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フジテレビはなぜVR事業に挑戦するのか? Fuji VR・北野雄一氏が語る、VRの本質とその可能性

2017年09月25日 17:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 9月21日から24日にかけて開催された「東京ゲームショウ2017」では、「VR元年」と呼ばれた2016年に引き続き、100タイトル以上のVRゲームが発表された。VRやARなどの新しい技術は日々進化しており、今後、人々にとってより身近なものになっていくのは間違いないだろう。そしてそれは、映像表現にも新たな可能性を与えるはずだ。リアルサウンド映画部の新連載「映像技術の最先端を探る」第1回では、フジテレビのVR事業部「Fuji VR」にて、プロデューサー兼ディレクターを務める北野雄一氏にインタビュー。「VRアイドル水泳大会」やドラマ『貴族探偵』のスピンオフ作品に携わってきた氏に、テレビ局としてVR事業に挑戦する理由や、今後のVRの可能性について話を聞いた。


参考:「東京ゲームショウ2017」今年はVRゲームが充実! ビジネスデイ初日レポート


■「もっともVRに適した競技がツイスターゲームだと思った」


ーー昨年11月に「FOD VR」で配信された「VRアイドル水泳大会」は、非常にインパクトのあるコンテンツで、思わずダウンロードしてしまう吸引力がありました。


北野:「アイドル水泳大会」は、ご存知のようにフジテレビの歴史あるコンテンツなのですが、最新のVRでリバイバルしたことで、「まじめにバカをやるフジテレビが戻ってきた!」というポジティブな反響があったのは嬉しかったです(笑)。僕は技術協力で入ったのですが、新しい技術を使ってこれまでに無かった画を見せることができたという意味での達成感もありました。フジテレビが制作した初のオリジナルVR作品で、シリーズの累計ダウンロード数が5万を突破するなど、かなりの人気コンテンツになりました。


 同シリーズは騎馬戦やツイスターゲームなどの競技を通した真剣勝負が見どころなのですが、VRカメラの特性に真剣に向き合った結果、生まれた企画でもあります。というのも、VRカメラは広角レンズなので、被写体との距離が遠くなると迫力に乏しくなってしまうのですが、そもそものフィールドの広さや、競技に影響しないカメラの設置場所と競技者との距離を考えた時に、もっともVRに適した競技がツイスターゲームだと思ったからです。


 また、プールの中での撮影を実施したことで、水中におけるVR撮影のノウハウを取得することもできました。シリーズの「1」ではVRカメラに市販の水中用ハウジングを装着して撮っていたんですが、照明の乱反射が気になったので、「2」では独自のリグを組んだ防水カメラで、試行錯誤を重ねました。機材も日進月歩の業界なので、今後もその時々でベストの撮り方を研究していきたいと思います。


ーー 一見すると単なるお色気コンテンツに思えるけれども、実はフジテレビならではのやり方でVRの可能性を追求しているのが興味深いです。そもそも、フジテレビで「Fuji VR」が立ち上がったきっかけは?


北野:今後のメガトレンドであるVRにテレビ局として挑戦しようということになり、昨年7月にVR事業部が立ち上がりました。他局でもVRへの取り組みは行っていますが、弊社の場合は最初から事業ベースというところがポイントで、収益化を考えながら様々な取り組みを行ってきました。「FOD VR」などのプラットフォームを通して、BtoCで視聴者にコンテンツを提供するのはもちろんのこと、フジテレビがこれまで磨いてきた企画、演出、新しい技術のノウハウを活用し、BtoBで皆様の事業を「総合デジタルプロデュース」するのも「Fuji VR」の役割です。今年の4月にはWEBサイトも開設し、VR映像の制作だけでなく、デジタルクリエイティブ全般に関わるプロデュース事業に力を入れています。昨年9月の「Bリーグ開幕戦」における、コート全面をLEDパネルにした映像演出はその先駆けとなりました。


ーー北野さんは、立ち上げ時より「Fuji VR」に携わっていますが、その前はIT部門にいたそうですね。


北野:バラエティ制作や営業を経験した後、2011年に「情報システム局」というIT部門に配属されました。エンジニアとして基本的なことを身に付けながら、夜間デジタルハリウッド大学大学院に通学し、デジタルなモノづくりをするための体系的な素地を学びました。デジハリの杉山知之学長は、MITメディアラボの研究員だった方で、「Deploy or Die」ーーつまり、「今を生きて未来を作るためには、アイデアを世の中にデプロイ(実装)していかなければならない」という思想を持っていて、我々学生たちも修了課題で実践型の研究に取り組みました。具体的に、僕は同級生と4人でメディアアートのユニットを結成し、横浜の自治体からの受託で、横浜駅西口に設置してある伊東豊雄さん作の「風の塔」というモニュメントに、プロジェクション・マッピングで映像を照射するというプロジェクトを行いました。その結果、2日間で5千人の人々が訪れ、横浜駅西口の来街者の動員記録を作ることができたのですが、新しい技術をどのように実装すれば社会に影響を与えることができるのか、その一連の流れを考えてプロジェクトを成功させた経験は、デジタルコンテンツのクリエイターとしての原点になっています。


ーー「Fuji VR」の仕事に、直接的に活かせそうな経験です。


北野:そうですね。今でもデジハリの研究室には所属していますが、新しい技術の動向に目を向けながら、フジテレビのリソースを活用して、さらに大きなスケールで物事を仕掛けていきたいと思っています。


■「色々な番組と連携し、新しいことに挑戦していきたい」


ーーどのようなメンバーで「Fuji VR」プロジェクトを手掛けているんですか?


