウンドが印象的な「月までひとっ飛び」(『宇宙図書館』収録)からオールディーズのテイストを取り入れたヒット曲「ルージュの伝言」(1975年アルバム『COBALT HOUR』収録)へ。最新作と30年、40年前の楽曲を並べているのだが、まったく違和感がないのはもちろん、お互いの楽曲の良さを引き立てる有機的なケミストリーが生まれていた。


 アルバム『宇宙図書館』は1972年のデビューから培ってきた、彼女自身の音楽的なルーツが総合的に体感できるアルバムでもあった。60年代のイギリスのロック、70年代のアメリカのシンガーソングライター、80年代のAORなどのテイストを意図的に取り入れ、自己模倣に陥ることなく、現代的にアップデートされたポップソングに結びつける。『宇宙図書館』で達成した成果は、ライブで過去の名曲と合わさることで、さらに豊かな音楽世界へとつながっていたのだ。


 ユーミンのライブの大きな魅力であるエンターテインメント性も確実に進化していた。「影になって」(1979年アルバム『悲しいほどお天気』収録)では、ステージに降ろされた紗幕にダンサー4人のCG映像を投影。ユーミン自身の動きとシンクロさせることで、華やかなダンスシーンを演出した。さらに「夢の中で~We are not alone,forever」(1997年アルバム『スユアの波』収録)では、ピエロと操り人形に扮したダンサーがワイヤーアクションを使ったパフォーマンスで楽曲の世界観を引き立たせていた。また「リフレインが叫んでる」(1988年アルバム『Delight Slight Light KISS』収録)では歌詞の文字(“悲しげに叫んでる”“二度と会えなくなるなら”など)をバラバラにして立体的に映し出し、ユーミンの言葉の強さをアピール。ライゾマティクス制作の最新鋭の映像、卓越した技術を持つパフォーマーの肉体性をバランスよく共存させたステージ演出は、現在の日本のシーンにおいても完全にトップレベル。80年代から一貫してコンサートのエンターテインメント化を進めてきたユーミンだが、そのクオリティは今回のツアーによって大きく向上したと言っていい。シックなスーツからオールディーズ風のワンピース、クレオパトラ風のコスチュームまで、数曲ごとに披露される衣装も最高だった。


 そして言うまでもなく、すべての中心にあるのはユーミン自身の歌だ。ライブ前半は高音がやや掠れる場面もあったが、ライブが進むにつれて声量が増し、ピッチも安定。7曲目の「ひこうき雲」(1973年アルバム『ひこうき雲』収録)あたりからは安心して彼女の音楽世界に浸ることができた。本編ラストの「GREY」(『宇宙図書館』収録)における感情を手渡すようなボーカルも素晴らしかったが、圧巻だったのはアンコールで披露されたメドレー。「守ってあげたい」「埠頭を渡る風」「春よ、来い」「DESTINY」などをつなぐ10分以上に及ぶメドレーを彼女は、ダンサーと一緒に踊り、観客とコミュニケーションを取りながら力強く歌い切ってみせたのだ。「これが最後になってもいい」というほどの強い思いで挑んだ今回のロングツアーをやり遂げたことでユーミンは、シンガー/パフォーマーとしてのレベルの高さを改めて見せつけたのだと思う。


 2度目のアンコールで「完走しました! これからもなるべく時の流れに負けないように走って行きます」と宣言し、バンドマスターの武部聡志(Key)とふたりで「青いエアメイル」(1979年アルバム『OLIVE』収録)を歌い上げる。さらにバンドメンバーとスタッフ全員を呼び込み、「ツアーは約1年、リハーサルを入れると約2年、ともに戦い続けた仲間たちです。これだけの長い期間、モチベーションを持ち続けるのは大変だったと思います。小さな失敗、大きな失敗、いろいろありました。でもこうやって最終日をみんなで迎えると、全部がいい思い出になってます」とコメント、会場からは大きな拍手が送られた。


 出演者、スタッフがステージを去っても歓声は鳴りやまず、再びユーミン、武部が登場。万感の思いを込めて「卒業写真」(1975年アルバム『COBALT HOUR』収録)を歌い、ツアーは幕を閉じた。


 ツアーが終わってもユーミンは止まらない。11月27日から12月20日まで東京・帝国劇場で舞台『ユーミン×帝劇 vol.3「朝陽の中で微笑んで」』を上演。ここでもまた、深みを増した表現を見せてくれるだろう。「私はユーミンの奴隷」という強い意思とともに彼女は、さらに先へと進むはず。日本のポップシーンを牽引してきたユーミン。その物語はまだまだ続いていくようだ。(森朋之)