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「けものフレンズ」監督降板騒動から考える アニメ作品の権利は誰のもの?

2017年09月28日 12:03  弁護士ドットコム

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人気テレビアニメ「けものフレンズ」(1月~3月放送)のたつき監督(ヤオヨロズ株式会社)が9月25日、Twitterで「けもフレ」の新規プロジェクトの監督を外れることを公表。国内外で大きな反響を呼び、製作者である「けものフレンズプロジェクトA」は27日、公式サイトで見解を発表する事態にまで発展した。しかし、ファンの間では、たつき監督の続投を求める声が根強く、「たつき監督辞めないで!」というネット署名活動が行われ、28日には目標人数である5万人を突破した。


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プロジェクトが発表した見解では、「ヤオヨロズ株式会社には、関係各所への情報共有や連絡がないままでの作品利用」があったことが指摘された。そのため、「けもフレ」とコラボしている日清食品やJRAにファンからの問い合わせが寄せられ、28日にはそれぞれの公式サイトで「正式な許諾を得て行なっている」と発表した。


各地に広がっている騒動だが、アニメ製作の舞台裏を知らなければ、何が起きているのかよくわからない。そもそも、アニメ作品はどのように製作されているのか、その権利は誰にあるのか。コンテンツ産業に詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員、境真良さんに聞いた。 (弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)


●著作権は製作委員会に集約されるのが慣例

テレビアニメは、監督をはじめ、たくさんのスタッフや企業が関わって製作されていますが、通常、誰が作品の著作権を持つのでしょうか?


「テレビアニメ作品は映像になりますので、著作権法でいう『映画の著作物』に当たります。映画もアニメ作品も、映像のために集められた監督やスタッフが製作し、音楽や原作、脚本などは外部から調達される、というイメージを持ってください。そこで、著作権は誰にあるのかという問題ですが、映像については関わった全クリエイティブが著作者と言える(著作権法第16条)かもしれませんが、プロジェクトに参加したことにより、作品が発生した瞬間に権利は『製作者』に集約されると法定されています(著作権法第29条第1項)。そして、『製作者』とは誰なのかと言えば、一つの基準としては、製作資金を出資した人や組織と見なされています」


よくアニメ作品にみられる『○○製作委員会』という形式ですね?


「そうです。元々は、テレビアニメや映画がその起源と言われています。昔は製作会社が小規模で、資金が足りない場合が多かった。そのために、作品が完成した後に利用する予定の複数企業から事前に出資してもらい、まとめて一つの予算にして作品を製作するという慣行ができました。裁判でも、投資組合として認められているものです。


企業が共同で製作者となり、著作権を共有するわけですが、これには想定していなかった利用を提案された時の意思決定が遅くなるなどの批判もあり、今では幹事会社を立てるのが通例になりました。幹事会社が版権や全体の予算、収入の管理をします。負担も大きいですが、その代わり作品利用の主導権を持つことができます」


「けもフレ」の場合は、13社が名を連ねる「けものフレンズプロジェクトA」がそれに相当しているわけですが、今回の騒動は、たつき監督がTwitterで25日、「突然ですが、けものフレンズのアニメから外れる事になりました。ざっくりカドカワさん方面よりのお達しみたいです。すみません、僕もとても残念です」と公表したことから始まっています。名指しされた「株式会社KADOKAWA」はプロジェクトの一員に過ぎません。これはどういうことなのでしょうか?


「詳しくは、契約を見ないと明らかにはなりませんが、プロジェクトの主体的な役割をKADOKAWAが担っていた可能性もあるとは思います。ここからは推定ですが、KADOKAWAはメディアミックスの展開を積極的に行って来た会社ですし、アニメの制作を任せていたヤオヨロズのやり方をかなり黙認してきたのではないでしょうか。こういう場合、作品がヒットしてムーブメントが大きくなると、ビジネスとしてきちんと管理していく必要に迫られることは、一般論としてよくあります。今回もそうした意味で、プロジェクト運営を引き締めたい製作委員会側と、実際に制作からプロモーションを担ってきたと自負するヤオヨロズの間で、作品のコントローラビリティをめぐり、行き違いがあったのかもしれませんね」


●アニメ作品監督には著作権がない?

