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『ルーム』『ムーンライト』『エクス・マキナ』……独立系製作・配給会社「A24」飛躍の理由

2017年09月05日 13:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『エクス・マキナ』(2016年6月日本公開)、『ルーム』(2016年4月同)、『ロブスター』(2016年3月同)、『ムーンライト』(2017年3月同)ーーアカデミー賞、カンヌ国際映画祭、ゴールデングローブなど、ここ数年の欧米の主要映画祭や賞レースを賑わわせてきたこれらのタイトルは、それぞれ全く違う監督やジャンル、テーマ、トーンで、一見何の繋がりもないように見えるかもしれない。ある1つの共通点ーー製作とアメリカ国内配給に関わったA24という会社の存在を除いては。


 「エッジー」「スタイリッシュ」「ザイトガイスト」など、彼らが配給する映画は、よくこのような言葉で表されるが、大規模フランチャイズ作品や、テレビドラマの好調に押されて、少しばかりの閉塞感のあるアメリカのインディ映画界で、この会社が今躍進を続けている訳はどこにあるのか。


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 A24はニューヨークを拠点とした独立系の製作・配給会社で、当時まだ30代半ばのエグゼクティブたちーーダニエル・カッツ、デイビッド・フェンケル、そしてジョン・ホッジズの3名ーーによって、2012年8月に設立された。その最初期に配給されたタイトルの一つである『スプリング・ブレイカーズ』(2013年6月日本公開)でその存在を知らしめて以来、競争の激しいハリウッドのマーケットに、非常にユニークで上質な映画を送り込んできた。


 現代社会で急速に進化するAIの怖さと同時にヒューマニティとは何かを問うた『エクス・マキナ』、小さな部屋での監禁から逃げ出し、自由になったある親と子の外の世界への適応を描いた『ルーム』、45日以内にパートナーを見つけられなかった独身者は動物に変えられる、という抑圧された社会で繰り広げられるシュールなコメディ『ロブスター』、そして2017年の第89回アカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』はマイアミの貧困層で、黒人そしてゲイという二つのマイノリティとして生きる少年の成長を美しく、そして力強く描いている。


 これらを配給してきたA24は、急速にハリウッドでもっとも重要な会社の一つに仲間入りした。その作品を通して、我々はマイルズ・テラー、アリシア・ヴィキャンデル、ブリー・ラーソンなど、実力派俳優のブレーク直前の姿を、あるいはジェームズ・フランコ、コリン・ファレルのようなすでに確立した個性派の俳優のさらに面白いパフォーマンスを目の当たりにしてきた。


 失礼を承知ながら正直に言ってしまうと、普段映画を観る時に観客の方々が映画の配給会社を意識することはあまりないのではないだろうか。監督、キャスト、作品によっては原作あたりが、気にかける情報としてはいいところだろう。しかしながら配給会社は国内外のマーケットから隠れた宝石を、あるいは誰もが狙っている話題作を交渉の末に獲得して、配給するという非常に重要な役目を持っている。製作予算2億ドルを越えるスーパーヒーローものの大規模作品から、ベストセラー小説の原作ものまでの幅広い作品を戦略的に配給し、わずか6社でアメリカにおける興行収入の約80%を占めるメジャースタジオと違い、独立系の製作会社・配給会社の多くは予算1500万ドル以下の、いわゆる低予算の映画を扱う。


 彼らはそれぞれホラーやLGBTQもの、あるいはアジア系作品専門など、特徴的なブランディングや得意なジャンルを持っている場合が多く、各社は興行収入ではスタジオ6社が占める80%を引いた残りの20%をめぐってしのぎを削っているので、競争は熾烈である。また、カンヌやサンダンス、トロントなどの映画祭におけるプレミア上映での評判が数少ないマーケティングツールとなるインデペンデント映画の多くは、大規模なマーケティングキャンペーンを展開することもできない。そこで成功するためには的確なターゲットオーディエンスの見極めと、彼らの期待を裏切らない質が必要となる。


 A24の配給作品を見ると、確かに1500万ドル以下の予算の作品がメインだが、その配給作品は『イット・カムズ・アット・ナイト(原題)』のようなホラーから、ラブコメ、ヒューマンドラマ、さらには2011年に亡くなった歌手のエイミー・ワインハウスを追った『AMY エイミー』のようなドキュメンタリーまで幅広い。A24が特化しているのは、その時に特有の社会状況や精神を反映した「ザイトガイスト」な質であり、際立つユニークさと高いストーリー性なのである。そしてそれを追求するため、A24は配給のみではなく製作にも携わり、さらに2015年からはテレビドラマの製作にも乗り出した。


 一方、質の高さでは決して期待を裏切らないA24であるが、例えば同じく独立系配給会社のIFCによる『6才のボクが、大人になるまで』や、(メジャースタジオの傘下ではあるが)低予算アート系映画を製作・配給するFox Searchlightによる『ぼくとアールと彼女のさよなら』など、より幅広いオーディエンスが気軽に見られるような作品は少ないと言える。A24の作品は、ターゲットが明確だし、観る者にその作品の世界観に飛び込むための覚悟を求める。観た後にそのメッセージ、テーマなどを深く考えさせられる作品が多い。ワインと会話の為のただのバックグラウンドとして上映しておくことなど、許されない作品なのだ。それもひとえに作品の質の高さを追求した結果なのだろう。


 ところで、2010年以降ハリウッドのマーケットは、NetflixなどのSVODという劇場公開への強力な競争相手が出現する一方、メジャースタジオはこれまで以上にビッグタイトルへと力を注ぎ、新しい独立系配給会社を温かく迎えるような環境にはなかったはずだが、A24には21世紀に設立された若い会社らしいところもしっかりと見える。それがデジタルスペースとの向き合い方である。


 代表例の1つは『エクス・マキナ』のマーケティングキャンペーンで、この作品がSXSW映画祭で上映されたとき、主人公のAvaが人気出会い系アプリの一つであるTinderに現れ、マッチした相手を、メッセージを通じて映画のウェブサイトに導くキャンペーンが話題になった。また、今年3月にはNetflixに並ぶデジタルストリーミングの大手であるAmazon Studioとのパートナーシップ契約が延長されたことが発表された。この契約はもともと2013年に結ばれたもので、アメリカではA24の作品は劇場公開の後、Amazonプライムでのストリーミング配給が確保されている。長く続くインデペンデント映画の苦境をものともせず、映画という媒体が持つ2面性ーーアートと娯楽ーーの両方を高いレベルで実現すると同時に、新しいテクノロジーを使ってミレニアル世代の映画ファンの注意を確実に引くことは、21世紀に新しくできたA24だからこそ可能な戦略であるだろう。


 その設立以来、日本未公開作品も含め、A24は年間約12本のペースでアメリカ国内で映画を配給してきたが、2016年には18本へと数をのばした。設立から5周年を迎えた2017年もアメリカ国内ではまだ5本の公開が予定されているし、来年以降も大いに注目すべき作品が控えている。決して好況とは言えないインデペンデント映画の世界であるが、エッジのきいた作品を次々と世に出してきたA24の快進撃は今後も続くのだろうか。短期間でハリウッドの中での「勝ち組」へと駆け上がった彼らーーこの先もさらにスタイリッシュで深みのある作品を提供し、インディ映画のさらなる発展へと貢献してくれることを期待したい。(田近昌也)