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立川シネマシティは『ベイビー・ドライバー』をどう宣伝? 局地的ヒット狙う戦略を明かす

2017年08月20日 16:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第19回は“映画館の宣伝について”という第9回で取り上げたテーマの第2弾です。


 もう観ました? この夏の期待作『ベイビー・ドライバー』。『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン』のエドガー・ライト監督の新作、と言えばわくわくする映画ファンも少なくないはず。


 毎回ぶっ飛んだ設定で楽しませてくれる監督ですが、今回の仕掛けは“アクション+ミュージカル”。主人公は音楽を聴いているときに天才的なドライビング・テクニックを発揮するという「逃がし屋」。その名は、ベイビー。


 犯罪アクション映画ながら、ロックやソウルのシブめの名曲がiPodから流れれば、リズムに合わせてカーチェイスや銃撃が始まるというミュージカル仕立て。すべてのサウンドが音楽にピシッと合っていくので、カッコ良さと気持ちよさと可笑しさで、めちゃくちゃアガります。


 前評判も高く、すでにアメリカでは大きなヒットになっていますが、今作、実は日本では40館ほどでしか上映されない、小規模な公開なのです。


 確かに、ジェイミー・フォックスやケヴィン・スペイシーという大物は出てますが、アンセル・エルゴートはまだまだ日本では知名度が低いし、実写版『シンデレラ』のリリー・ジェイムズと言っても、お客が呼べるほどのスターではありません。


 エドガー・ライト監督のこれまでの作品も、一部での評価は高いですが、大ヒット作はありません。「アクション+ミュージカル」という仕掛けも、下手をするとアクション好きも、音楽好きも、どっちつかずで食いついてこない可能性だってあります。


 ですので、興行に携わる人間なら「これちょうどいい規模だな」と感じるのではないでしょうか。まずは濃いめ映画ファンに観てもらって、そのクチコミの勢いを借りて、夏の大作が落ち着いてきたところで拡大公開していく、というのが作戦でしょう。


 こういう作品を例えばいきなり全国200スクリーンとかで公開すると、一時的な動員総数は増えても各劇場はお客さんが分散してガラガラになってしまい、ある種の“熱”が醸成されにくくなってしまいます。結局3週目あたりでどの劇場も小さなスクリーンにて夜1回とかの上映になって、長くて5週か6週で終了、という流れになりがちです。


 これが公開館数が少なければ、混雑が続くわけです。そうすれば大きなスクリーンが割り当てられ、上映回数、上映週数も増えます。


 観やすい時間は満席になる。近くの映画館でやってないからわざわざ遠出して観る。こういう面倒や手間も「評判」を生んでいく要素のひとつです。そしてネット等でどんどん作品認知度が高まっていったところで、拡大公開。確固たる作品力があれば、大きく上映していたら5週、6週で終わっていた映画が、上手くいけば10週、15週と上映されていくわけです。


 公開スクリーン数というのは、映画をヒットに導くのに大変重要なのです。


 しかし、これは配給会社のテリトリーですので、詳しいことは宣伝プロデューサーの方に譲って、僕は劇場側についての話をしましょう。


 スターは出てなくてもきちんと作品力があり、かつ公開スクリーンが少ない作品をお預かり出来る時、劇場側の熱も必然的に上がります。なぜなら大作は一劇場がどうにかしてもどうにかなるものではないですが、小さい規模の作品は「局地的ヒット」の夢があるからです。


 立川に1館しかない零細シネコンのただの一社員が、なぜこのようなサイトで、著名な方々に混じってコラム連載などさせてもらえているのか。それは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『キングスマン』『ガールズ&パンツァー 劇場版』『この世界の片隅に』等々のそれほど大きくない公開規模の作品を、その作品の興行の在り方に影響があるほど、局地的にヒットさせることに成功したからでしょう。


 夢がある、とは思いませんか?


 こういう好機は、劇場自ら作り出すのは難しいですが、回ってきそうなチャンスは逃さないことです。


 今年の夏はラッキーなことに『ターミネーター2 3D』と『ベイビー・ドライバー』の2本もありました。


 そこで“映画館の宣伝”が重要になってくるわけです。なにしろ規模が小さいということは、周囲で上映していないので商圏が拡大される、というメリットはあるものの、そもそも大きく宣伝されない、というデメリットもあるわけです。


 このデメリットを克服する方法を、考え抜くわけです。


 『ターミネーター2 3D』では、数ヶ月前から最初の『ターミネーター』のデジタルリマスター版のリヴァイヴァルを直前に仕掛けようと仕込みました。この『ターミネーター2 3D』、伝説的な作品にも関わらず、全国21館のみでの公開なのです。都内ではシネマシティと日劇の2館だけ。


 例によってベテラン音響家に調整をお願いして【極上爆音上映】を行い、前作と両方観られるということで話題を作り、『ターミネーター』の2週間上映もヒット、これでぐっと作品認知が高まった効果もあって、『T2 3D』も休日は最大劇場がそこそこ埋まる順調な興行となっています。


 そしていよいよ、8月19日(土)から『ベイビー・ドライバー』公開です。


 やはり大きく当てるならリヴァイヴァルより新作です。激混みの試写の補助席になんとか潜り込み、早めに鑑賞してシネマシティオリジナルの宣伝作戦を練りました。


 そしてホームページにアップし、かつ告知メールでお客様に送ったのが、下の文章です。メアド登録いただいている方は延べ数十万名いらっしゃいますので、このメールで今作を知った方も少なくないと思います。映画館からの宣伝メールも単なる情報だけでなく、読んでもらえるものを書き続ければ、ひとつのメディアになり得ます。


