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BOMIの『望郷』評:家族にトラウマを抱えた人、また地方出身者にとって確実に響く映画

2017年09月27日 10:12  リアルサウンド

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 BOMIが新作映画を語る連載「えいがのじかん」。第9回となる今回は、湊かなえによる同名短編集のうち2編を、『ディアーディアー』『ハローグッバイ』の菊地健雄監督が映画化した『望郷』をピックアップ。(編集部)


参考:湊かなえ×菊地健雄が語る『望郷』への想い 湊「一筋の光が見えるようなラストを書きたかった」


 『望郷』は原作が湊かなえさんの作品ということで、観る前は重たーい映画なんだろうなと思っていました。湊さんの作品は、基本的に最後までモヤっとするような展開のものが多いイメージだったのですが、今回の作品にはきちんと最後にひと匙の希望が用意されていた。当初は全く予期していなかったのに、まさかこんなに泣くとは思わなかったほど泣いてしまい、終わった後は過呼吸状態でした(笑)。この映画は、家族というものにトラウマを抱えた人、また地方出身者にとっては確実に響くものだと思います。


 さて。原作の小説は短編集になっていて、今回の映画では、全6編の中から「夢の国」と「光の航路」という2編が取り上げられています。まず驚いたのが、全編因島を中心とした瀬戸内地方で行ったという撮影が功を奏して、2つの短編の世界観が見事に繋がっていること。それぞれ独立した話で完全に分けてしまうやり方もあるけれど、今回は少し物語が絡んでいる構成になっていて、同じ場所で起こったことを違うベクトルで見ると、こういうふうに見えるんだという斬新さがありました。これは作品にとって大きな勝算だったのではないかな。


 この作品を3つの言葉で説明するとしたら、“人と人との確執”、“「島」という鎖国”、そして“和解”です。


 最初の話「夢の国」では、閉鎖社会である田舎町の古いしきたりを重んじる家庭で、祖母や母に縛られながら生活を送る、貫地谷しほりさん演じる主人公・夢都子の姿が描かれます。この祖母は、いつも咳き込んでいていかにも寿命がそう長くない感じのおばあさんなのですが、ものすごくパンチがあって、かなり狂気じみたキャラクターとして描かれています。演じている役者さんがものすごい迫力のある人だなと思ったら、日活ロマンポルノを代表する女優である白川和子さんでした。まぁ、とってもじとーっとした話で。いやーな汗をかきました。


 子供の頃の主人公は、本土にある“ドリームランド”という自由の象徴である遊園地に行きたがりますが、家庭を支配している祖母はそれを許さず(よくある嫁姑のあの諍いです。これまた…じとーっとしてました。)、木村多江さん演じる母・佐代子を責める。佐代子は、姑であるおばあさんにどんどん苦しめられていって、彼女との確執から性格も変わってしまい、自身の持っている母親像からもどんどん離れていってしまうわけです。この白川さん演じる祖母が、主人公の学校から帰ってくるところを家の中からじとーっと覗き見している描写がものすごく不気味でしたね。ジャパニーズホラーかと思いました。ピンは手前の主人公に当たっているのに、ボケて背景で婆ちゃんらしきものが動く……「エッ!?」という(笑)。その不気味さも作品の良さを際立てていたと思います。


 そして主人公が社会人になったある日、彼女は(この時点でも彼女はまだ実家暮らしです。家を出ることを許されていません。監視されている。このあたりも「鎖国」っぽい雰囲気がありますよね。)仕事帰りに家の庭で倒れて助けを呼ぶ祖母の姿を目撃するのですが、そこで夢都子はある決断を下す。この決断が、その後こちらも確執状態になってしまう母・佐代子との関係を変えることになっていきます。


