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桑田佳祐『がらくた』は素晴らしい“冒険作”だーー柴 那典のSSTV特番討論会レポート

2017年08月26日 12:03  リアルサウンド

リアルサウンド

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 8月23日にリリースされた桑田佳祐のニューアルバム『がらくた』。その発売を記念した特別番組『桑田佳祐 “がらくた”SPECIAL』が、スペースシャワーTVで8月26日20時よりオンエアされる。


 番組は、いとうせいこうをインタビュアーに迎えた桑田佳祐への独占インタビューと、討論会「がらくたの夜会」を中心に構成。討論会の出演者はいとうせいこう、大谷ノブ彦(ダイノジ)、柴 那典、R-指定(Creepy Nuts)、Licaxxx。インタビュー取材ではニューアルバム制作の貴重なエピソードが語られ、「がらくたの夜会」であがった疑問を本人に直接問いかける一幕もあるという。


 というわけで、筆者もこの「がらくたの夜会」の収録に参加させていただいた。とても貴重な体験だった。世代の異なる5人で新作、そして桑田佳祐の魅力を語り合うことで、改めて気付いたことが沢山あった。収録でのそれぞれの発言を通して見えてきたニューアルバム『がらくた』について、ここに記しておきたい(敬称略)。


まず印象的だったのは、R-指定がニューアルバムを「とてもヒップホップ的」と繰り返し語っていたこと。その理由の一つは歌詞に「パンチライン」、すなわち強力なフックを持ったフレーズが頻出することだ。その代表が、1曲目「過ぎ去りし日々 (ゴーイング・ダウン) 」の〈その名もTOP OF THE POPS/栄光のヒストリー/今では ONE OK ROCK/妬むジェラシー〉という一節。以前のアルバムのタイトルを引用しつつ、事務所の後輩の名前を歌詞に用いる。さらにそれぞれのフレーズが韻を踏んでいる。こうした言葉の使い方は、まさにヒップホップのリリックの書き方に近いと言う。


 日本語ラップの先駆者であるいとうせいこうが司会を務めるだけに、話は「符割り」、すなわちメロディに日本語をどう乗せるかというテーマにも及んだ。サザンオールスターズの登場が「ロックに日本語をどう乗せるか」という命題において一つの発明となったというのは衆目の一致するところだが、いとうせいこう自身もかなり影響を受けたという。


 新作の収録曲では、そういった桑田佳祐ならではの符割りの妙が味わえるのが6曲目「愛のささくれ~Nobody loves me」だ。哀愁あふれるイントロから跳ねたブレイクビーツが入ってくるのだが、そこに乗る歌い出しの〈ちょいとそこ行く姐ちゃんがヤバい〉でいきなり耳が惹きつけられる。リズムに対して絶妙にズラした歌い方がとても格好いい。R-指定も「巧みなフロウ」とそれを評していた。


 アルバムの印象を語る中で全員の意見が一致したのは、ソロ30年目を迎え60代に突入した桑田佳祐が、今の海外の音楽シーンの潮流にアンテナを張り、新たなサウンドの開拓に果敢に挑戦しているということ。新作の収録曲でその象徴となっているのは、やはり「ヨシ子さん」だろう。〈EDMたぁ何だよ、親友(Dear Friend)?/“いざ”言う時に勃たないヤツかい?〉〈HIPHOPっての教(おせ)えてよ もう一度(Refrain)/オッサンそういうの疎いのよ〉と歌いながら、そのサウンドはEDM以降のダンスホール・レゲエの潮流を吸収し、独自に料理したもの。その対比が痛快だ。Licaxxxもこの曲を聴いた時の驚きについて熱く語っていた。また、見逃せないのは8曲目「サイテーのワル」。オートチューンのかかったボーカル、ハードなギターリフ、シンセベースが組み合わさった先鋭的な楽曲だ。


 新しいだけではない。『がらくた』には、時代も国境も超えた様々な音楽のエッセンスが染み込んでいる。ホンキートンクピアノがポイントになっている軽快なロックンロールナンバー「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」。ドゥワップのコーラスが絶妙な味付けになっているオールディーズな「若い広場」。ハワイアンのテイストを感じる「愛のプレリュード」。スパニッシュ音楽をベースにした哀愁あふれる「大河の一滴」。“マンボの王様”ペレス・プラード楽団を彷彿とさせるスケベな色気たっぷりの「Yin Yang(イヤン)」。GSとラテンを巧みにミックスした「オアシスと果樹園」。他にも、ジャズ、ブルース、ソウル、R&B、ヒップホップなどなど、さまざまなジャンルのテイストが感じ取れる。なので収録曲のサウンドはバラバラなのだが、全15曲を通して聴くと不思議と違和感がない。全体を通じて「日本語のポップス」の旨味を感じられる一枚になっている。


 ちなみに、「ヨシ子さん」でも「EDM」「R&B」「ヒップホップ」という音楽ジャンルを示す単語の数々が歌詞の中に出てくるのだが、〈甘くジャズなど歌わずに 粋なブルースで踊らせて〉と歌う「簪 / かんざし」など、『がらくた』の他の収録曲にもそういう仕掛けがあちこちにある。他にも収録曲の中でボブ・ディラン、デヴィッド・ボウイ、スティーヴィー・ワンダーやビヨンセなど、数々のスターたちの名前が歌詞に登場するのも面白い。


 「ジャンルレス」というよりも、「ジャンルフル」という言葉のほうがピッタリくるようなニューアルバム『がらくた』。聴いていると、ポップスという入り口から「時空を超えた音楽の世界一周」に連れていってくれるような感触がある。素晴らしい冒険作だ。


 ただし。実はこの原稿の執筆時点で、筆者は完成した特別番組『桑田佳祐 “がらくた”SPECIAL』を観ることはできていない。本人がインタビューでどんなことを明かしてくれたのか。「がらくたの夜会」で語りあった疑問にどんな風に応えてくれたのか。それはオンエアを楽しみにしておこうと思う。


(文=柴 那典)