トップへ

クリストファー・ノーランの到達点『ダンケルク』を観る前に復習しておきたい、00年代以降の「スペクタクル大作」10選

2017年09月02日 12:03  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 クリストファー・ノーラン監督の最新作、『ダンケルク』の公開が近づいてきた。第二次世界大戦におけるダンケルクでの攻防と撤退を描いた本作は、海外ではノーラン・ファンが過去最高レベルの大賛辞を送っているだけでなく、これまでノーラン作品に対して、主に好き嫌いを理由に煮え切らない評価を下してきた一部の批評家たちをも問答無用にノックアウトした。


 出世作『メメント』(2000年)以降、ノーラン作品で最もコンパクトな106分という上映時間で展開される、史実に沿ったエモーショナルなストーリー。銃声や爆撃機のこれまで他の映画で聞いたことがないリアルな音響&音圧。盟友ハンス・ジマーの手がけたネクスト・レベルと言うべき荘厳な劇伴。フィオン・ホワイトヘッド、ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズといったフレッシュなキャストと、トム・ハーディ、キリアン・マーフィーらノーラン常連組、ケネス・ブラナーやマーク・ライランスといった英国の名優たちが織りなす鉄壁のキャスト・アンサンブル。『ダンケルク』が「特別な映画」である理由を列挙していけばきりがないが、まず誰もが圧倒されるのは、映画の本質である「スクリーンに映っているもの」が持つ空前絶後の迫力だろう。


 9月にはスターチャンネルで『メメント』から『インターステラー』まで、つまりノーランの2000年以降の歩みを振り返る「クリストファー・ノーランの世界」という特集が組まれている。『ダンケルク』でスペクタクル映画の定義を更新してみせたノーランだが、もちろん、それは一朝一夕に成し遂げられたものではない。その道程を改めて検証するには最適のタイミングだ。


 本稿では、そんなノーラン特集のサブテキストとなることも意識しつつ、『ダンケルク』という歴史的到達点にいたるまでの、ノーランと同時代に世に送り出されてきたスペクタクル映画の進化と変遷を振り返ってみた。フィルムかデジタルかの選択、商業映画におけるIMAXカメラの導入、2Dと3Dの主導権争いといったせめぎ合い。きっと、今後スペクタクル映画の歴史は、「『ダンケルク』以前」と「『ダンケルク』以降」の軸で語られていくことになるだろう。


■『グラディエイター』(2000年) 監督:リドリー・スコット 撮影:ジョン・マシソン


 「スペクタクル映画」と言われて、映画ファンなら誰もが思い起こすのは『ベン・ハー』(1959年)、『スパルタカス』(1960年)、『アラビアのロレンス』(1962年)、『クレオパトラ』(1963年)といった50年代後半から60年代前半にかけて集中的に作られてきた史劇スペクタクル映画の数々だろう。当時の撮影カメラやフィルムの技術革新と足並みを合わせて生み出されたそれらの作品は、しかし、70mmフィルム撮影によって費やされる膨大なコスト、インフレ的に長くなっていった上映時間などによって、やがて製作サイドからも劇場サイドからも観客サイドからも敬遠されるようになっていく。


 既に『1492 コロンブス』(1992年)で史劇映画の世界に足を踏み入れていたリドリー・スコットは、155分(完全版は172分)にわたってローマ帝国の剣闘士の復讐劇を描いたこの『グラディエイター』で、2000年代においても史劇スペクタクル映画というジャンルが興行的にも批評的にも、まだ有効であることを証明してみせた。特に大観衆で膨れ上がったコロッセウム(大闘技場)での決闘シーンは、世界中の観客が忘れかけていたスペクタクル映画の醍醐味そのものだった。撮影監督のジョン・マシソンは、その後も同じリドリー・スコット作品『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年)をはじめ、『47RONIN』(2013年)や『キング・アーサー』(2017年)などで、史劇スペクタクル映画のスペシャリスト的な役割を担っている。