北野:VR事業部は、番組のタイトルロゴを始めとする放送用CGを制作してきたCG事業部が母体になっているのですが、僕のような番組制作経験者や、制作技術経験者など、多様な人材で構成されており、それぞれが持ち寄ったノウハウのコラボレーションが起きやすい環境にあります。


ーーテレビ局の事業というとテレビ番組を制作して放送していくイメージが強いですが、「Fuji VR」では積極的に他社とも関わり、事業を展開しているのですね。


北野:「Fuji VR」のWEBサイトにある「感動で、世界をもっと面白く。」というキャッチコピーが、この事業のキーワードです。フジテレビはこれまで、数多くのコンテンツを制作して放送してきましたが、根底に流れるのは「世界に感動を届けること、エンターテインメントを届けることで、世界をもっと面白くする」という理念だと考えています。その理念をVR事業を通じて世の中に発信していくのに、他の企業や自治体、アミューズメントパークなどとの連携は、なくてはならないものだと思います。


ーー既存のフジテレビ番組とはどのように連携していますか?


北野:昨年大晦日に決勝を放送した総合格闘技「RIZIN」では、コーナーポストに設置したカメラで予選を収録し、放送前の記者会見で高田本部長やRENA選手に体験してもらいました。今年2月の「日本大相撲トーナメント」では、地上波放送前の土俵入りや取り組みをVRライブ配信し、視聴誘導につなげています。国技館から史上初ということで、各所で話題にしていただきました。


 また、1月クール月9ドラマ『突然ですが、明日結婚します。』では、エンディングのマネキンチャレンジの舞台裏を360度で撮影したVR映像をプロモーションに活用したほか、地上波ドラマ初となるDVDパッケージの特典にしました。4月クール月9ドラマ『貴族探偵』では、スピンオフ作品をVRで制作しています。ドラマ本編の鑑識役が、放送に先駆けて360度で事件現場を紹介するというもので、コンテンツ単体としても面白いものを目指しました。今後も色々な番組と連携し、新しいことに挑戦していきたいです。


■「技術の本質を捉えながら発想を広げていく」


ーー実写のVRでは、どのようなコンテンツが普及の鍵になると思いますか?


北野:ライブやスポーツを撮るのに、メインステージで自由に動き回れるカメラがあると表現の幅が広がるので、演出や競技との兼ね合いの中、VRカメラマンやドローンがどこまで食い込んでいけるかが、ひとつの鍵になると思います。もちろん技術革新によって可能になる部分が大きくあると思います。


 バックステージものにも、まだやられていない色々な可能性があり、そこでのファンコミュニティにおいて、VR空間でのコミュニケーションを可能にするプラットフォームにも期待しています。また、視聴覚以外の情報と組み合わせることで、さらにリッチな体験を提供することもやってみたいです。前述の「日本大相撲トーナメント」では、配信の現場で、力士の鬢付け油の香りにその場にいるリアリティをすごく感じたんですね。嗅覚もひとつですが、五感のすべてを届けるにはどのようにしたら良いかをテーマに、考えていきたいと思っています。


ーー今後、VR機器が一般的に普及していくには、どんな課題があると考えていますか。


北野:VR機器の技術的な課題、たとえばデバイスのCPUや回線の問題は、近い将来解決されると信じていますが、コンテンツを作る側としてはその時々の技術と向き合い、ベストなコンテンツを見極めて、作り続けることが重要だと思います。VRやARの技術によって360度の空間情報を丸ごと伝送する新しいコミュニケーションの形が可能になりつつありますが、技術の本質を捉えながら発想を広げていくことで、価値のあるものを作っていきたいと思います。


 また、VRはエンターテイメントだけではなく、不動産、医療、教育、旅行など、他の産業と一緒になって、体験できる機会や消費の裾野を広げていくものだと思うので、他の産業の動向にも目を向けながら、「Fuji VR」にできることを模索しています。


ーーVRによって映画やゲームに代わる、新しいエンターテイメントの様式は生まれてくると思いますか。


北野:今のVRヘッドマウントディスプレイの原型を作ったアイバン・サザランドという科学者自身が、人間とコンピュータの対話における究極のディスプレイは、物体を自由にコントロールできる部屋だという概念を提唱しているんですが、たとえば映画にとっての映画館のような、VRを体験するためのインフラやインターフェースは、それこそ信じられないような形で進化をしていくものだと思っています。そうした流れの中で、新しいエンターテイメントの様式や表現が生まれてくる可能性は無限にあると思います。(取材・文=リアルサウンド映画部)