9月5日に発売となった「乗るべしスーパーカー」の発刊を記念して、この本の主役である気鋭のフォトグラファー・悠佑氏が切り取った珠玉の写真たちと、オーナーとスーパーカーのライフストーリーをご紹介。第4回は「ランチア・ストラトス」だ。
●Car Details Lancia STRATOS
Text:Akira YOKOTA
“成層圏”という車名の通り、宇宙船を思わせる異形のストラトスは、WRCでの勝利を目指して開発された。ベルトーネのデザインによる3710mmの短い全長と1750mmのワイドな車幅、1115mmの低い車高と裏腹な、スーパーカーとしては異例に高い最低地上高、そして2179mmという超ショートホイールベースのすべてが、タイトなラフロードでの高い旋回性能を狙ったもの。フェラーリ・ディノ246から譲り受けた2418ccのV6エンジンが、5馬力デチューンされた上で低速を太らせていたのも、ラリーカーである証明だった。その狙い通り、1974年にホモロゲーションを取得し市販されると、WRCにおいて1976年までメイクスタイトル3連覇を成し遂げるのだ。
●Owner's Story 特徴的なカラーとライトポッドを備えた"マシン"に心惹かれた少年時代
A氏/Text:Shinnosuke OHTA
スーパーカーブームは小学校1年生のとき。友人と白熱したスーパーカーカード交換の主役はランボルギーニ・カウンタックだったが、A氏の心に深く刻まれたのは、1台の特徴的な形と装備、カラーをまとった“マシン”だった。
「マルボロかアリタリアどちらかのラリー仕様です、普通のクルマにはない前の補助灯・ライトポッドに惚れました。それと鮮やかなカラーが気になって他のクルマにはない特別なイメージが小学生の時にできていたのだと思います」
その後の大学時代、週刊誌に連載されていた『モデナの剣』を通じてフェラーリ・ディノの美しさを知り、2012年に晴れてディノのオーナーとなったが、ほどなくして“あのマシン”の出物を紹介されることとなる。
「私のスーパーカー歴は本当に浅く知識も少ないのですが、見に行きましたら素晴らしいクルマと感じ、素人目でも40年経ったクルマに見えない、と思いすぐに購入を決めてしまいました」
室内では天井から“謎の粉”が降り、エンジンスタートにも難ありだったディノや、同時期に所有していた12気筒フェラーリ512のように、キャブのポイントを足で探るような儀式を経る必要もなく、そのランチア・ストラトスは事も無げにエンジンがスタートした。
「前のオーナーさんが5年かけて丁寧にレストアされたということで、問題がない。強いて言えば、暑いぐらい。ドアを開けた時になんというか、男の匂いがしたのですよね。だから歴代オーナーの皆さんが相当に汗をかきながら乗られてたのだろうと(笑)」
真夏の納車となり、男の濃度が上がりきったところで路上へ繰り出すと、ディノのときとは一味違った『あれは何だろう?』という不思議なものを見るような視線を集めた。エンジンの始動は良いが1速にシフトが入りにくく2速発進を何度か強いられる。「急ハンドルだけは気をつけて下さい」と言われたハンドリングも、自分にとっては「ラリーで活躍したことを伝えてくれる性能とキビキビしたハンドリング」とそのクルマの歴史を僅かな時間で感じ取ることが出来た。
「車高が低くて乗るときはほぼ毎回頭をぶつけます。あとは窓が非常に面白くて、ドアを閉じたまま窓を閉めようとすると何かに引っかかって一番上まで上がらないのですね。窓を開ける時はネジのようなものをリリースすると窓がストンと落ちて簡単なのですが、閉めるときはドアを開けて窓を持ち上げて、ネジを締めこんで固定しなければなりません。あとドアの横にヘルメット入れがあり、以前からそれを聞いていましたので納車の時にヘルメットを用意していきましたが……入らない(笑)。昔の小振りなジェット式でないとスペースが小さくてダメみたいです」
「あとは2速発進がたまにありますので、踏切で止まったら……とか坂道発進でエンストはカッコ悪い、など自分なりに緊張感あふれる運転をしている程度で大きなトラブルはないです。もともといいクルマですのできちんと調整したら、その状態を維持できるクルマかと思います。ゴムのパッキンがいい感じにアバウトで洗車したらトランクが水漏れしていた、とかは気にしないで(笑)」
実は子供の頃に憧れた“4連ライトポッド”を付けようと考えた時期もあったが、本場イタリアのヒストリックラリーを見に行った際、識者に「穴を開けるなら最初からライトポッド付きをもう1台買ったほうがいい」などとアドバイスを受け、考えが変わった。
「今の段階から娘にストラトスを見せているのですが、嫌いではないみたいでして。どうやら一番好きなのは別に持っておりますアバルトみたいなのですが、もしも引き継いでもらえるのでしたら、引き継いでもらいたい1台です……と言いましても、まだ3歳ですけどね(笑)」
そう語りつつ、「でも変な彼氏が出来ちゃってね、その彼氏に運転させてうっかりぶつけられたりしたらどうしよう(笑)」と思い悩む笑顔は、最高に幸せなお父さんそのものだった。