■『ダークナイト』(2008年) 監督:クリストファー・ノーラン 撮影:ウォーリー・フィスター


 1960年代に開発されて、『アラビアのロレンス』などの撮影で使用されたパナビジョン社Super Panavision 70を最後に、それ以上のコストをかけてフィルムの解像度を上げるニーズもなく、進化が止まっていたフィルム撮影技術。その進化を引き継ぐこととなった新しいフォーマット、IMAXのフィルムが世界で初めて一般上映されたのは、実は1970年の大阪万博だった。しかし、膨大なコストと、何よりも撮影に巨大なIMAXカメラを必要としたため、それから長い間、一般の劇映画での撮影で使用されることはなかった。


 他でもない、その「IMAXカメラでの撮影」という禁断の領域に商業映画で初挑戦した作品が、ノーランの代表作にして、当時、日本を除くほとんどの国で爆発的なヒットを記録した『ダークナイト』だった(それまでIMAXシアターで上映されてきた商業映画はIMAX方式にアップコンバートされたものに過ぎなかった)。本作が映画史的に極めて重要である理由の一つは、本作が大ヒットしたことがきっかけとなって、映画のスペクタクルとしての魅力を存分に堪能できるIMAXシアターの需要が見直されて、現在に至るまで各国で新たなIMAXシアターが数多く作られていることだ。革新的な作品は、作家の野心や欲望によって生み出すだけでなく、ちゃんとヒットまでさせて初めて歴史的な意味を持つ。ノーランはまさに自身の作品によって、『ダンケルク』への道を切り開いてきたわけだ。


 上映時間152分のうち、IMAXカメラで撮影されているのはアクション・シーンを中心とする約28分。つまり全編の約18%。ここから作品にとって必要と判断されたすべてのシーン、全編の約75%がIMAXカメラで撮影された『ダンケルク』まで、10年越しのノーランの闘いが始まった。


■『ザ・マスター』(2012年) 監督:ポール・トーマス・アンダーソン 撮影:ミハイ・マライメア・Jr


 70mmフィルムからIMAXへの進化というのはごく一部の「超大作」だけの話。この時期、映画界全体が共有していたのは、撮影においても上映においてもフィルムからデジタルへの移行がもはや決定的な流れとなり、映画界全体からフィルムが消えてしまうのではないかという危惧だった。そんな中、ポール・トーマス・アンダーソンの強い意向によって65mmフィルムで撮影(一般的に使われることが多い70mmフィルムという呼称はフィルムの両端に記録された音声トラックを含めた上映時のサイズのことで、カメラでの撮影時は65mmのフィルムが使用される)された本作は、フィルム撮影だけが表現することのできる格調を、スクリーンいっぱいに広がる映像で多くの映画ファンに改めて思い出させることとなった。


 撮影監督として起用されたのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の近作でも息をのむほど美しいフィルム撮影を手がけてきたルーマニアのミハイ・マライメア・Jr。ポール・トーマス・アンダーソンは本作で65mmフィルムを用いた理由として、作品の時代設定と同じ時期のアルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(1958年)や『北北西に進路を取れ』(1959年)と同じフィルムで撮影したかったと説明。続く、70年代が舞台の『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)では、当時よく使用されいてた35mmフィルムで撮影。さらに、昨年発表されたレディオヘッドの新曲「デイドリーミング」のミュージックビデオも35mmフィルムで撮影していて、そのフィルムを日本を含む世界各国の今でもフィルム上映が可能な劇場に無償で送りつけるという粋な計らいをしてみせた。


■『007 スカイフォール』(2012年) 監督:サム・メンデス 撮影:ロジャー・ディーキンス


 抗うことのできないデジタル化の波は、『007』シリーズのような伝統的なシリーズ(前作『慰めの報酬』からデジタル撮影に移行)、そしてロジャー・ディーキンスのような名撮影監督にとっても例外ではなかった。しかし、本作におけるロジャー・ディーキンスの仕事が観客に知らしめたのは、デジタル撮影によってもフィルムと同等、さらにはフィルムでは表現のできない領域の美しさや深みや奥行きがあるということだった。


『007』シリーズにおけるサム・メンデスは「デジタル時代のスペクタクル映画」に極めて意識的な監督で、続く『007 スペクター』(2015年)ではノーランの『インターステラー』で世界中から注目を集めるようになったオランダの撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマをいち早く起用。全編の撮影を最新鋭の4Kカメラでおこなった。


