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森山直太朗が今、面白いことになっているーー『絶対、大丈夫』にまつわる様々な仕掛けを読む

2017年07月28日 12:03  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「森山直太朗です。歌手をやっております」


 そんな一行から始まる書き込みが、ある日Yahoo!知恵袋に投稿された。(参考:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11176744031)


(関連:森山直太朗とは、つまりどんな人物なのか? オールタイムベスト『大傑作撰』を機に改めて考える


 ユーザー名は「naotaro_m0423」。まさかの本人降臨である。ニセモノかと思いきやオフィシャルのTwitterアカウントでも告知済み。内容は6月21日から配信されている彼の新曲「絶対、大丈夫」について。この曲、配信だけでなくダウンロードコード付きの“「絶対、大丈夫」お守り”として8888個限定でリリースされているのだが、その効能を証明する方法を教えてほしいという内容だ。


 書き込みの中には「あらかじめ僕がひとつひとつ丁寧になけなしの念を入れ込んでるので、きっと絶対、大丈夫でスイートな御利益があると思います。きっと、たぶん、そこは絶対」と、彼らしい口ぶりの文章もある。


 新曲を「お守り」という形態でリリースするということ自体も異例だし、「このお守りが本当に絶対、大丈夫であることを証明する良い手立てがないか目下のところ考え中です」とアーティストみずからYahoo!知恵袋に投稿するというのも前代未聞である。


 しかも話はこれだけじゃ終わらない。ネットユーザーの多数の反応の中に、大井競馬場所属の騎手である笹川翼本人から「競馬とかどうですか?」と提案があった。そこから、森山直太朗が大井競馬場に出向くという話が進んだ。


 そしていよいよ7月26日、大井競馬場にて行われたレースにて笹川翼騎手に自腹で88,800円を賭けた森山。その模様は17:25頃からTwitterで生中継されていたが、今回は惜しくもご利益は発揮されず。レースが終わると、大井競馬場に「笹川さん、ありがとう」ポスターを貼って会場を去った。


 この一連の流れ、まさに斜め上を行く展開である。


 先日には「#彼氏に歌で起こしてもらったなう に使っていいよ」というWEB CMも公開された。森山直太朗がアカペラで新曲「絶対、大丈夫」を歌い、それを寝起きの彼女視点で捉えたという妄想ムービーだ。


 この展開、一体どういうことなのか。


 2017年でメジャーデビュー15周年を迎える森山直太朗。彼は今『絶対、大丈夫』と銘打った半年にわたるアニバーサリーツアーの真っ最中である。ファイナルは7月29日のNHKホールだ。


 新曲もそのツアーのリハ中に生まれたという。バンドマスターの河野圭を中心に、ツアー行程を共にするバンドメンバーたちとのセッションを経て完成した一曲だ。それだけに、かなりのアイデアが詰め込まれた挑戦的なサウンドになっている。


 しっとりとしたピアノから始まる曲は、5分半の長さの中で様々に展開する。森山直太朗の美声をシンプルに聴かせるAメロを経て、途中からバンドの演奏に豪華なストリングスとゴスペル風のコーラスが加わり、曲の風景は一気に変わる。「絶対、大丈夫」と掛け合いを繰り返すサビは躍動感たっぷりだ。そしてサビ終わりを雄大に歌い上げたかと思うと、後半ではギターロック的な展開に突入。テンポが速くなりドラマティックな疾走感を生み出していく。


 おそらく、この「絶対、大丈夫」という曲に特別な手応えと自信があるからこそ、森山直太朗とそのチームは様々な仕掛けを打っているのだろう。そして、思いついたアイデアをどんどん試しているのだ。波紋を起こすことで、楽曲の持つ力がどこまで一人歩きしていくのか、曲がどこまで羽根を広げて飛んでいくのか。それを見定めようという思いが本人と周囲にあるのかもしれない。


