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クライン、マイサ、バルトラ……小野島大が選ぶ、今夏必聴のエレクトロニック・ミュージック

2017年08月14日 10:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 2カ月のご無沙汰でした。今回もエレクトロニックな新作の中から目立ったものをピックアップしていきます。夏枯れというのか、この時期はあまり大きな話題になるような新作が少ない印象もありますが、それなりに面白い作品が揃いました。また昨今の顕著な傾向ですが、サブスクリプション配信で幅広く音源を公開するアーティストが多い中、サブスクには見向きもせず限定プレスのヴァイナルやカセット等で先行リリース、そのあとでBandcampでダウンロード配信するというアーティストも増えてきました。特に海外の場合CDリリースの点数はどんどん減っている印象です。


 なお私がこの夏入手した作品で、ある意味最大の話題作はエイフェックス・ツインのフジロック会場限定45曲入りカセット『APHEX Mt. Fuji 2017』ですが、再生機器の関係で未だに聞けないままです(苦笑)。次回までには内容をチェックしてご報告したいと思ってます。


 LA在住のナイジェリア系シンガー・ソングライターのクライン(Klein)のセカンド・アルバムが『Only』 (Howling Owl Records/P-VINE)です。昨年USB、ついでヴァイナルでリリースされたものの即完売し入手困難だった作品が、日本でボーナス・トラック2曲を加え世界初CD化。エクスペリメンタルR&Bというか、アルカとソランジュとFKAツイッグスとジェイムス・ブレイクを足して、さらに濃厚なブラックネスを強化注入したような特異なサウンドは一度耳にしたら忘れられないインパクトです。ダークで先鋭的でありながら、プリミティヴで煌めくような生命感も同居したサウンドには、ゴスペルやブルース、果てはアフリカ音楽から、ベース・ミュージックやエレクトロニックR&Bに至るブラック・ミュージックの伝統という背骨が一本通っています。現在もっとも注目すべき才能の1人でしょう。


 近い将来、そのクラインとライバルになりそうなのが、ウエスト・フィラデルフィア出身のマイサ(Mhysa)。彼女のファースト・アルバム『Fantasii』は、ピットシフトした浮遊するヴォーカルと、チルウェイヴと教会音楽とソフィスティケイトされた都会的R&Bが出会って溶解していくようなレイヤード・サウンドがゆらゆらと蠢く印象的なもの。最後の曲「For Doris Payne」の後半に出てくるプリンス「When Doves Cry」の悪夢にうなされたような異様なカヴァーは強烈です。


 ニューヨークのプロデューサー/トラックメーカー、バルトラ(Baltra)のファースト・アルバム『No Regrets』(96 And Forever Records)。これまた、去年カセットのみでリリースされていた作品が、最近になってヴァイナルと配信(Bandcampなど)でリリースされました。初期シカゴ・ハウスに通じる荒々しく生々しい、いわゆるローファイ・ハウス(Lo-Fi House)の代表的なアーティストで、こもったようなざらついたダーティな音質と、叙情的で美しい上モノが融合した独特な世界観を展開しています。Bandcampではハイレゾ(24/44.1)も買えますが、クリアでレンジが広く分離のいい昨今のダンス・ミュージックとは対極にある、アンダーグラウンドの香りがたっぷりと漂うローファイ・サウンドは、一旦ハマると抜け出せなくなりそうなディープな魅力があります。


 もう1枚ローファイ・ハウス系を。ニューヨーク在住のDJ/プロデューサー、アンソニー・ネイプルズ(ANTHONY NAPLES)のアルバム『The Trilogy Naples』(The Trilogy Tapes / P-VINE)。彼がUKのレーベル<The Trilogy Tapes>に2013年から2016年の間に残した3枚のEPをコンパイルした日本独自編集盤です。初期エイフェックス・ツインのアンビエント・トラックを四つ打ちにしたようなダンス・トラック、耽美なディープ・ハウス、ムーディでメロディアスなビートダウン・ハウス、ノイジーでエクスペリメンタルなテクノなど、魅力的なトラックが収められています。前記のバルトラほどアングラな感じはなく、ポップさもあるので、取っつきやすいのではないでしょうか。


