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ヤなことそっとミュートはアイドルシーンで異彩放つ存在に? “歪んだ音”が与えるインパクト

2017年09月01日 10:42  リアルサウンド

リアルサウンド

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 夜空を旋回する4機の飛行体か、はたまた深海にたゆたう4つの生命体かーー。


 ヤなことそっとミュートのライブを観ているとそんな感覚に見舞われる。暗闇の中、白を纏い、マントを翻しながら舞う姿は神秘的で美しく、ときに猛り狂う姿は人間的で勇ましい。


 ヤなことそっとミュート(以下、ヤナミュー)は、激しいロックを打ち出したグループも珍しくなくなった現在のアイドルシーンの中でも異彩を放っている。音楽性とサウンドの土台となっているのはグランジやシューゲイザーといったオルタナティヴ・ロック。攻撃的ながらもどこか内包的な趣のあるロックと真っ白な衣装を着たメンバーが、一般的なあでやかできらびやかなアイドルとは相反する、退廃や耽美と神秘性を合わせたような混沌とした非現実的世界観を創り上げているのだ。


「ヤなことだらけの日常をそっとミュートしても何も解決しないんだけど、とりあえずロックサウンドに切ないメロディーを乗せて歌ってみる事にする。」


 一見何を言っているのかわからないこのコンセプトも、人によっては心の隙間にスッと入ってきてしまうことだろう。得体の知れない焦燥感に駆られながらも、聴いているとなんとなく落ち着く、そんなグループだ。


 耳にへばりつくようなギター、地を這うようなベース、有機的な暴れっぷりを生み出すドラムが絡み合って、ギシギシと大きな軋みを立てながら歪んだ世界を構築していくーー。アイドルと知らずに音源だけ聴けば、間違いなくバンドと思うことだろう。デスクトップ上で完結するような音楽とはまったく異なるサウンドと音像はロックバンドのそれなのだ。実際にそうしたバンドが楽曲制作や演奏を担っていたりする。そこに「歌い手+バックバンド」という構図はなく、バンドサウンドの中にボーカルが埋もれてしまうところも少なくはない。しかし、そんな轟音の中で己の存在を知らせるかのように、歌が突き抜けてくる瞬間も多くあり、彼女たちの歌声に宿る人間らしい強さに思わずハッとさせられるのだ。


 彼女たちの歌はストレートだ。そこに可愛いらしさであるとか、歌い上げるような飾りはなく、まっすぐに歌声を響かせている。なでしこの力強さ、間宮まにの透明感を軸に、南一花とレナの多重に織り重なっていくコーラスが、蠢めく獰猛さの中に一滴の冷水を落とした様な、轟音の渦中でこの上ない美しい調和を保っているのである。


 ヤナミューの音楽を説明する上で、よく引き合いに出されるのは、90年代~00年代のオルタナティヴ・ロックバンドや、エモ、ポスト・ハードコアのバンドであたったりする。そうしたある種、マニアライクな音楽性をベースに、日本人らしい情緒のあるメロディが乗る。疾走感とキメを合わせた展開、尖ったフレージングで攻めながらも美麗な歌メロを損なわないサウンドプロダクトは、どこかヴィジュアル系黎明期のバンドを彷彿とさせたり、轟音の中で感情の赴くままに歌声を響かせる様は、負の感情を叩きつけるようなあの頃の女性ボーカルバンドのシーンを思い出してみたりする。具体的に何が似ているというわけではないのだが、なんとなくそういうにおいがするのだ。メインストリームから少しズレた、“歪んだ音”が好きなロックファンであれば、世代はどうであれ自分が聴いてきた音楽にヤナミューを照らし合せて思わずニヤリとしてしまう、そんな要素が多くあるのだ。


 8月16日にリリースされた最新作『STAMP EP』は、そうした90sオルタナティヴ・ロック色の強かった今年4月リリースのアルバム『BUBBLE』より一歩進んだ独自性のある作風になっている。蹄鉄を鳴らす早馬のごとく一気に駆け抜ける「Any」、硬派に激情を揺さぶる「No Regret」、ゆっくりと深淵をなぞっていくような静と動のダイナミズムが心地よい「AWAKE」、綺麗なコーラスワークが一筋の幸福感を与えてくれるメランコリックな「天気雨と世界のパラード」と、確実にその振り幅を広げている。なにより、格段に力強くなったボーカルにメンバーの成長をいちばんに感じることのできる作品である。