 お互いすごく仲良くしたいはずのに、佐代子は自分の理想のいい母親にはなれず、夢都子も母親のことが好きなのに、それを表現できず、お互い気まずさを抱えたまま時が過ぎていく。その中心にあるのが、ドリームランドです。夢都子の心の中には、子供の頃にドリームランドに行けなかったことがずっと残っている。そして、夢都子が結婚をして幸せな家庭を築いている頃に、ドリームランドが閉園してしまうことになります。そこで物語がある結末に向かっていくのです。つまり、ドリームランドによって親子の確執が生まれ、ドリームランドによってその確執の行方が決まるわけです。


 新しい家族を持った夢都子が、最後に母・佐代子とドリームランドに行くのですが、その瞬間、夢都子の表情が子供時代にタイムスリップする。そこがものすごくグッときました。ずっと行きたかったドリームランドは、ずっと仲良くしたかった母や家族の象徴であるようにも思え、いつの間にか距離ができてしまった母と子の間の空白を違った形で埋める。要するに、やり方はまずかったけれど、そうするしかなかった「母の事情」を大人になった自分として、受け入れることができたわけです。


 お母さんに「愛して欲しかった」自分、「愛されなかったと感じてしまった」自分、「子供につらく当たってしまった」自分、「いい母親になりたかったのになれなかった」自分、母と子を越えた、人間としての2人をまざまざと見つけた瞬間、“夢の国”は現実になったのです。冒頭から張り付くようにじっとりとしていた世界が、ドリームランドでの和解に応じて昇華された。


 2つ目の話「光の航路」では、転任のため9年ぶりに本土から故郷に戻った、大東俊介さん演じる航と、緒形直人さん演じるその父・正一郎との関係が描かれています。航は子供の頃、教師である父親と、島民がほぼ全員参加するという進水式に一緒に行こうと約束をするのですが、当日になって父親が行けなくなったと言い出します。仕方なく母親と進水式に行く航でしたが、そこで父親が別の子供と一緒にいるのを目撃し、それが親子の確執を生んでしまいます。その後、父親は病気で亡くなり、大人になって故郷に戻った航は、父の元教え子と名乗る男性と出会い、父の知られざる教師としての姿を知りことになります。


 私は最初の「夢の国」よりも、こちらの「光の航路」の方がより感動しました。ここでは同級生からひどいいじめを受けている少年が登場するのですが、この少年役の男の子が本当に素晴らしい役者さんで。『きみはいい子』や『ちはやふる』にも出ていた加部亜門さんという方ですね。これから要注目の役者さんだと思います。今でも彼の演技が脳裏に焼き付いています。とにかくお芝居が上手い。それも技術としての上手さではなく、すごく表現が難しいんですが、その子自身にしかみえないんです。


 いじめられている彼が、緒方さん演じる先生とコインランドリーに行って、そこで「死にたい」と言うシーンが映画の中にあって。しかも何回も言おうとするけどなかなか声にならずに言えなくて、ようやく3回目ぐらいで小さな声で呟くんです。このシーンは本当に日本映画史に残る名シーンになるのではないかというぐらい、私の中で記憶に残りました。


 進水式のシーンでは、「どの船も最初に名前を付けられて、みんなに祝福されながらこうやって海に出ていく」というようなセリフがあるのですが、まさにこのシーンに繋がる言葉なんですよね。映画の中では明言せずに、押し付けがましくない感じでやんわりと背中を押してくれるような感じがあって。泣かせにいこうというような作為もまったくなくて、きちんと届いてくるんです。それでいてじとっとはしていなくて、いい意味でカラッとしている。ただただ純粋にいい作品を作ろうとした結果によって、こんな素晴らしい作品になったのかなって。私はここ数年の間に観た日本映画の中で、『望郷』は最も響いた作品かもしれません。


 監督を務めた菊地健雄さんは、画の作り方などももちろんそうですが、ものすごく役者さんの演出にこだわる方なのかなと思いました。しっかりと役者さんと向き合うことで信頼関係を築いて、作品に繋げているのではないかなと。これまで手がけてこられた『ディアーディアー』や『ハローグッバイ』とはまた全然違う、菊池さんの新たな一面が見れた本当に素晴らしい作品でした。(取材・構成=宮川翔)