1997年に開場したツインリンクもてぎ。以来、もてぎロードコースでは毎年、国内トップフォーミュラの激闘が展開され続けている。そのなかでも珠玉といえるレースを厳選し、今年のスーパーフォーミュラ第4戦もてぎを前に振り返る。
最初に取り上げるのは、スーパーフォーミュラ初年度の2013年8月に開催された同年第4戦、中嶋一貴が素晴らしい勝ち方をしたレースにスポットライトをあてる。
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全日本選手権のかかったトップフォーミュラシリーズの名称がフォーミュラ・ニッポン(FN)からスーパーフォーミュラ(SF)にかわったのは2013年のことだった。現在も使用されているワンメイクシャシーのダラーラSF14が導入されるのは翌年で、2013年は引き続きスウィフトFN09(2013年はSF13と呼ばれた)を全チームが使用、エンジンはトヨタとホンダの3.4リッターV8自然吸気、タイヤはブリヂストンというシーズンだった。
さてモータースポーツには、時に「リザルトがものを言う」レースが生まれることがある。2013年SF第4戦もてぎこそは、まさにその代表例だろう。レース内容とは関係なく、リザルトを見ただけで重みがズシリと伝わってくる、そんな一戦だ。
■2013年SF第4戦もてぎ 決勝リザルト
優勝:中嶋一貴(2012年FNチャンピオン)
2位:A.ロッテラー(2011年FNチャンピオン)
3位:L.デュバル(2009年FNチャンピオン)
4位:J-P・デ・オリベイラ(2010年FNチャンピオン)
直近4シーズンの王者が上位に居並ぶなか、強力な外国人ドライバーたちを抑えて勝ったのが一貴だった。しかもこのレース、“リザルト以上の価値”もまた内包していたのである。
レースを振り返っていこう。予選でポールポジションを獲得したのは一貴(トムス)。ただ、この週末の彼はセッティング面で必ずしも盤石の自信を得られてはいなかった。特に燃料を多く積む決勝に向けては小さくない不安も感じていた。
さらにレース直前には雨がコースを襲う。一貴も雨が苦手なドライバーではないが、後方に“ちょい濡れスリック”の状況を得意中の得意とする外国人チャンピオン経験者たちが控えるなか、ポールシッターには心中穏やかならぬところもあっただろう。
予選2番手はロイック・デュバル(チームルマン)、同3番手にジョアオ-パオロ・デ・オリベイラ(インパル)、そして同5番手にはアンドレ・ロッテラー(トムス)。名前を並べただけでも恐ろしいラインアップである(トムス、チームルマン、インパルはいずれもトヨタ勢)。
しかし一貴は素晴らしいスタートで首位をキープし、そのままオープニングラップを終えた。1周終了時、後方2~4番手の順位はロッテラー~デュバル~オリベイラに。その後もしばらく続いた“ちょい濡れ”の路面状況のなかで一貴はトップを守り続ける。
やがて雨がやみ、路面はドライへ。それでも一貴への後方からのプレッシャーがやむことはなく、4強僅差接戦の状態が続いていく。次第に4番手オリベイラが離れるも、トップ一貴が2番手ロッテラー、3番手デュバルを大きくは引き離せないままレースは後半に突入。
だが、ピットストップ攻防を経ても一貴は首位の座を決して手放しはしなかった。僚友にして最高の好敵手でもあるロッテラーからの追撃を最後まで封じ続け、一貴は見事、ポール・トゥ・フィニッシュを成し遂げる(2位ロッテラーとの最終タイム差は1.812秒)。
1~4位のオーダーは、ピットストップでの変動を除けば1周終了時のまま不動だった。一貴に関しては右フロントタイヤがすぐには外れず一瞬ヒヤリとしたピットタイミングでも首位を譲っていないため、全周回首位、ポール・トゥ・フィニッシュの完勝だ。
決勝ファステストラップ(FL)をロッテラーが記録したため、ハットトリック(ポール+優勝+FL)やグランドスラム(ハットトリック+全周回首位)ということにはならなかったが、決してセッティング万全ではないなか、ちょい濡れでもドライでも強敵3人を完封して勝った内容は極めて秀逸といえるだろう。
もちろん一貴はこれ以降も多くの好レースを演じているし、今現在以降も演じていくドライバーだ。だが、このレースこそは中嶋一貴というドライバーの凄みを凝縮して語れる名レースだった。速いだけではなく、安定したラップタイムを刻めることももちろんとして、コンディション変化にも適切に対応でき、後方からの強大なプレッシャーにも屈することなく、目立ったミスをせずに走りきれるドライバー、それが中嶋一貴なのだ。
F1レギュラー参戦を経て、2011年からSF(当時FN)を主戦場とした一貴は、これがもてぎでの初優勝。「僕が帰ってきてから、もてぎは外国人が速いんですよね。何かっていうのは特にないと思うんですけど、なんでしょうね」と語りつつ、「簡単なコースじゃないので、そこで勝てたのは自分にとって大きな自信になりました。特に今回はレースに向けての不安要素もありましたし、路面コンディションも不安定だったので、そのなかで勝てたことは大きいです」と、この1勝の価値をかみしめていた。
この頃からである。“中嶋一貴”という日本屈指の現役トップドライバーの説明に“偉大なる日本人初代F1フルタイムドライバー中嶋悟さんの長男”というフレーズを使わなくてもよくなったのは。
一貴は既に前年にトップフォーミュラ王座を獲得してもいたが、最初から最後まで緊迫感あふれる好内容の戦いの末に強敵たちを退けて難コースもてぎを初めて制した2013年SF第4戦、このレースこそは本当の意味で一貴の評価が確立したレースであった。