 それはライブにおいても同様だ。数を重ねるごとに研ぎ澄まされていく歌とステージング。『STAMP EP』リリースイベントとして8月13日に代官山UNITで行われた無料ワンマンライブ『STAMP ON』は、そんなグループの成長と唯一無二の存在を示し、新たな可能性をも予感させるライブだった。


 凛とした顔つきで宙を斬るような鋭さを持つなでしこ、スラッと伸びた長い四肢でしなやかなに舞うまに、キリッとした中にどこか少女のようなあどけなさが見え隠れする一花、フードで隠れる表情にどこか狂気すら感じてしまうミステリアスな雰囲気を漂わせるレナ。それぞれの個性を持った四者四様のメンバーが、激しくも美しい、“アイドルグループだからこそ”のステージを魅せていく。


 ヤナミューは、リリースのたび毎回ライブハウスでの無料ライブを行ってきた。新宿SAMURAI、新宿LOFT、そして今回の代官山UNITへと、その規模を着実に広げている。CDショップでのインストアライブよりもこうしたライブハウスを選ぶのは、ライブサウンドに対するこだわりでもある。オケでありながら、生のバンドに負けないほどの音量と音圧が堰を切ったように荒々しく襲い掛かってくるのだ。「ヤナミュー基準からしてもなかなかの爆音」「スピーカー前は耳栓あった方がいい」と事前にアナウンスされていた『STAMP ON』は、音が鳴っていない隙間でも空気が揺らすほどであり、アイドルのライブで胸がえぐられるほどの音圧を感じるとは思ってもみなかった。臨場感が溢れだす轟音の洪水と、白を纏った4人の娘が織り成す夢幻の世界ーー。それが、ヤナミューのライブだ。


 2016年に、BELLRING少女ハート(以下、ベルハー、現・There There Theres)の運営を手掛けたクリムゾン印刷による新アイドルプロジェクトとして始動。ベルハー楽曲の作曲家、アレンジャー、エンジニアからなるチーム「DCG ENTERTAINMENT」がプロデュースを担っている。音に関するプロフェッショナルが周りを固めているのだ。であるから、どこの会場であっても、いろんなグループが出るイベントであろうと、スピーカーから放たれる音の完成度は申し分ない。音量は大きいがうるさくはない、各楽器のバランスが鮮明であるから耳障りな印象がないのである。こういう音楽性のグループは、「生バンドでのライブを見てみたい」と思うことも多いが、ヤナミューに関してはその必要性すらあまり感じないほどだ。


 『STAMP ON』はリリースイベントでありながら、さらなる新曲も初披露された。「HOLY GRAiL」という、シューゲイズなギタリストなら誰もが知るエフェクトペダルを思い出すタイトル。ありそうでなかったワルツ調の、さらなる可能性を引き出すような曲だ。節目のライブに次の展開を予感させる新曲披露も恒例になっており、貪欲な姿勢を崩さずに攻め続けている。今後どのように成長、進化していくのかますます目を離すことができないグループなのだ。


 始動してから約1年、表立ったプロモーションよりも、音源とライブでその存在を知らしめてきた。今やアイドルファンのみならず、耳の早いロックファンにも注目されている。しかし、ただオルタナティヴ・ロックの息吹や潮流を感じさせるだけに収まるものではない。轟音+美メロの音楽も、4人のまっすぐな歌声も、キレのあるパフォーマンスも、ゆるさ全快のMCも、バンドでもシンガーでもないアイドルだからこそできる独自の芸術表現であり、彼女たちでしか成し得ない世界を創り上げているのだ。


 “歪んだ音”が好きで、まだ彼女たちのことを知らない人がいるのなら、ヤなことそっとミュートの轟音に溺れてみてはいかがだろうか。(文=冬将軍)