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桑田佳祐、『がらくた』で示した新境地ーーサエキけんぞうが最新アルバムを読み解く

2017年08月07日 16:03  リアルサウンド

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 桑田佳祐の最新アルバム『がらくた』が8月23日に発売される。同作は、今年ソロ活動30年目を迎える桑田が、前作『MUSICMAN』からソロとして6年ぶりにリリースする意欲作。8月6日にはソロとしては15年ぶりに『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017』へ出演、さらに10月から12月にかけて5年ぶりとなるソロコンサートツアー『がらくた』を行うなど、ますます精力的な活動を展開している。


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 NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の主題歌「若い広場」をはじめ、JTBのCMソング「オアシスと果樹園」、シングル曲の「Yin Yang(イヤン)」や「ヨシ子さん」、「君への手紙」を含む全15曲を収めた同作。『がらくた』を先行視聴したサエキけんぞう氏は、同作を紐解くポイントとして「歌謡曲」という要素を挙げる。


「2016年に放送された『偉大なる歌謡曲に感謝 ~東京の唄~』(WOWOW)が、『がらくた』のキーになっていると思います。アルバム全体を通して、桑田さんが幼い頃から親しんできた歌謡曲の下地が色濃く出ている。歌謡曲の伝統の中で、先人たちがどのように日本語を研ぎ澄ませてきたのか……これまでの日本の流行歌をすべて俯瞰していくような作業を通して、歌い方や歌詞をはじめとする言葉のひとつひとつを突き詰めた印象を受けます。サザンオールスターズとして活動を始めた頃は、エリック・クラプトンやリトルフィートといった海外のバンドへの憧れがあったと思いますが、1988年の活動再開を機に独自の境地、自分たちのポップスを突き詰める方向へと徐々にシフトしています。黒人独特のフィーリングがあるように、日本人には日本人の境地がある。ロックの幻影を追いかけるのではなく、日本人ならではの境地に向かって歩き出していて、それが「ヨシ子さん」の<日本の男達よ やっちゃえ>のような歌詞にも表れているのではないでしょうか」


 また、同氏は『がらくた』のサウンドを「洋楽、J-POP、歌謡曲を取り入れた幕の内弁当のよう」と例えた。


「タメを効かせながらもスピード感のあるボーカルが印象的な1曲目「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」では、桑田さんのロック歌手としての新境地を垣間見ることができます。また、4曲目「簪 / かんざし」には、1982年に発売された中村雅俊さんの「恋人も濡れる街角」に対する自己オマージュが入っているような感じがしますし、5曲目「愛のプレリュード」はボサノバ調の楽曲にあわせて、桑田さんの心地良いウクレレや中重雄さんのワイルドなギターが冴え渡っていました。一方、9曲目「百万本の赤い薔薇」や14曲目「あなたの夢を見ています」のようなサザン調の楽曲もありつつ、原由子さんも編曲に加わった7曲目「君への手紙」はグッとくるロッカバラードになっている。洋楽、J-POP、歌謡曲がバランス良く入っています。しかも、それらがごちゃごちゃと混じり合うのではなく、それぞれの良さを明確にしながら、且つ実験的に入っていることに驚きました。音楽制作におけるテクノロジーをふんだんに取り入れたサザンオールスターズの『葡萄』の時とは、別のベクトルで多種多様な楽曲が並ぶ1枚を作ってこられたな、と」


 また、サエキ氏は桑田佳祐の歌詞についても「新しい境地に入りつつある」と分析した。


「サザンの『葡萄』や今回の『がらくた』に関して言えば、死を乗り越えた経験が色濃く反映されていると感じました。中でも10曲目「ほととぎす[杜鵑草]」は、大病をした経験が曲に新しい命を吹き込んでいます。ポップでありながら影が見え隠れするところも、桑田さんの新しい魅力と言えますね。またWEBの特性をうまく描写している8曲目「サイテーのワル」や、音楽業界への皮肉が効いた「ヨシ子さん」のように、時代を捉えた社会風刺の切れ味もさらに増しています。「シュラバ★ラ★バンバ」を彷彿とさせる6曲目「愛のささくれ~Nobody loves me」では、桑田さん独特のいやらしさが全面に。業界全体として、リビドーやセクシャルなものをイメージさせる表現は控える傾向にある中、そういう部分にもあえて挑んでいこうとする姿勢には、表現の規制に対するある種の抵抗も感じました」


 『がらくた』収録曲のほとんどには、編曲者としてキーボーディストの片山敦夫の名前が並んでいる。今回の制作体制について、サエキ氏は次のように語る。


「片山さんは桑田さんの好奇心を満たす役割を担っている印象です。以前から実験的な音楽は作っていましたが『がらくた』ではより一層突き詰められていて、どの曲も単純なバンドサウンドでは終わっていません。特に、日本語のボーカルにあわせて考えられたリズムは、ロックンロールの枠には収まらない進化を遂げています。サザンオールスターズでは気兼ねしてできないことも、ソロ活動では向き合うことができる。ここにきて“桑田佳祐”としてやるべき課題や目標を、しっかり見定められるようになったのでは」


 桑田佳祐のこれまでのキャリアを凝縮したと言える『がらくた』。桑田にとっての節目となるのはもちろん、近年の音楽シーンにおいても、マイルストーンになりうる作品なのかもしれない。(泉夏音)