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『マスター・オブ・ゼロ』でエミー賞初の快挙。授賞式で語った言葉とは?

2017年09月19日 22:51  CINRA.NET

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『マスター・オブ・ゼロ』シーズン2「サンクスギビング」より
■黒人女性初の『エミー賞』コメディー部門脚本賞
テレビ界の『アカデミー賞』とも言われる『第69回エミー賞』の授賞式が、日本時間の9月18日にアメリカ・ロサンゼルスで行なわれた。

アレック・ボールドウィン扮するドナルド・トランプ大統領のモノマネが人気を集めた『サタデー・ナイト・ライブ』が最多9部門を制したほか、ニコール・キッドマン主演の『Big Little Lies』(9月27日から『ビッグ・リトル・ライズ~セレブママたちの憂うつ~』のタイトルで日本放送)と、Huluのドラマ『The Handmaid's Tale』が8部門受賞で後に続いた。

そんな中で「歴史的な出来事」として話題を呼んだのが、Netflixのドラマ『マスター・オブ・ゼロ』の脚本家であるリナ・ウェイスの受賞だ。リナ・ウェイスは、同作シーズン2のエピソード「サンクスギビング」の脚本を主演のアジズ・アンサリと共に手掛け、黒人女性として『エミー賞』史上初めてコメディー部門の脚本賞を受賞した。

■『マスター・オブ・ゼロ』とは?
『マスター・オブ・ゼロ』はコメディアンのアジズ・アンサリが製作から主演まで手掛けるドラマシリーズ。ニューヨークを舞台に、アンサリ演じるインド系アメリカ人のうだつのあがらない俳優・デフの日常が描かれる。Tinderで恋人を探したり、キャリアに悩んだり、等身大のアラサー男の日常をユーモラスに描く一方で、デフをはじめ、黒人でレズビアンのデニース、台湾系アメリカ人のブライアンなど、多様な文化的背景を持つキャラクターが登場し、白人社会に生きるマイノリティーならではのエピソードも多く盛り込まれている。

■「サンクスギビング」あらすじ 毎年の「感謝祭」を通してレズビアンの娘と母の約20年を描く
リナ・ウェイスに黒人女性初の『エミー賞』コメディー部門脚本賞をもたらした「サンクスギビング」は、ウェイスが演じているデフの親友・デニースと母親の関係を約20年間にわたって描いた内容。デニースが自身のセクシャリティーを周囲に打ち合け、周囲が受け入れていく過程を、幼年期、思春期、大人になってからなど、その時々の感謝祭の日を舞台に描き出した。

デニースの母親は黒人の女性として白人社会で生きることの苦労を知っており、茶色の肌をしたデフを同じ黒人だと思っていた幼いデニースに「マイノリティーってなに?」と尋ねられると、「2倍稼いでも稼ぎが半分の人。デニースは黒人で女だから3倍働かなきゃ」と答える。

それは20代になってデニースが母親にカミングアウトした時も同じで、「私はゲイなの、ずっと前から」と打ち明ける娘に動揺し、「でも今までと同じ人間だよ、これまで通りママの娘。何も変わらない」と伝える彼女を前に涙を抑えながら「あなたに苦労してほしくないの。黒人女性というだけで十分不利なのに」と語る。この会話のあとに、「どこで間違ったのかしら」「もっと一緒にいたら」「私の男運のせい?」とこぼす母親と、その状況を面白がっているようにも見える彼女の姉妹のやりとりも印象的だ。

そんな母親の反応を受けて、デニースは「ホームドラマと違って感動的な言葉はなかったけど、少なくとも勘当されずに済んだし、成功だったと思う」とデフに語る。そして感謝祭に恋人を連れてくる娘に戸惑いながらも、母親は月日をかけて受け入れていくのだ。

■デニースの物語は「私の物語」、Chance The Rapperも祝福
このカミングアウトのエピソードはウェイス自身の体験に基づいて執筆されたという。「セクシャリティーのカミングアウト」というとドラマチックな展開を想像しがちだが、そうではなくゆっくりと繊細にそのプロセスを描いているからこそリアリスティックで、胸に刺さる描写になっている。

ウェイスは『エミー賞』の授賞式のスピーチで次のように述べた。

「私のLGBQTIAファミリーへ。私はあなたたち一人ひとり、みんなのことが見えている。私たちがほかの人と違うのは、スーパーパワーがあるから。毎日外を出るとき目に見えないケープを羽織って、世界をやっつけに行くんだ。だって世界は私たちなしじゃこんなに美しくないから」

『マスター・オブ・ゼロ』のデニースは、ドレスやスカートでなく、太めのジーンズやキャップなどラッパーのような恰好を好むキャラクター。ウェイスはIndieWireのインタビュー(Master of None: Lena Waithe on Her Historic Emmy Nod, Ready Player One | IndieWire )で、自分はレズビアンの中でも独特のタイプのであると前置きし、「自分は女らしくないし、かといってめちゃくちゃ男らしいわけでもない中間の存在。そういう女性は多いと思うし、私たちのコミュニティーの一部のはずなのに、人々は彼女たちを本当に理解はしていないし、見ていない」と語った。

社会から見過ごされてきたキャラクターに光を当てることは、エンターテイメントのなせる大きな役割のひとつ。「サンクスギビング」のエピソードに限らず、『マスター・オブ・ゼロ』のデニースを見て「これは私だ」と思った若い女性たちにとって、ウェイスの『エミー賞』受賞は大きな力になるだろう(Netflixはドラマや映画の中で「自分だ」と思えたキャラクターをシェアする「#FirstTimeISawMe」キャンペーンを展開している)。

今年の『エミー賞』ではウェイスだけでなく、『アトランタ』のドナルド・グローヴァーが黒人男性として初めてコメディー部門監督賞、『ナイト・オブ・キリング 失われた記憶』のリズ・アーメッドが南アジア系の男性として初めて主演男優賞を受賞するなど、非白人の歴史的受賞が多く見られた。

ウェイスは『エミー賞』の授賞スピーチを次のように締めくくっている。

「サウスカロライナから来たインド系の男の子と、シカゴのサウスサイドから来たクイアの黒人の女の子を受け入れてくれてありがとう」