2017年09月15日 10:13 弁護士ドットコム
勤務医を中心とした医師の長時間労働を考えるシンポジウムが9月9日、都内で開かれ、過労死問題にくわしい弁護士や遺族らが登壇した。テーマの1つとなったのが、病院での労働時間管理の曖昧さ。松丸正弁護士(大阪弁護士会)は、「過労死・過労自殺の一番の原因は、勤務時間の適正把握がなされていないことだ」と語気を強めた。
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松丸弁護士はシンポの開催に合わせ、大阪の主要な病院の労使協定(36協定)を調査。このほど、メディアを通じ、国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)が、月に300時間の時間外労働を可能とする協定を結んでいることを明らかにした。
報道によると、病院側は実際に300時間の残業が行われているわけではないと説明している。一方、松丸弁護士は「必ずしも、該当する人はいないかもしれないが、労働時間管理が放棄されたのと同じ。何時間働いても法的に問題ないという意識が生まれる」。
この報道の後、松丸弁護士のもとに1通のメールが届いたという。そこには、「医師たちが、必要とあれば体力の限界までは協力するという意思表示であろうと思います。医師団の崇高な決意を破壊するのが望みなのでしょうか。得体のしれない権利の主張に反省を求めます」と非難の言葉がつづられていたそうだ。「こういう議論を乗り越えて行かないと勤務医の問題は解決しない」(松丸弁護士)
今年5月、新潟市民病院の女性研修医の自殺(2016年1月)が労災認定された。この事件では、病院側が主張する女性の残業時間が、労基署の認定した時間の4分の1程度で実態と大きく乖離していた。病院側の数字が小さいのは、被災者本人の自己申告がベースになっているためだ。
遺族の代理人を務めた齋藤裕弁護士(新潟県弁護士会)は、電子カルテや出退館のセキュリティ記録、駐車場や高速道路の記録などから労働時間を推定したという。「病院というのは労働時間を把握しやすいはず。電子カルテなどがあるにも関わらず、あえて客観的な労働時間の把握をしていない。労働時間の客観的把握はすべてのスタートだ」(齋藤弁護士)
弁護士たちはこうした状況を、「速度計がない自動車」(齋藤弁護士)、「狂った体温計」(松丸弁護士)とたとえている。このほか、先端医療を学ぶための自己研鑽や、急患にいつでも対応できるよう、自宅などで待機している「オンコール」も含めると、医師の労働時間はさらに増える。
そもそもなぜ、労働時間の管理をしないのか。その理由を全国医師ユニオンの植山直人代表は、残業代を払いたくないからだと説明する。「診療報酬が高くなく、病院は経営が苦しい。残業代をちゃんと払ったら病院が潰れる」
残業代は、深夜勤務には2割5分以上、残業が月60時間を超えた分には5割以上の支払いが必要だ。しかし、すべてを適正に払っていたら、病院が持たないというのだ。特に弱い立場の研修医は申告が難しい。
「どうして残業代を請求しないのか。よく我慢している。そうしたら医療が壊れてしまうというところで請求できないのかなと痛感します」と松丸弁護士。一方で、「医療が壊れるか、勤務医が壊れるか」の局面に来ているとして、行政の早急な対応が必要だと強調した。
現行法では、労使で合意すれば、残業時間の上限は青天井。一般企業では、早ければ2019年から罰則付きの上限規制が始まる見込みだが、医師の場合はさらに5年間の猶予がある。政府が「応召義務」を理由に医師を適用除外にする方針だからだ。
応召義務とは、正当な事由がなければ、診察を拒んではならないというもの(医師法19条)。違反すると、医師免許の停止取り消しもあり得る。
応召義務について、川人博弁護士(東京弁護士会)は、「医師の過重労働を正当化する根拠して重要なバックグラウンドになっている」と指摘する。「医療機関全体、医療システムの問題として考えるもので、個人に課すべきものではない。廃止すべきだ」
齋藤弁護士は、厚労省が示している「正当な事由」の事例が極端だという。「過労死基準にかかる場合は免除されるのが合理的だ。誤解を招く規定になっており、厚労省が見解を示すべきだ。廃止まで含めて考えていく必要があるだろう」と話していた。
1999年に小児科医の夫を過労自殺で亡くした、東京過労死を考える家族の会の中原のり子代表は、過労死遺族のコメントや過労自殺した研修医の遺書などを紹介し、「家族が崩壊する現象をなぜ繰り返しているのか。なぜ18年ずっと訴えているのに変わらないのか」と話していた。
(弁護士ドットコムニュース)