立川シネマシティ「ベイビー・ドライバー」ニュースページ


* * *
ベースの代わりにエンジンふかせ。
ドラムの代わりに銃撃ち放て。
ノイズをかき消してくれよ、iPod。
ROCK, SOUL, JAZZ, そしてHIP HOP。


まったく新しい、アクション+ミュージカル。
メロディと疾走するカーチェイス。
ビートを刻むガンシューティング。
そして、ピュアなラブロマンス。


大作の宣伝はマスコミにまかせた。
シネマシティは、都内でもたった4館でしか上映されないこの傑作を推す。
音楽とエンジンと銃声と。
meyer sound スピーカーが、グルーヴを加速してくれる。
こっち来いよ、ノせてやるぜ。


* * *


 まず最初のパラフレーズでは、音楽作品感を出すために、歌詞とかラップ調にして今作の雰囲気を描写しました。


 これは「つかみ」ですね。とにかくまずは読み始めていただかないことには始まらないので、出だしは短く、印象的にしなければいけません。


 主人公が日常会話を録音して、それをネタにリズムをのせてトラックメイクするのが趣味、ということにも掛けてあります。


 次のパラフレーズでは、本作のウリである映画の構造について説明しています。


 ここでは公式の宣伝では誤解を与えかねないということで避けたのであろう、「ミュージカル」という言葉を使用してしまいました。最初のパラフレーズで説明済みだからです。


 公式では“カーチェイス版『ラ・ラ・ランド』”という言い回しにしていますが、例えば本作に作り方が似ているやはりアクションシーンで音楽を多用する『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』は一種のミュージカルだ、と言っても見当違いとは言われないでしょうし、登場人物が歌わないじゃないか、と怒る人はいないだろうと踏んで直接的なわかりやすさを取りました。


 とはいえ心配なので、続く文章で言い回しを変えて重複させ、説明の補強を図っています。


 そして第3パラフレーズでは、このコラムの第9回でも書いた通りのことの実践ですね。ちょっと引用します。


* * *
大切にしていることは、思わず笑ってしまうようなものであること。あるいは涙がこぼれそうになるようなものであること。胸が熱くなるようなものであること。誰かに話したくなる知識や情報が含まれていること。作品への愛が伝わるものであること。つまり、きちんとエンタテイメントになっているかどうか、ということですね。


* * *


 今回もこの通りの作り方で書いています。


 まず最初の2行でシネマシティの気概と選球眼を示してファンの胸を熱くしつつ、都内でも4館でしか上映しない、という知識を含めることで、思わず「こんな面白そうなのに上映館少なすぎる」と映画ファンがつぶやきたくなるようにしてあります。ここがテクニックですね。


 下の2行は、シネマシティが作品愛をどう具体的にファンに届けるか、という説明です。音響で売っている劇場の得意分野を全力で活かしますよ、ということです。


 そして最後にキャッチコピーとしても使用している、決め台詞。


 車と音楽に、という説明は無用でしょうが、このフレーズは、句読点をはさんで6文字ずつにすることで、バランスが良く画像に配置したときにヴィジュアルが美しいことと、音としては3連符で4拍にして、最初のパラフレーズを受けるカタチで、音楽的にしています。


 また少し俺様キャラ的な言い回しにすることで、今作に多いであろう女性ファンへの訴求も狙っています。


 この文章で注目していただきたいのは、意外に細かく考えているんだな、なんてことではなく、実は映画の基本情報の説明をまったく入れてないことです。


 ニュースページには予告編動画と、公式サイトへのリンクを貼って、それで終わりにしています。


 実はすでに今夏にフェス化して仕掛けている、「夏の極上爆音上映フェス2017」の告知ページで複数本映画を紹介しているのですが、いずれも誰が出演していて、誰が監督で、どんなストーリーなのかという情報をばっさりカットしてあります。詳しいことは予告編か公式サイトを見てね、ということです。その代わりに、なぜこの作品を取り上げるのか、ということだけを記しています。これが“今の感覚”だと考えたからです。


 批判覚悟の実験のつもりでしたが、このことにツッコんだ方はほとんどいなかったですね。むしろ言われなければ気づかないと思います。


 つまりわざわざ映画館のサイトに来ている時点で、観たい方はその作品の基本的な情報はなんとなく頭に入っているか、あるいは入ってなくてその作品が気になる方は直上の予告動画を再生するわけです。


 余計なテキストを削ることによって、こちらが伝えたいことをより短く伝えられ、短いものは読んでいただける可能性があがります。


 映画館のHPを観に来るような方はすでになんらかの手段で公式の宣伝を観ている、と勝手に決めつけてしまって、映画館としては、より劇場特性を踏まえた独自の価値や意味を付加した宣伝を展開することが「局地的ヒット」を生む可能性を作ると考えています。公式の宣伝を映画館でも同じように繰り返しても、特別な新しい何かは生まれません。


 配給会社の小規模な宣伝より、自館でのチラシ配布や予告編上映や宣伝コーナー作りのほうが強い影響力があるようなミニシアターのスタッフの方からは、そんなの30年も前からやってるよ、いまさら何言ってんだ、と叱られそうですが、シネコンではなかなか出来ていないことです。


 両刃の剣になりかねないリスクもありますが、映画館が無機的な再生装置ではなく、そこに“人”がいることをきちんと打ち出せれば、そのこと自体がひとつのエンタテイメントになり、その映画館で映画を観る価値を生み出せると信じています。


 僕ももっともっと勉強して、考え抜いて、短い文章一発で、また大ヒットを生み出せるように頑張り続けます。


 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)


追記:シネマシティの「ベイビー・ドライバー」宣伝戦略が成功しているか否か、これを書いている時点ではまだわかりません。リンク先の座席の埋まり具合でご確認ください。どうしよう、偉そうに語って、最大劇場あけるのに、空席目立ってたら(笑)。(遠山武志)