今年のシンガポールGPでは、フェラーリ勢2台とマックス・フェルスタッペンのクラッシュの影に隠れて、あまり話題にならなかったコース上で発生していたインシデントが、もうひとつあった。それはセーフティカー走行中に、ストフェル・バンドーンがフェリペ・マッサをオーバーテイクしていた件だ。
状況を説明しよう。ダニール・クビアトのクラッシュによって出されたセーフティカー。翌周バンドーンがピットインした。ウエットからインターミディエイトにタイヤを交換したバンドーンはピットロードを出た先の3コーナーでマッサに先行を許したが、直後にマッサからポジションを奪い返したのだ。当然、セーフティカーランは解除されておらず、コース脇の電光掲示板にも「SC」の文字が点滅していた。
その後、この件は審議にもかけられなかったため、当然バンドーンにペナルティが科せられることもなかった。なぜ、バンドーンはセーフティカー走行中にオーバーテイクしたにもかかわらず、おとがめなしだったのか?
当日、レース審議委員を務めていたエマニュエル・ピロは次のように説明する。
「あの件は、一見、バンドーンがマッサをオーバーテイクしたように見えますが、じつはマッサがポジションを譲っていたんだよ」
どういうことか? ピロはこう続ける。
「というのも、セーフティカーラインではバンドーンのほうがマッサより前にいた。マッサがバンドーンの前に出たのは、その先にある3コーナーだったんだ」
F1にはセーフティカーラインというものがピットロードの出口と入口にあり、この範囲内がピットロードでその外側がコースと見なされる(ピットロードとコースの境界線として引かれている白線の先端部分にペイントされた線)。したがって、ピットロード出口側のセーフティカーラインを出た瞬間はバンドーンのほうがマッサの前にいたため、コース上でのポジションはバンドーンがマッサの前となる。
しかし、マッサもここでバンドーンの前に出るかどうかは、その後のレース展開を考えると重要なので、セーフティカーラインまでは全力で走行。残念ながら、わずかに間に合わず、3コーナーでバンドーンの前に出てしまったわけだ。
そこで3コーナーを立ち上がったところで、慌ててバンドーンにポジションを譲ったのである。
ちなみにバンドーンが27周目のピットストップで左前輪タイヤの交換に戸惑ったのは、タイヤやホイールナットに問題があったのではなく、フロントジャッキによって車体が水平に上がっていなかったからだという。
「あのタイムロスがなければ、その2周後にピットインしたパーマーの前に出られていたはず」だと、長谷川ホンダF1総責任者は悔しがっていた。