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是枝裕和監督が語る、『三度目の殺人』の特異性 「ドキュメンタリーを撮っている感覚だった」

2017年09月13日 13:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 是枝裕和監督最新作『三度目の殺人』が現在公開中だ。是枝監督初めての“サスペンス”映画となる本作は、『そして父になる』に続き二度目のタッグとなる福山雅治と、是枝監督作品への出演を熱望していたという役所広司を主演に迎え、これまでのフィルモグラフィの中でも異彩を放つ一作となっている。リアルサウンド映画部では、是枝裕和監督にインタビューを行い、製作の経緯や、“怪物”と語る役所広司への演出について話を聞いた。


■ 「ドキュメンタリーのディレクターのようなスタンス」


ーー映画を観終わった後、その意味を何度も考えてしまうタイトルです。このタイトルは一度も変更はなかったのですか。


是枝裕和監督(以下、是枝):今回は最初から一度も変わっていません。“一度目は獣が、二度目は人間を殺した”というキャッチコピーを先に考え、次に『三度目の殺人』とタイトルを決めました。脚本は撮影をしながら何度も改稿しましたが、このタイトルに基づく根幹的な部分は一度も変わっていません。


ーー本作はドキュメンタリー作家としての是枝監督の一面が改めて見えたような気がします。


是枝:スタンスとしてはドキュメンタリーに近いプロセスを経て出来上がった作品ではありますね。弁護士を主人公にしてみようと思ったのは、「法廷は真実を追求する場所ではないんです」という一言を知り合いの弁護士から聞いたことがきっかけです。ニュース番組の報道などで、「控訴が決まり、真実の追求が地方裁判所から高等裁判所に移されます」とレポートされているときに、すごく違和感を感じると。理由を尋ねると、「真実を追求する場所だと、少なくとも僕らは考えていない。真実を分かると思うほうが恐い。僕らがやるのは利害調整だ」と言う。お話をした弁護士は民事をメインに担当されている方なので、余計にそういう捉え方をしていたのかもしれません。この考え方は面白いなと。それならば、“利害調整”だと思っている弁護士が、“真実”を今回ばかりは知りたくなる、そんな話を書いてみようと思いました。そこから「弁護士とは何者か」をリサーチしてチームを作り、ある殺人事件をめぐる弁護士と検察官、裁判長と殺人犯に分かれてもらって模擬裁判を行い、取材していきました。それと同時に弁護士事務所に密着取材をさせていただき、実際の裁判の傍聴席にも足を運びました。本作の弁護士像や、法廷シーンなどは、実際の弁護士さんたちの意見をかなり反映させています。


ーー法廷シーンで印象的だったのは、容疑者・三隅(役所広司)が証言を一変させて、裁判の争点が変わり、弁護士、検事、裁判長で話し合いが別室で行われるシーンです。話し合いというよりは、目配せや耳打ちで暗黙の了解として進めてしまうのは意外な事実でした。


是枝:裁判が進んでいったにも関わらず、被告人質問で突然否認をしたらどうなるのかという疑問がきっかけでした。弁護士の方に聞いてみると、「そんなことが起きたら、絶対裁判長に怒られます」と言われて。じゃあ実際に起きたらどんな展開になるか書いて下さいと言って、それをそのまま台本にしました。現場にも立ち会ってもらって、「ここは小声でささやいて、目配せして…」と所作もリアルにやってくれたので。弁護士、検事、裁判長、彼らは決して対立しているわけではないんです。みんな同じ船の乗組員であり、司法というシステムの中でいかに期限までに目的地にたどり着かせるかを大事にしている。それは興味深い発見でした。


ーー法廷シーンをはじめ、フィクションとリアルの境目がどこにあるのか分からないものがあります。そういった意味で、前作の『海よりも深く』はテーマや話法において、ある意味“テレビ的”とも言える作品だと思いますが、それに対して、本作は“映画的”な作品なのかなと感じました。