発表された降板理由に、「関係各所への情報共有や連絡がないままでの作品利用」がありました。しかし、コラボしていた日清食品もJRAもそれぞれきちんとKADOKAWAを窓口に、プロジェクトの許諾を得ていると明言しています。あるいは、たつき監督が「けもフレ」の同人誌をつくって即売会で販売したり、自主製作した作品をネットで発表したりしたことが問題だったのでしょうか?


「組織が意思決定をする時、どのような理由で決まったのか、外部にはわかりません。夫婦が離婚するような話で、当事者でしかわからない理由もあります。また、二次創作の同人活動をギリギリ詰めていくと、基本的にクロになります。二次創作は、著作権者の黙認で成立しているものだからです。


しかしながら、こうした同人活動にはなるべく暖かい目で見る、というのがコンテンツ産業界の良識であるように思います。例えば、9月にも水戸芸術館が漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のパロディをTwitterに投稿したとして、著作権侵害を指摘する報道がされました。でも、実際には作者は問題視しないという意向でしたよね。


著作権の専門家の間では、権利者が問題としない限り黙認するべきだという見方が多い。良いか悪いかは権利者が判断することで、無関係の第三者が問うこと自体が、様々な創作活動を萎縮させることにつながりますので。ですから、製作委員会側がそうだとはっきり言っていない以上、我々第三者が自主制作作品のことを原因とは邪推するのは控えたいですね」


より広い視野で見ると、そうした行為が結果的に業界全体を収縮させるというわけですね。しかし、製作委員会に作品の著作権があるとして、実際に創作した監督にも全く権利は残らないのでしょうか?


「混乱するかもれませんが、著作者人格権の話もしましょう。最初に、著作権は製作者にあるという前提を話しましたが、それとは別に、著作物の利用に関わる権利として、著作者人格権というものがあります。製作者は著作権を持ちますが、著作者人格権は監督やスタッフにも残ると考えられます(著作権法第16条、第17条第一項)。


つまり、著作物の利用方法によっては、製作者と監督が同時に『うん』と言わないとダメだよね、というのがこの場合の構造です。ただ、制作の現場では、クリエイティブと『著作者人格権を行使しません』という特約を結んでいるケースも考えられます。ただ、その特約を結んだとしても、著作権法の理念上無効だという議論はあります」


滋賀県彦根市のゆるキャラ「ひこにゃん」の原作者が、ひこにゃんのポーズを変えられるなど、許諾なく改変されたとして訴えていた裁判がありましたが、これも著作者人格権が争われたケースになるのでしょうか?


「そうです。日本の現場実務としてはそうした特約は有効だと考えられているのではないでしょうか。なお、キャラクターデザインに注目する考え方があるようですが、日本の判例はキャラクターデザインそのものに独立した著作性つまり『キャラクター権』というようなものを認めることに否定的で、著作物の一部複製として扱われます。


この判例は、『サザエさん』事件判決とも呼ばれる有名なものです。これは昔、ある会社が漫画『サザエさん』のキャラクターを観光バスの車体に描いて運行していたことに対して、『サザエさん』の権利者が著作権の複製権の侵害を訴えた訴訟に対するもので、裁判所は昭和51年、他人が作成したものでも、その表現から漫画『サザエさん』であると誤認されることから、著作権侵害を認める判決を下しています。ですから、けものフレンズのキャラクターで何かしようとしても、それはキャラクターデザインから派生する何かではなく、あくまで作品の複製の一つとして扱われると考えられるわけです」


今回の「けもフレ」ですが、ここまで大きな騒動に発展したのは、一期のファンの人たちが続編を見たいという気持ちが強いからだと思いますが、もしもプロジェクトがたつき監督抜きで続編をつくるとしたらどうなるのでしょうか?


「ヤオヨロズ制作のアニメには独特の味があります。ファンとの軋轢を残したまま、強行して制作しても、この味が維持できず、誰も歓迎しない続編ができてしまうかもしれません。そうすると、せっかく支持された一期の作品にも悪影響が出る可能性もあるのではないでしょうか。ファンの為にも、双方がきちんと再度話し合うことが大事だと思います」


(弁護士ドットコムニュース)