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根源的な転換期にある自動車産業とモータースポーツ。ポルシェ、アウディ、メルセデスが描く青写真は

2017年08月01日 15:52  AUTOSPORT web

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2014年のポルシェ919ハイブリッドとポルシェ911 GT3 RSR。モータースポーツはカスタマーレーシングへの転換が進むのか。
ポルシェが2017年限りでWEC世界耐久選手権から撤退することを発表した。

 2014年にル・マン24時間/WECのトップクラスへのワークス参戦を再開したポルシェは、その後の4年間に3連勝を達成。自らが有する通算優勝記録を19へと伸ばし、2位アウディの13勝を大きく突き放してみせた。短期間ではあったが、今回もポルシェはル・マンで大成功を収めた。まずはその功績を心から称えたい。

 昨年のアウディに続く大メーカーの撤退はル・マン24時間とWECにとって重大な痛手だ。これでLMP1で唯一のメーカーとなるトヨタのWEC参戦計画にも、影響を及ぼすことになるかもしれない。

 さらにメルセデスベンツはDTMドイツツーリングカー選手権からの撤退を発表。いずれもモータースポーツ活動に積極的に取り組んできたブランドだけに、その深刻な影響が心配される。

 こうも立て続けに自動車メーカーがモータースポーツのワークス活動から撤退しているのはなぜか? 各社各様の事情が関係しているのはもちろんだが、いまのモータースポーツ界と自動車産業界を俯瞰してみると、そこに時代の潮流のようなものが浮かび上がってくる。ここでは、各メーカーが相次いでモータースポーツ活動を見直している現状について、私なりの視点で考察してみたい。

 自動車メーカーがモータースポーツに参戦するのは、自社の技術力を誇示し、ブランドのスポーツイメージを強調するためだ。そのためにはF1やWECのように、高度な技術が必要となるカテゴリーへの参戦が望ましいが、そうなると車両開発などに多額の資金を要し、一説には100億円単位の予算を投じているとも言われる。

 しかし、そうして生み出された先進技術の価値や意義がどれだけ広く一般に浸透しているかといえば、はなはだ心許ない。つまり、巨額の投資に見合った効果を自動車メーカーは手に入れていないとの見方も成り立つのだ。

■自動車メーカーを圧迫するCO2削減要求と自動運転技術
 一方、各自動車メーカーは市場から突きつけられたCO2削減への要求にも応えなければいけない。ヨーロッパでは2021年までにCO2排出量の平均値を95g/km以下にすることが自動車メーカーに義務づけられており、これをクリアできないと巨額の罰金が科せられる。

 ちなみに95g/kmはガソリン車の燃費に換算すると24.2km/ℓで、通常のガソリンエンジン車でこの規制をクリアするのは極めて困難。そこで期待されているのがハイブリッドやプラグインハイブリッドといった技術だが、その開発にはいうまでもなく新たな投資が必要となる。

 さらには、アメリカの一部の州では電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)などのゼロエミッションビークル(ZEV)を一定台数販売することを義務づけたZEV法が制定済み。しかも、中国もアメリカのZEV法に似た規制の導入を検討している。つまり、今後アメリカや中国で生き延びようとすればEVやFCVの製品化がマストとなるのだ。

 もうひとつの技術的課題は自動運転だ。未来の技術と思われていた自動運転は、2017年後半にアウディが発売する次期型A8から段階的に導入される(自動運転機能のリリースは2018年)。しかも、将来的にはドライバーが乗車している必要のない完全自動運転の実用化も待たれている。

 つまり、自動車産業界はいま時代の曲がり角に差し掛かっているのだ。それも、およそ100年前に自動車が発明されてから初めて経験する、もっとも根源的な転換を迫られているのである。したがって、研究開発費がいくらあっても足りないのが、いま各自動車メーカーが置かれている立場といえるだろう。

 こうした時代に、巨額の投資をしながらその見返りが判然としないモータースポーツのワークス活動に自動車メーカーが取り組むことは、極めて難しいといわざるを得ない。唯一、彼らの未来に向けた研究開発の方向性と一致しているのはフォーミュラEで、今年限りでWECから撤退するポルシェだけでなく、アウディもメルセデスも今後はフォーミュラEに注力すると明言している。

 私自身は、フォーミュラEのエンターテイメント性を高く評価し、その将来に大きな期待を抱いているが、DTMは言うに及ばず、WECで求められるのと同等の技術力、同等のマンパワー、同等の予算が現在のフォーミュラE参戦に必要かといえば、答えは明らかに否である。

■自動車メーカーが進めるモータースポーツ活動の転換
 フォーミュラEを取材したことはまだ一度しかないが、それでも主催者やエントラントが参戦コストの抑制に懸命になっていることは明白だった。おそらく彼らは、フォーミュラEの将来性は認めていても、今はまだ巨額の投資に見合ったPR効果は期待できないと捉えているのだろう。そんな彼らがフォーミュラEに参戦しているのは、将来に備えて電気自動車によるモータースポーツの足固めを行なうのが目的と思えてならない。

 では、自動車メーカーのモータースポーツ活動がどこに向かっているのかといえば、それは『ワークス参戦』から、プライベートチームへ車両を販売するスタイルである、『カスタマーレーシング』への転換だろう。ワークス参戦と違って、スポーツカーレース用のGT3や、ツーリングカーレース用のTCRといったカスタマーレーシングであれば自動車メーカーの投資は軽くて済むうえ、カスタマーチームからの売り上げも見込める。

 モータースポーツの将来が見通せず、巨額の予算も割けないとすれば、カスタマーレーシングで当座をしのぎ、フォーミュラEなどの未来型モータースポーツが台頭してきた際には、そのときそちらに移行する……。それが自動車メーカーの描く青写真ではないだろうか?

 いずれにせよ、プレミアムブランドがスポーツイメージを強調した製品の拡充に注力している以上、自動車メーカーが即座にモータースポーツから全面的撤退するとは考えにくい。

 したがって、いずれ華やかなワークス活動が再開されることを期待しつつ、ここしばらくの日本ではスーパーGTやスーパーフォーミュラといった“穏やかなワークス活動”と、カスタマーレーシングを軸にモータースポーツを楽しみたいと思う。

文:大谷達也(モータージャーナリスト)