是枝:多分、自分のDNAの中にテレビ的な世界観や人間観、手法が染み付いているんです。だから意識しないで作ると『海よりもまだ深く』のような形になってしまう。『海よりもまだ深く』は開き直って作ったせいか、僕のフィルモグラフィの中でも一番テレビ的だと思うし、なおかつ自分の自然体なんです。そんな作品を作った後だったので、次作はまったく違う作品を意識的に作ろうとした部分はあるかもしれません。絵画に例えて言うと、過去作が鉛筆デッサンだったものを今回は油絵で描いているというか。自ずとキャンバスのサイズも変わる。つまり、それまで取り組んできたものとモチーフも変われば、タッチも変わるわけです。そういった違いはかなり意識しました。


ーーこれまでの作品との「違い」のひとつの要素として、是枝監督作品に初めて参加された役所広司さんの存在も大きかったのでは?


是枝:今村昌平監督、市川崑監督、黒沢清監督と、錚々たる監督たちが撮ってきた役者なのでプレッシャーはありました。


ーー殺人犯・三隅を演じた役所さんへの演出は?


是枝:ほとんど何もしていないです。自分が書いたとは思えないぐらい、“人殺し”として役所さんはそこにいるので、怖かったですね。粗暴に振る舞っているわけでもなく、荒々しいような雰囲気を出しているのでもなく、ただそこにいるだけでゾッとする。役所さんが「おはようございます」と現場に座っただけで、「あ、殺してる」と思わず感じたぐらいで(笑)。特別な役作りをしているわけではないのに、なぜこんな在り方ができるのだろうと驚くばかりでした。だから、自分の脚本でありながら、本当にドキュメンタリーを撮っている感覚というか、この“化物”をどう理解しようか、というドキュメンタリーのディレクターのようなスタンスでした。


■「物語の外にあるものが大事なんです」


ーー細かいディティールなのですが、三隅はピーナッツバターが好物で、拘置所内でもトーストに塗って頬張るシーンがあります。あの食べている姿が非常に怖かったです。


是枝:あれね(笑)。なくてもいいシーンなんだけど僕も好きなシーンで。拘置所の売店に置かれているのはイチゴジャムとピーナッツバターなんですよ。それを知ったときに、単純にいいなあと思ったのが理由なんだけど。


ーーほかにも、弁護士・重盛(福山雅治)がマンションから出てすれ違う女の子と交わす「こんにちは」のやり取りなど、一見物語の本筋とは離れたシーンが非常に印象的です。


是枝:ピーナッツバターもあの女の子も、なくてもいいんです。なくてもいいんだけど、どちらもあの世界には必要な要素だと考えました。脚本に書き込んでいたものでは、もっとストーリーラインからこぼれているものはあります。実際に撮影もしているんですけど、編集で落としている。じゃあ、最初から必要ないじゃないかと思われるかもしれないのですが、そういった物語の外にあるものが大事なんですよ。


ーーそういった細かいディティール部分と、物語の本筋としての部分をどう構成していったのですか。


是枝:役者さんたちの演技力で成り立っている部分は結構あります。とにかく役所さんと福山さんの相性が良かったと思います。福山さんは、演技が器用じゃないことを自分でもわかっている。でも、主役は別に器用である必要がないんです。役所さんみたいな役者とぶつかったときに、一歩間違うと芝居合戦になってしまい、暑苦しさを感じてしまうケースがあります。福山さんはそうとはならず、役所さんの芝居を受け止めて、自分の芝居を素直に出していた。だから、福山さんも役所さんもお互いに気持ちよかったと思います。


ーー是枝監督初のサスペンス映画と宣伝には書かれている一方で、役所さんと福山さんの“バトル”映画のようにも感じました。


是枝監督:“人は人を裁けるのか”という答えのないようなことを考えながら、本作を構想しましたが、メインビジュアルにも使用されているふたりの対決シーンを楽しんでもらえるだけでも十分面白いと思います。ふたりのガラス越しの対面は、『夕陽のガンマン』のイメージも意識しました。銃を抜く前のガンマンみたいな感じで。サスペンス映画ではありますが、エンターテイメント作品として多くの方に楽しんでいただければと思います。


(取材・文=石井達也)