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『コード・ブルー』ヒットに導いた仕掛け人、増本淳プロデューサーの手腕を読む

2017年09月04日 10:22  リアルサウンド

リアルサウンド

 『コード・ブルー』(フジテレビ系)のプロデューサー・増本淳と脚本家の安達奈緒子の名前を最初に意識したのは、2011年に放送された『大切なことはすべて君が教えてくれた』(フジテレビ系)という連続ドラマだ。設定だけみるとよくある学園ドラマなのだが三浦春馬が演じた高校教師の造形が面白く、好青年で言っていることは正論なのに「何か腹が立つ」という、いそうでいなかったキャラクターだったのが、最初に気になった。


参考:浅利陽介が語る、チームの中でのポジション 「『コード・ブルー』の箸休めになれば」


 とにかく展開が早いのがドラマの大きな特徴で、見た目がよくある学園ドラマだったからこそ、異常なものを見せられているという驚きのあるドラマだった。


 その後、『文化時評アーカイブス2012-2013』(メディアファクトリー)というムックで増本と安達にインタビューする機会があったのだが、その時、増本は『大切』というドラマの作り方について以下のように語っていた。


――今の連ドラで、新人の方が全部書くこということは中々無いと思うので、大抜擢だったと思うのですが。


増本:結果的に全部書かれたという感じでしたね。『大切』は毎週、新人の方々にコンペで書いていただいて、全10話、つまり第10レースまであるグランドツアーみたいな感じだったんですよ。


――では、途中で変わる可能性もあったということですか!?


増本:ありましたね。第一話の前半までのプロットは僕が大体を決めて、この内容でみなさん書いてくださいってお渡ししていました。10人くらいの作家の方がエントリーしていて、毎日、安達さんの作品が一番面白かったので採用したのが、最後まで続いたので、全話書いたことになったという感じです。


――安達さんは、コンペ方式についてはご存知だったんですか?


安達:私は三話くらいまでかな……(笑)それ以降は、他の方がいたのは知りませんでした。


増本:「あなただけですよ」と、ずっと言い続けていましたので。すごい作家が現れたなぁと思いましたよ。これだけ丸投げして、書けるわけですから。


 おそらく『大切』の異様な展開は、その瞬間、一番面白いアイデアを出し惜しみせずにぶち込んでいたからこそ生まれたのだろう。メインの脚本家が書けなくなった時のために別の脚本家が控えていることは、どのテレビドラマでもあるとは思うのだが、増本がやったことは、それとは別のものだ。ともあれ、増本の無茶振りとも言える要求が、安達奈緒子の脚本家としての才能を開花させたことは間違えない。


 また、二人がどのようにドラマを作っているのかについて、安達は以下のように語っている。


――安達さんのドラマが持つスピード感と、先が読めない展開は、どこから来るのですか? 一話の体感時間は濃密だけど、物語りはどんどん進んでいくじゃないですか。


安達:多分、増本さんが求めているスピード感だと思います。脚本の作り方でいうと、私はひたすら、打ち合わせで出てきたアイデアを物語にし続けて増本さんが良し悪しを判断するという感じです。「これもいいよね。でも、あれも有りだね」と言われると書く側はわからなくなるけど、「これ違う」って言われたら、捨てればいいじゃないですか。だから船頭として物語のルートを選んでいるのは、増本さんだと思います。多分、私一人で書いたら主張ばかりのエンターテイメント性の無いものになってしまうと思うんですよ。そこはいつも、みなさんに助けていただいてます。


 『大切』のコンペ方式と同様、とにかく無数の選択肢と情報を事前に用意して、いかに無駄なものを捨て、最適解に辿りつくかというトライ&エラーを延々と繰り返しているのだろう。言葉にするのは簡単だが、実際におこなわれている作業の様子を想像するとゾッとするものがある。


 こういった作り方は週刊連載の漫画のようで、二人の関係は漫画家と編集者に近い。


 ドラマの作り方は上記のやりとりで納得できたのだが、一方で引っかかるのが、作品の根底にある作家性のようなものだ。


 それは「仕事と子育て」の描かれ方に強く現れている。


 例えば『コード・ブルー』の第五話で描かれた、フライトナースの冴島はるか(比嘉愛未)が、流産する場面。


 劇中では突然の流産から、立ち直って仕事に戻っていく冴島の姿が描かれたのだが「彼女の行動についていけない」という意見も少なくなかった。


 ワーキング・ハイとでも言うような、働いている時の高揚感が増本と安達のドラマでは描かれることが多い。そこで描かれる仕事や子育てに対する意識は妙にストイックで息苦しく、見ていて辛くなることも多い。もちろん苦しさの先にある喜びをちゃんと描いているので娯楽作品として成立しているが、見ている側にとっては負荷が強い。このストイックで容赦がない物語を展開できることこそが安達と増本のドラマが持つ最大の魅力なのだが、優しい物語に慣らされた今の視聴者は付いてこられるのだろうか? 


 ハードさが増していく『コード・ブルー』を見ながら、そんなことを心配している。(成馬零一)