■『ゼロ・グラヴィティ』(2013年) 監督:アルフォンソ・キュアロン 撮影:エマニュエル・ルベツキ


 ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』(2009年)は、それ以前の3D作品がすべてインチキに思えるほどの圧倒的な3D表現に到達していて、それは確かに映画の技術に大きな革命をもたらすものだったが、映画のスペクタクルという観点で言うと、もはや別物。限りなくCGアニメーションに近い印象を与える作品だった。


 『アバター』の衝撃から4年、そんな最新3D技術のスペクタクル映画としてのポテンシャルを引き出すことに成功したのが、アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラヴィティ』だった。宇宙空間を舞台とするスペクタクル映画としては、それまでスタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』(1968年)が不朽の名作としてそびえ立っていたわけだが、風呂敷を広げまくった同作とは対照的に、『ゼロ・グラヴィティ』は物語としては極端にミニマルでありながら、漆黒の宇宙空間の恐ろしさを3D表現によって観客に「体験」させるという、新たなスペクタクル映画の領域を開拓してみせた。


 撮影監督は、ロジャー・ディーキンスと同様、フィルムの時代から名カメラマンとして名を馳せながら、デジタルへと躊躇なく移行し、デジタル時代の映像表現の先端に立っているエマニュエル・ルベツキ。本作でアカデミー撮影賞を受賞した後、3年連続(2014年は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、2015年は『レヴェナント: 蘇えりし者』)で同賞を受賞するという偉業を成し遂げた。


■『インターステラー』(2014年) 監督:クリストファー・ノーラン 撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ


 『ダークナイト』の次作、『インセプション』(2010年)では予算の都合上断念(それでも素晴らしいスペクタクル性を持った作品だったが)したIMAXカメラでのフィルム撮影。しかし、続く『ダークナイト ライジング』(2012年)では全編の約44%となる72分、そして本作『インターステラー』では全編の約36%となる60分でIMAXカメラを用いたノーラン。この頃はまだ、『アバター』の世界的大ヒットによってエンターテインメント大作の主流は3D&デジタルへと移行すると多くの人が予想していたが、ノーランはあくまでも2D、フィルム、そしてIMAXのフォーマットにこだわった。


 ノーラン自身が『2001年宇宙の旅』から直接的な影響を受けたと明かしてしる終盤の宇宙&異空間のスペクタクル性も見事だが、合理的な判断によって一旦は途絶えたとされていた宇宙開発に人類の未来を託すという、その物語に込められたロマンティシズムに強く胸を打たれる。それはまるで、デジタルへの移行に抗いフィルムに映画の未来を託し続ける、映画作家ノーランの叫びのようでもあった。


■『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年) 監督:ジョージ・ミラー 撮影:ジョン・シール


 映画のスペクタクル性にとって最善なのはフィルムか?デジタルか?という問いかけに正解はなく、それぞれの映画作家にとって、そしてそれぞれの作品にとって、最適な方法があるに過ぎない。70~80年代を代表するアクション映画『マッドマックス』シリーズの30年ぶりの新作となる本作で、久々に監督復帰を果たしたジョージ・ミラーが選択したのはデジタルだった。気候条件の厳しいアフリカのナミビアでの長期撮影、480時間以上に及ぶ撮影素材、同時に多くのカメラを回してそれを後から編集することで生み出される激しいアクション・シーンのリズム。いずれもデジタル撮影でなければ実現できないことであり、それを突き詰めたことによって、本作はアクション・スペクタクル巨編の新たな金字塔を打ち立てることとなった。


 ジョージ・ミラーは自身にとって理想のバージョンとして、本作のモノクロ版となる『マッドマックス 怒りのデス・ロード〈ブラック&クローム〉エディション」も製作。2017年に日本でも劇場公開された。全編をモノクロに変換した上で、白と黒のコントラストを極端に強めた斬新なカラーコレクション(色彩補正)が施されていた同バージョン。監督の個人的なビジョンを反映させたこのような「バージョン違い」が実現可能なのも、デジタルならではのメリットと言えるだろう。