 スウェーデンのテクノ・アーティスト、アブドゥーラ・ラシームが本名アンソニー・リネル(Anthony Linell)としてソロ・アルバム『Emerald Fluorescents』を、北欧ミニマルの拠点<Northern Electronics>からリリース。徹底して音数を削ぎ落としたストイックで無愛想なダーク・ミニマル・テクノが強烈すぎです。これをしょぼいオーディオ機器で蚊の鳴くような小さな音で聴いても面白くないわけで、できれば地鳴りがするようなフロアの爆音で浴びるように聴きたくなる作品ですね。DJのためのツールとしての側面が強いことは確かですが、このヒプノティックでドープなサウンドスケープは、テクノでしか味わえない快楽があります。


 マニトバ、カリブーなどの名義で活動するダン・スナイスの、よりダンス・フロア向けに特化した別名義ダフ二(Daphni)が、定評あるDJミックスCDシリーズ「Fabriclive」に参加。『Fabriclive 93』(Fabric)は、DJミックスとはいってもミックスされる全27曲中23曲が彼自身による新曲で、残りの4曲もこのCDのためのダフ二・エディットなので、実質的にダフニのニュー・アルバムといっても差し支えないでしょう。となるとダフ二名義のアルバムとしては2年ぶりということになります。パーカッシヴでトライバルな(でも決して泥臭くはない)ハウス・ミュージックを軸にミニマル、テック、ラテン・ハウス、エレクトロニカを、歌モノからインストまで縦横に展開します。「1曲決めた後、次の曲を既にある音楽の中から選ぶ代わりに、ゼロから新しく作った」と彼自身が言うように、ダフ二にとってのダンス・グルーヴの理想型がこれということでしょう。スタジオでの収録でしょうから当然といえば当然ですが、現場の熱気溢れるというよりは、実験室で組み立てていったようなクールで端正なノリが良くも悪くも特徴のCDです。


 ドイツのプロデューサー、レイク・ピープル(Lake People)ことマルティン・ヘンケのセカンド・アルバムが『Phase Transition』(Mule Musiq)。今回は日本発の世界的レーベル<Mule Musiq>からの一作ですが、前作よりもフロア・コンシャスなディープ・ハウスに仕上がっています。デトロイト・テクノにも通じる叙情性から、アシッドなエレクトロ、IDM的な鋭角性までわりあい幅広く多彩なサウンドメイクですが、隅々まで丁寧にトリートメントされた、きめ細かく柔らかでメロディアスでアトモスフェリックなミニマル~テック・ハウスが最高に心地よい佳作です。私はCDで入手しましたが、ファットな中低域は、ヴァイナルで聴くと映えそうな音でもあります。


 オーストラリアのレーベル<A Colourful Storm>からリリースされたクロン・ダンプ(Klon Dump)のアルバムが『Klon Dump Versus The Open Air』。シングル等も含めこれがファースト・リリースで、おそらく新人と思われますが、詳細は不明です。アクフェンを思わせるポップでカラフルで歯切れのいいファンキー・ミニマル~テック~クリック・ハウスで、耳にもカラダにもグリグリと気持ちのいいダンス・トラック集となっています。 


 最後に日本人アーティストの作品を。東京在住の電子音楽家Ametsub(アメツブ)の5年ぶりの新作にあたるEP『Mbira Lights 1 EP』(nothings66)です。アフリカの民俗楽器アレイムビラをフィーチャーし、Ametsubらしい繊細で奥深い電子音響で加工・構築していった手工芸品のようなアンビエント・エレクトロニカで、ある意味でオリジナル・アルバム以上にこのアーティストの美点を凝縮したような素晴らしく美しいEPです。シーフィールやオースティン・シーザーによるリミックス入り。そういえばシーフィールも7年前にアルバム『Seefeel』をリリースしてからしばらく音沙汰がありませんでしたが、そろそろ新作を聴きたいものですね。


 ではまた次回。(文=小野島大)