9月5日に発売となった「乗るべしスーパーカー」の発刊を記念して、この本の主役である気鋭のフォトグラファー・悠佑氏が切り取った珠玉の写真たちと、オーナーとスーパーカーのライフストーリーをご紹介。第7回は「マクラーレン・P1」だ。
●Car Details McLaren P1
Text:Fumiaki HARA
2013年に正式発表されたマクラーレンP1は、マクラーレンのヒエラルキーとしては最上位に位置する、アルティメットシリーズのスーパーカー。モデルネームのP1は「1位」を意味しており、ライバルとなるのはラ・フェラーリや918スパイダーなどのスペチアーレ級のモデルになる。
そのスペックも強烈なものでV8ツインターボ+モーターのハイブリッドシステム(システム合計916PS)やアクティブサスによるシャシーコントロール、さらにサーキットで得たノウハウから導き出されるエアロボディなど、レースマシン譲りのノウハウと技術が注がれてる。生産台数は375台。デビュー当時の日本仕様車の価格は9661万5000円~と発表されていた。
●Owner's Story あらゆるスーパースポーツを所有したドライバーをも揺さぶる「本物の世界」
A氏
「ビュッフェなどの食べ放題は一回では食べきれないけど、2~3回で全種類食べたい。ひと通り味わってみたいタイプなんです。だからクルマの世界でも同じで、超高級サルーンを標榜する、ある意味で旦那仕様の世界観を楽しむのはもう少し後に取っておいて、今楽しめるクルマを選んでるつもりです」
電気だ、環境だ、ダウンサイジングだ、と叫ばれるなか、「今のうちに濃いモデルを選び遊んでおこう」という気概で、自分の体力なども考慮してなるべく賞味期限の早そうな、ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニなど、多くのスーパーカーを経験した。そんな中でA氏の中に確固たる自動車哲学とも呼ぶべき信念が培われていく。
「デザインも技術も、その次のモデルに投影されていくって予測するのも楽しいじゃないですか。クルマって基本は最初と最後だと思うんですよ。初期は出来立て焼きたての、鮮度重視。それが熟成されていって、後期にはその作り手がやりたかったことが反映されていく。だからP1も両方買ったんですよ。生産早期のロットと、後期のロットの2台です」
映画もパート1と2を見ずして続編の3が楽しめないように、初志を知らなければ、完成形の意図も見えてこない。その変化と違いをこそ楽しみたいのだとオーナー氏は言う。その作り手の思想と理想、究極の形がこのマクラーレンP1にはある、とも。
「370台程度しか作られない間でも、オプションなどの仕様の選択の幅がかなり違ってきます。マクラーレン・オートモーティブ最初のモデルだったMP4-12Cは、それこそ様々なモデルに乗ってきた人間の感覚からしても目から鱗だった」
「さらにP1の開発段階では、当時の総師であったロン・デニスがマクラーレンF1のとき以上に『スーパーカーの頂点を、再定義する』って言ったんですよ。クルマも素の土台からそれがないと、本物の雰囲気や感じは出せない。要するにマクラーレン以外はある意味でロードカーなんですよ、自身の定義として。そのロードカーをいかにレーシングカーに近づけるかをやっている。でも、マクラーレンは逆だったんです」
近代スーパーカーが、ロードカーにレーシーなエッセンスやギミックを綺麗に装飾するプロフェッショナルなら、マクラーレンはレースカーを「どれだけロードカーに近づけられるか」を突き詰めている、と感じられた。
それほどまでにMP4-12Cの段階から、剛性も、乗り心地も、ハンドリングも、バランスも“軸”が通り、その存在をありありと教えてくれるような走りをした。それはあたかも「10代のアスリートを想像させるような伸び代」を感じさせるもので、まだまだ深遠なる奥深さをも秘めているように思えた。
「P1は4輪駆動でもないのに前輪にすごく荷重が乗っていて、あんなに太いタイヤなのにステアリングを通して自分の神経が、もっと遠くにまで届くような感じ」
「4輪それぞれがちゃんと自分の狙ったところをトレースしていって、自分がミスする分まで先回りして、遊びまで考えて合わせてくれてるような。機械なんだけど、生き物……みたいな。それこそ馬みたいな感覚がありますよね。馬は手綱で言うことを聞いてくれますけど、でも馬自身も自分で考えて走ってる。マクラーレンは車両制御の方向性として、電子制御や味付けがクルマと対話してる感じがすごく強いですね」
マクラーレンが主催する国内や海外のイベントなどにも積極的に参加し、P1と過ごす時間を楽しんでいる。
「720Sのローンチエディションも、BP23もすでにオーダーしたんです。BP23の仕様を検討するなかで、個人的には本物には華美な装飾は似合わないと思うのでカーボン素材の風合いを最大限感じるために無塗装の状態で乗りたいとも考えています」
何かの真似ではないエンジニアリングと、マーケティング主体の発想ではないと感じられるプロダクト、その背景にはレーシングフィールドで培われたリアルなノウハウが息づいている。そこには、彼らのストーリーに寄り添って付き合っていきたい、と望む人だけが知る本物の世界があるようだ。