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“小劇場”の世界そのまんまという贅沢! 『下北沢ダイハード』オジさんたちワチャワチャの魅力

2017年08月11日 12:32  リアルサウンド

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 テレビ東京が、7月クールの金曜深夜枠「ドラマ24」で、とんでもないことをやらかした。その名も『下北沢ダイハード~人生最悪の1日~』。“演劇の町”下北沢の小劇場で活躍する人気劇作家11人が書き下ろす、「下北沢で起きた人生最悪の一日」をテーマにした1話完結シチュエーションコメディーだ。『世にも奇妙な物語』のタモリ的ポジションとして毎回登場するのは、スナックのママと常連客設定の小池栄子と古田新太。毎週「人生最悪の一日」をさらされる顔ぶれもまた、小劇場系や下北沢に縁がある役者など、実に濃厚だ。


参考:『バイプレイヤーズ』の系譜を継ぐ『居酒屋ふじ』 役者が“本人役”を演じる理由とは


 第3話までに出てきた人たちを紹介しよう。「全裸でスーツケースに入っているSM好き政治家・神保悟志」「パンツ一丁で風俗店からの脱出を図る光石研(本人役)」「妻・麻生久美子がママ友とお茶をする喫茶店に、女装姿で現れ、別の席から手を振る野間口徹」。何これ!? 名パイプレーヤーたちがなぜか毎週裸だったり、女装だったり、画ヅラだけですでにただ事じゃない。しかも、かなり緊迫感も笑いもあり、イイ話だったりもする。チャーリー・チャップリンの言葉「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇である」を、様々な人物が、ほぼ1シチュエーションの会話劇で体現してしまうのだ。


 これまでも『勇者ヨシヒコ』シリーズや『孤独のグルメ』シリーズをはじめとし、お金や時間をかけず、アイディアで勝負してきたテレ東深夜枠「ドラマ24」が、とうとうここまできたのかと唸らされる。あるのは、巧みな脚本と演出、役者の力のみ。“小劇場”の世界を、そのまんまテレビで観られるという、大胆で、贅沢すぎる試みなのだ。


 今作と似て非なるというか、実は真逆の手法に立っているのが、今年1月から放送された同じテレ東深夜枠「ドラマ24」の話題作『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』だ。メインキャストは遠藤憲一、大杉漣、田口トモロヲ、寺島進、松重豊、光石研の6人。こちらもほぼ1シチュエーションとはいえ、バカバカしくも起伏に富んだ『下北沢ダイハード』と違い、実に平和な世界。特に何かが起こるわけではない。視聴者は、箱庭の中のオジさんたちのワチャワチャを微笑ましく見守るだけのものでもある。


 この企画が成立するのは、これまで数々の作品で多数の役を演じてきたバイプレーヤーたちだから。“誰でも知っている人”でありつつ、特定の役柄でなく、様々な人物像を持ち、“素”がわからない役者たちだ。土台として、視聴者の中に蓄えられている予備知識があるからこそ、どこまで台本なのかアドリブなのか、それとも“素”の姿なのかわからないという、虚実入り混じった楽しみがある。


 さらに、大ヒットした『山田孝之の東京都北区赤羽』や、その女性版・松岡茉優の『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』など、テレ東が手掛けてきたフェイク・ドキュメンタリーの手法が浸透してきた時代だからこそ、視聴者が楽しみ方をわかっていることもある。これは、テレビならではの、しかも今という時代だからこそできる遊びだろう。


 それに対して、『下北沢ダイハード』は、起承転結の明確な物語を軸に、限定された空間・シチュエーションで、力のある役者が演じ切る。“演劇”としてはかなり正攻法だ。しかし、それをテレビドラマにそのまま持ち込むのは、大きなチャレンジでもある。舞台の良いところであり、やや敷居が高いところは、どうしてもお客さんを選ぶこと。観るからには楽しみたい。でも、閉鎖的空間で、演者が目の前にいて逃げ場なく、その作品が肌に合うかどうかはわからない。だからこそ、なじみの劇団や公演以外のアウェイ感ある舞台に行くときは、初対面の緊張感や居心地の悪さを感じてしまうこともある。


 その点、作り手が毎回変わる1話完結モノの『下北沢ダイハード』もまた、回によって好みが分かれる部分はあるだろう。しかし、『湯けむりスナイパー』で遠藤憲一が、『孤独のグルメ』で松重豊が主演を務めてきたように、さらには『バイプレーヤーズ』で6人も揃ってしまったように、名バイプレーヤーたちを主役に据え、ドラマ好き、演劇好きを刺激してくれる「ドラマ24」の確かなクオリティへの信頼感があるからこそ、視聴者は尻込みせずに毎回趣向の異なる作品に向き合える。


 テレ東深夜の「ドラマ24」という、いまや固定客を抱えた安心できる劇場だからこそ、毎週通える、贅沢な試みなのだ。(文=田幸和歌子)