■『ジュラシック・ワールド』(2015年) 監督:コリン・トレヴォロウ 撮影:ジョン・シュワルツマン


 VFX技術や3D技術の進化について語られることが多い『ジュラシック・ワールド』だが、本作がコリン・トレヴォロウ監督の強い意向によってフィルムで撮影されていることはあまり知られていないのではないか。本作のルーツとなるスティーヴン・スピルバーグ監督『ジュラシック・パーク』(1993年)はCG技術の革新によって、当時の映画界に大きな変革をもたらした歴史的な作品であったが、本作は『ジュラシック・パーク』と同じように映画界全体へのインパクトを目指した作品というより、原点である『ジュラシック・パーク』のテイストをフィルム撮影によって引き継いだ作品である。


 そしてそれは、同年末に公開された『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の先駆けとも言える、エンターテインメント映画史における一大転換点でもあった。『ジュラシック・パーク』におけるCG技術の発展が引き金となって、1999年から2005年にかけて公開されたジョージ・ルーカス監督による『スター・ウォーズ』新三部作。全編でCG技術が駆使されていたそれらの作品とは対照的に、極力CGが廃して35mmフィルムと一部IMAXカメラによって撮影されたJ・J・エイブラムス監督の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』は、少なくともスペクタクルに主軸を置いた映画製作において、デジタルへの移行はたった一つの答えではないことを示した。フィルムに強いこだわりのあるトレヴォロウ監督が、『スター・ウォーズ』現行3部作の最後の作品「エピソードⅨ」の監督に抜擢されたのは必然だったのだ。ちなみに、「エピソードⅨ」の撮影では65mmフィルムの採用が検討されているという。


■『ヘイトフル・エイト』(2015年) 監督:クエンティン・タランティーノ 撮影:ロバート・リチャードソン


 「フィルム撮影による映画本来のスペクタクルの復権」という点において、近年最も挑戦的な作品と言えるのが、全編65mmフィルムで撮影し、西部劇映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネまで起用してみせた、クエンティン・タランティーノ監督の最新作となる本作だろう。


 2014年、タランティーノはノーランやJ・J・エイブラムスらと共に声をあげ、コダック社がフィルムを製造しているニューヨーク州ロチェスターの工場の閉鎖を阻止。各映画会社に働きかけて、コダック社から年間4億5,000万リニアフィート(約1億3,716万メートル)のフィルムを買い取ること契約を取り付けた。いわば本作は、タランティーノがその時の約束を果たした作品でもあった。


■『ダンケルク』(2017年) 監督:クリストファー・ノーラン 撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ


 『ダークナイト』の項でも前述したように、全編フィルム撮影、そしてその約75%がIMAXカメラで撮影されている『ダンケルク』。エンターテインメント大作の監督を代表するポジションにありながら、時代に逆行するかのようにフィルム撮影と2Dにこだわってきたノーランは、本作でスペクタクル映画史に新たな1ページを刻むのと同時に、映画界全体の時代の流れをも変えるかもしれない。


 先日、IMAX社のCEOグレッグ・フォスターがThe Hollywood Reporterの取材で「観客は明らかに3Dよりも2Dを好んで観ている。今後IMAXシアターでは3D映画よりも2D映画を優先して上映する」と明かして、大きな波紋を呼んだ。全世界的にストリーミングによる映像配信が勢いを増している現在、「映画館で映画を観る」ことの意味を根底から問い直した時、そこで浮かんでくるのは映画の根源的な魅力である「スペクタクル」の価値だ。そして、それが最大限に発揮されるのは、10年前からノーランがずっと主張していたように「フィルム撮影による2D映画」ということが、観客側、さらに劇場側にとっても共通認識になりつつある。


 実物の戦闘機を飛ばし、墜落用の機体を自前で作って実際に墜落させ、博物館に展示されていた当時の駆逐艦を海に浮かべ、それらすべてをIMAXカメラで撮影した『ダンケルク』。ノーランのこれまでの歩みを振り返った上で、その到達点である本作を映画館で観ることは、映画の歴史が動いた瞬間を、21世紀の世界に生きる我々がリアルタイムで目撃することに他ならない。


★『ダンケルク』を鑑賞する前に クリストファー・ノーラン 監督作品の歩みを振り返りたい方はスターチャンネルの『新時代の巨匠クリストファー・ノーランの世界』をチェック!


(宇野維正)