 振り返ってみれば、森山直太朗の15年は「曲が羽根を広げて飛んでいく」ことで築いてきたキャリアだったとも言える。


 ブレイクのきっかけになった2003年の「さくら(独唱)」は、決してリリース当初から話題になった曲ではない。発売初週はオリコンチャートのTOP50にも入らなかったほどだ。しかし数カ月をかけて楽曲が徐々に支持を広げ、その年の年間シングルCDセールスの4位になるほどの反響をもたらした。続いての「夏の終わり」もそう。


 これら代表曲だけでなく、2010年にリリースされた『レア・トラックス vol.1』に収録された「うんこ」や2013年のアルバム『自由の限界』に収録された「どこもかしこも駐車場」も、曲の持つ力が一人歩きしたタイプと言っていいだろう。どちらもシングルカットされた曲ではない。当然タイアップだってついていない。しかし、御徒町凧による肩の力が抜けたようでいて不思議と心に残る歌詞が、インパクトある曲名と共にじわじわと波紋を広げていった。


 結果、今の森山直太朗は他の誰にも似ていない独自の立ち位置を手にしている。圧倒的な歌声を持っている、というのは大前提。沢山の名曲を生み出してきたというのも間違いない。しかしどんなアーティストであってもキャリアを重ねていく中でイメージが固まっていくというのに、森山直太朗はしなやかにそれを突き崩した場所に立っている。バラエティ番組に出れば人懐っこい人柄と軽妙なトーク力を見せる。


 近年の彼は演技にも力を入れている。


 7月29日にはWOWOWで最終日の東京公演が生中継される。それにあわせて、開演前の17時からオリジナルドラマ『絶対、大丈夫』がオンエアされる。ドラマの舞台は、ツアーファイナル公演のNHKホールだ。森山直太朗は本人役で出演。楽屋から逃げ出してしまった彼と、事態を収拾しようと焦るマネージャーや舞台監督、ヘアメイクが織り成すフェイクドキュメンタリータッチのコメディだ。ゲスト出演には母親役の森山良子やタクシー運転手役の綾小路 翔(氣志團)も顔を揃える。相当手の込んだプロジェクトだ。


 さらに9月14日からは劇場公演『あの城』が開催される。『森の人』(2005年)、『とある物語』(2012年)に続く3作目の公演で、演劇とライブを有機的に融合させた舞台のスタイルだ。作・演出は楽曲の共同制作者でもある詩人の御徒町凧が担当している。


 なぜ森山直太朗はこのような活動を繰り広げているのか。


 一つには曲の持つ力、彼の歌声の持つ力があるだろう。森山直太朗の歌声には、何をやろうと、最終的には全部持っていってしまう力がある。そして前述したように、森山直太朗というアーティストの今の立ち位置は「曲が一人歩きする」ということで築き上げられたということがある。


 そしてもう一つは「森山直太朗」というのは、彼本人の名前でありながら、そのアーティスト性の本質にいわば森山直太朗と御徒町凧の二人によるユニットのような側面があることも大きいだろう。


 筆者は今年はじめに刊行された『森山直太朗大百科』(ぴあMOOK)にてキャリアを振り返る二人のインタビューを担当したのだが、それは「森山直太朗」というアーティストの根っ子の部分に10代の頃から続く二人の関係性があることを改めて感じさせるものだった。お調子者でサービス精神旺盛だったサッカー部の先輩・森山直太朗と、野心家で表現欲求の塊のようなその後輩・御徒町凧。部活の休憩時間に即興のコントをしていた高校時代の関係そのままに、デビューを経た後も二人は常に二人三脚で進んできた。


 歌や言葉にストイックに向き合う意識を持ちつつ、常に「なにかやらかしてやろう」とたくらむ二人。その関係性がずっとエンジンやギアとなって転がっているからこそ、森山直太朗はこんなにも「面白い」ことになっているのではないかと思う。(柴 那典)