フェラーリ2台とマックス・フェルスタッペンがスタート直後にクラッシュして、ルイス・ハミルトンがシンガポールGPで優勝したため、レース後、あまり語られることがなかったが、レース直前までシンガポールGPで話題となっていたのは、メルセデスの失速の原因だった。
メルセデスがシンガポールで失速したのは2015年。予選で3列目に甘んじただけでなく、レースでもニコ・ロズベルグが4位にとどまった。
昨年はロズベルグが優勝し、ハミルトンも3位を獲得したことで、メルセデスの『シンガポールでの弱点』は一時的なものかと考えられたが、今年はシンガポールGP以外にもモナコGPとハンガリーGPという低速コースで失速。シンガポールGPでも『予想どおり』予選でフェラーリとレッドブルに歯が立たなかった。
だが、2年前に比べると、今年はメルセデスのスタッフに慌てた様子はなかった。それはシンガポールのようなコースで失速する原因を、メルセデスのエンジニアたちは理解しているからだ。
BAR時代に車体のエンジニアを務め、現在チーフレースストラテジストを担当しているジェームス・バレスは次のように説明する。
「この問題はマシンのコンセプトに関わる話なので、あまり詳しくは説明できないが、巷で言われているロングホイールベースそのものが問題ではないよ」
今年のマシンの中で最もホイールベースが長いのがメルセデスである。その長さは3960mmと言われている。これに対して、フェラーリのホイールベースは3594mmでハースと並んで4番目。レッドブルに至っては3557mmと7番手(逆に言えば4番目に短い)ホイールベースなのである。それゆえ、狭く曲がりくねったコースが苦手ではないかと思われたのだ。
ちなみにメルセデスに次いで2番目にホイールベースが長い3691mmのフォース・インディアもシンガポールGPでは、予選で12位と14位に終わった。
だが、バレスはホイールベースそのものが原因ではないというのだ。そして「われわれのマシンと、ライバルのマシンにはホイールベース以外にも異なる点がある」と言って、手のひらを下に向けて、手首を少し曲げてみせた。それは車体のレーキ角を意味する。
現在のF1マシンはダウンフォースを稼ぐために、静止状態で車体を前傾姿勢させているマシンが多い。こうすることで低速時にフロントウイングのダウンフォースを増やし、直線区間ではリヤが沈み込むため空気抵抗が減って、ストレートスピードが上がるというメリットがある。
しかし、このアイディアにはスピードが上昇してリヤが沈み込む前の段階で、前傾姿勢が空気抵抗となるというデメリットもある。それを嫌って別なアイディアでマシンを開発したのがメルセデスだった。
メルセデスのレーキ角はフェラーリやレッドブルよりも緩やかで、どちらかといえば水平に近い。つまり、どのような状態でも車高が一定になるようデザインされている。ただし、それにはフロアが大きいほうがいい。そのために、ホイールベースを伸ばしたのではないだろうか。
つまり、メルセデスのマシンは車高の変化が小さい中~高速コーナーで安定したダウンフォースが出るように設計されている。そのため、低速コーナーが多いストップ・アンド・ゴー型のサーキットではブレーキングやアクセレーションの際にマシンがピッチングするため、車高の変化に弱いメルセデスが苦しむのではないか考えられる。
その仮説が大きく外れていないことはバレスのこんな言葉からもうかがえる。
「ライバルチームはもう気がついているかもしれないが、われわれのマシンはフリー走行1回目が速く、セッションが進むごとにライバルとのギャップが縮んでいく傾向にある」
確かにシンガポールGPのフリー走行1回目はレッドブル2台の1-2体制でスタートしたものの、その直後につけていたのはフェラーリではなく、メルセデス勢だった。その後、メルセデス勢はフリー走行2回目でベッテルの後塵を拝し、予選ではライコネンにも先を越されてしまった。
つまり、路面がまだグリーンな状況ではマシン全体のダウンフォースを有するメルセデスが速いが、路面にラバーが乗ってブレーキングがハードになると、マシンに大きくレーキ角をつけたフェラーリやレッドブルのほうが、低速コーナーでフロントのダウンフォースが増し、ターンインがシャープになるからだとバレスは言いたかったのではないだろうか。
そう考えると、シンガポールGPの予選でフェラーリとレッドブルに後れを取っていたメルセデスが、ウエットコンディションと、その後ドライアップしていった路面がグリーンな状態でのドライコンディションで速かったのも納得がいく。
「今日の勝利は、スタート直後のアクシデントがわれわれに大きく幸いしたことは間違いない。でも、イギリスGPの雨の予選でわれわれが速かったことを考えれば、今年のシンガポールGPはスタート直後のクラッシュがなくとも、われわれが勝っていた可能性は十分ある」
ストラテジストのバレスらしい、分析である。